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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、午前
9/37

8 「立場をわきまえろ」

「綺麗な絵でしょう」


 突然後ろから声がして、驚いて振り返るといつの間にいたのか男性スタッフが立っていた。ニコニコと笑いながら横に立って絵を眺める。


「これってアケビなんですか」

「はい。この辺にはアケビは不老不死になるための神の食べ物だという言い伝えがあるんです」

「だから光ってるんですか」

「素晴らしいですよね。まるで見て描いたかのようだ」


 男の横顔を見れば、うっとりした表情で絵を眺めている。まるで本当に不老不死の存在を信じているかのような、何かの信者を思わせる独特の雰囲気。

 絵の端には「k.K」とサインが書かれていた。


「この絵の作者ってどなたなんですか」

「本名はわかっていないんです。サインのとおり、Kが二回。一文字目が小文字、二文字目は大文字。他にもいくつか絵を残されているんですが、作者に関する詳細な情報がないんです」

「なんだか不思議ですね、素顔を出さない芸術家は確かにいますけど一切の詳細がわからないなんて」

「本当に。五十年以上前に発見されたそうなので、ご存命なら高齢でしょう。ぜひお会いしたいのですが」

「……会いたい?」


 少し気になってそう言うとスタッフははっとしたように姿勢を正し、小さく頭を下げた。


「この方の描いた絵が本当に好きなので、つい熱く語ってしまいました。失礼します」


 その場を去るスタッフを見ながら香本は不思議な気持ちだ。絵が好きだと描いた本人に会いたいと思うのものだろうか。普通は絵が欲しいのでは? と思う。部屋に戻ってきて二人には今あったことを話した。


「そういえば掛かってたね。でもアケビだと思わなかった」


 飲み物を飲みながら守屋が言うと、梅沢は立ち上がる。


「俺ちょっと見てくるよ、まだ見てないから。もしかしたら何か重要なヒントが隠されてるかも」

「じゃあ写真お願い」

「はいよ」


 梅沢が出て行ってから、守屋はふと気づいたように言った。


「ついでに何か売店でお菓子頼めばよかった。どうせやることもないし何かつまむもの欲しいね」

「僕は飲み物だけで大丈夫。梅沢に連絡してみたら」

「そういえばあの警察からは部屋から出るなって言われたんだっけ。この階くらいならいいだろうけど一階に行って見つかったらまたうるさそうだし、そうだ」


 守屋は鞄の中からここに来る途中で買ったお土産を一箱取り出した。この宿に来る前に立ち寄った昼食をとった場所で買ったものだ。この地域より少し離れているが同じく観光で地域を盛り上げているらしく土産がだいぶ充実していた。最終日に土産を買おうかと思っていたのだが相川が土産物屋で試食をして美味しい、と言っていたので思わず買ったのだと言う。


「味見はしてないけど見た目が可愛くて美味しそうだったから買っちゃった。これ開けちゃうね、また買うから」


 包装を開けて蓋をとると、くるみが入った饅頭だった。


「香本君甘いもの大丈夫?」

「……。嫌いではないけど、あまり好きこのんでも食べないかな。非常食にもらっとく」

「そういえば今日ご飯食べてないんじゃない? お腹空かないの」

「朝からちょっと胃の調子が悪くて。食欲ないんだ」


 一つだけ饅頭を取ると鞄の中にしまった。やがて戻ってきたのは梅沢と久保田二人だった。


「ただいま。なんか美味そうなもの広げてるじゃん」

「昨日買ったやつ。お茶菓子欲しいなと思って」

「警察と旅館の人に確認したんだが、朝食は食べていいそうだ。予定通り大広間に行っていいぞ、部屋から出る許可も出ている。個々の部屋に運ぶのは手間だから食事の時のみ許されたようだ」

