第16話 いよいよ作戦開始
我が家に対策本部が置かれることになり、小百合は毎日のように俺の部屋に来ることになった。こんな幸せなことはない。
「マリー、お母さんの魔力の最大値を教えてくれる?」
小百合がメモを片手に聞く。
「パパの1.87倍よ」
マリーは変な機械を見ながら答えた。
「これは何だ?」
俺が素朴な疑問をぶつけると、
「魔力測定器よ」
と非常に面倒臭そうな声で答えられた。別に聞くくらいいいんじゃねえの?
「通常で1.8倍だから0.07倍上がるのが限界なのかな?」
小百合がメモを取りながら聞いた。
「もう少しは上がると思うけどあと0.03倍が限度じゃないかな?」
「もし、お父さんが通常の0.9倍の魔力で黒魔術をかけていたとしたら」
と小百合が暗算をしようとするとマリーがいとも簡単に答えた。
「現地点で0.23倍足りない計算になるわ。限界まで高められたとしても後0.2倍足りないわね」
俺と小百合はあっけにとられた。
「あなた計算速いわね」
「そうかしら? 簡単な計算じゃない。こんなの猿でもできるわ」
小百合は拳を握り締めてゆっくり数を数えている。
今にも『我慢我慢』という声が聞こえてきそうだ。
「そうね。あなたの優秀なのはよく分かったわ」
もちろん小百合の声は震えている。
「あら? 今頃分かったの? 遅過ぎるわね」
マリーのゆっくりと落ち着いた声がより一層小百合を刺激するのか握られた拳が小刻みに震え始めた。
このままではヤバい展開になることは必至なので、俺は小百合の背後から小さな声で、
「停戦協定、停戦協定」
と呟くと、小百合は大きく深呼吸をして、こちらもわざと落ち着いた口調で話し始めた。
「すると少なくても0.2倍強は他の方法で魔力を高めなければいけないってことね」
「まあ、パパが0.9倍の力で魔術をかけてたらの話だけど、計算上はそうなるわね」
マリーは暗い声で答えた。
もちろんこの二人の会話を俺が理解できるわけがない。
ここで適当な数字を言われていても俺は全く気付かないだろう。
「何かないの? 魔力を高める魔術とか?」
「伝説的なのはたくさんあるけど、どれも信憑性に欠けるわ」
「つまり嘘っぽいのなら山ほどあるってことね」
「魔力を高める黒魔術は昔から憧れの存在なのよ」
「なるほど私達の世界でいう錬金術のようなものか」
2人の会話は突然途切れた。
いわゆる諦めムードにも似た嫌な雰囲気が流れ始める。
「当てにならないデータかもしれないがやってみようぜ。何もしないよりはましだ」
俺は初めて意見らしい意見を言った気がする。
「駄目よ。時間がないわ。失敗は許されないもの。もっと確実な方法を考えないと」
と小百合が言うと、
「ううん。手がないのよ。昔の人の言うことを信じてみましょ」
とマリーが答えた。
早速意見が分かれたわけだが、この行方はどうなるのだろうとワクワクしながら見ていると、俺の予想に反して意外と簡単に決着がついた。
「確かにマリーの言う通りね。言い伝えの中にヒントが隠されているかもしれないし。とりあえずその線で行きましょう」
小百合が折れた? まさかこんな事態を目の当たりにしようとは!
「わかったわ。じゃあ、私は向こうの世界へ戻って史料を探してくるわ」
「じゃあ、私はこの部屋を対策本部らしくコーディネートしておくわね。机もなくただ座って話すだけでは雰囲気出ないもの」
こうして今日の対策本部会議は無事終了したのであった。