第17話 小百合との平凡な日常
次の日、マリーは朝早くから史料探しに裏の世界へと出かけていった。
小百合はというと昼過ぎに父親に送ってもらい我が家へとやってきた。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって。なかなか思い通りの物が揃わなくて」
と言いながら俺の部屋にいろいろな物を運び込んでくる。
「まずは資料を整理する書類棚ね」
ちなみにマリーは史料と表現し、小百合は資料と表現しているが、これはどちらも間違ってはいない。マリーは文面による史料を言い、小百合はデータによる資料のことを言っているのだ。これは俺の数少ない豆知識だ。
更に小百合はホームセンターで売っているようなプラスチック製の透明な書類入れを大量に置いた。
「そしてこれが昔使っていた私のノーパ」
ノーパとはノートパソコンのことらしい。
「それと机は適当なのがなかったのでこれで我慢してね」
そう言って置いたのは円形の机、つまりちゃぶ台だった。
「これのどこが対策本部なんだ?」
「余っているのがこれしかなかったのよ」
「これじゃ昔のホームドラマだろ」
などと言っていると、突然3号がちゃぶ台の下に潜って何かをしようとしている。
「おい、何してるんだ?」
ちゃぶ台の下を覗いてみると、3号は一生懸命ちゃぶ台を動かそうとしているようだ。
「お前の力じゃこれは動かんだろう?」
俺が3号に話しかけていると、今度は2号までやって来てちゃぶ台の下に潜った。
「向こうの世界にもちゃぶ台があるのかしら? 使い方は随分違うみたいだけど」
確かに日本にはちゃぶ台に潜る習慣などない。
「ちゃぶ台を背負って歩く亀レースとか」
「まさか」
小百合はけらけらと笑った。
何となく長閑な時間が流れていく。
マリーが帰ってくるまではプロジェクトは進められそうにない。
「こうしてちゃぶ台を前にのほほんと座っていると平和ねえ」
小百合が欠伸をしながら言った。
「平和を満喫している場合じゃないんだろうけど、こういう時間も大事だよな」
「何だかこうしてると‥‥」
「こうしてると?」
「ううん。何でもないわ」
「変な奴だな? 言えよ」
「まるで夫婦見たいって思っただけよ」
何だって~!! 今凄い言葉を聞いたような?
「夫婦」って言ったよな? 俺の聞き違いか?
小百合の顔が少し赤みを帯びているのを見ると聞き違いではなさそうだ。
俺が感動で小さくガッツポーズをしていると、俺たちの会話を聞いた3号がちょこんと顔を出す。
続いて2号も同じようにちょこんと顔を出して俺達を見ている。
そして珍しく2人は会話を始めた。
俺はまだこの2人が夫婦の会話をしているのを聞いた記憶がない。
『仲が悪いのか?』と思ったくらいだ。
暫く話した後、2号が俺に向かって言った。
「うあい」
これを聞いた小百合は当然の疑問を俺にぶつける。
「これって向こうの世界の言葉?」
「これは日本語らしいんだ。子音が出せないらしい」
「へえ、じゃあ『う』は『うくすつぬふむゆる』のどれかってことね?」
「ああ、そうだ。そういうことになるな」
と言いながら俺は『なるほど』と感心した。さすが学年を代表する頭脳の持ち主だ。
「暗号みたいでおもしろいじゃない」
こう言うと小百合は平仮名の表を書き、暗号解読に入った。
「ええっと『う』が『うくすつぬふむゆる』で『あ』が『あかさたなはまやらわ』でしょ。それから『い』が『いきしちにひみり』だから、ここからそれぞれ1文字ずつ取り出してっと‥‥」
そして小百合は何かを書きだして独り言を言い出した。
「『素足?』まさかね。『臭み?』これも違うわ」
これを聞いた2号は大きく顔を横に振っている。
「『う・わ・き?』ああ、浮気ね」
2号は顔を立てに振り、一言付け加えた。
「娘に言うわよ」
な、なんてことを言い出すんだ!? ていうか何でこんな言葉だけちゃんとした発音ができるんだ?
「浮気? 娘に言うわよ? ちょっと、これってどういうこと? あなたまさかマリーと親公認で付き合ってるってこと?」
「そ、そんなわけないから」
俺は慌てて否定した。なんで俺がいきなりピンチに立たされるんだ?