「分りました。先生は行かないんですか?」


 守屋が聞けば久保田は少し俯いて言った。


「私は遠慮しておく。まだ少し気分がすぐれない」


 その言葉に守屋と梅沢は思い出したように気まずそうにした。そういえば久保田は木村を見ているのだ。友人と呼べるほど親しかったのかわからないが、知り合いが凄まじい状態で亡くなっているのを見てしまっているのだから当然だ。

 じゃあ食事に行こうか、と言う話になったが守屋も少し考えてからこう言った。


「私もちょっと遠慮しとく。みんないい気分しないだろうから」


 警察官がついていることを言っているのだろう。確かに警察からジロジロ見られながらの食事は落ち着かない。特に坂本はあの態度が大きい警察と少々揉めている。巡り巡って守屋に良い感情を持たないかもしれない。


「部屋に食事運んでもらうようにフロントに連絡するから、私の事は気にしないで。二人ともご飯に行ってきなよ」

「そんな寂しいこと言うなって」


 明るい口調で梅沢が笑う。


「みんなで一緒に部屋で食べればいいじゃん。飯は人数多い方が楽しいって」


 梅沢の提案に久保田も頷く。


「守屋さんが嫌じゃなかったらそうしたほうがいい。こんな状態だ、なるべくいつも通り過ごした方が悪い方向に考えがいかないで済む」


 誰も聞いてこないがこれ自分も人数に入ってるんだろうなと思い香本は内心ため息をつく。

 あまり皆と近い距離にいたくないのだが、自分は一人で食べてきますと言える雰囲気ではない。諦めて部屋から貴重品を取って来ると言って部屋を出た。


 部屋は三つ隣だが、ちょうど間にエレベーターホールを挟んでいるので少し歩く。エレベーターの近くに来た時女性の話し声が聞こえたので反射的に足を止めていた。話していた内容からすると仲居だろうなと思ったからだ。なぜならアケビという単語が聞こえた。


「……ってるらしくて」

「本当? 馬鹿じゃないの、何考えてるんだか」

「昨日死んだ奴、専門学部じゃないけど確か民話とか調べてるって言ってた」

「じゃあ、あの学生たちもそういう集まりとか」


 自分たちのことか。それしか考えられない。チーンと音がしてエレベーターが到着したようだ。


「それなのにアケビがどうの絵がどうのって話をするなんて。これだからモリヤは」

「そういえば、一人食べてない……」


 そこで会話が途切れた。おそらくエレベーターの扉が閉まったのだ。エレベーターを見ると下に降りていく。

 話を少し整理する。昨日死んだ奴とは間違いなく木村のことで、亡くなった、という言い方をしていないあたりはなんだか引っかかる。まるで何とも思っていないような、何なら迷惑だとさえ思っているようなぞんざいな言い方だ。

 専門分野だと「思う」というのはどうせ酔った勢いや、いつもの誰にでも話しかける性格から自分のことをペラペラ話したのだろう。

 いやそれよりも先程の話の渦中にいたのは香本に絵の話をしていたあの男性スタッフに間違いない。そして出てきたモリヤ、という苗字。一瞬守屋を言っているのかと思ったが話の内容から考えるに男性スタッフのことだ。


 ――でも、なんだろう。苗字のことを言ってるっていうには少し違和感がある。


 これだからモリヤは。この言い方はモリヤ、の部分は人名よりも別の固有名詞の方がしっくりくる。例えば職業、出身が田舎や都会の場合も当てはまる。これだから田舎ものは、と言うような。そこまで考えてもしかしたらと思う。


 ――モリヤって、地名とか?


 早足に自分の部屋に戻ると、スマホでこの辺の地名を調べる。すると、この旅館がある場所はちょうど二つの町の境目にあることがわかった。旅館の住所は一応萱場だが、旅館から見える風景は全て杜舎郡となっている。住宅や土産物屋が並んでいるのが萱場、山がある方が杜舎。山が多い方にも民家はいくつかある、今の情報だけでも彼が杜舎出身なのではないかという憶測が立つ。

 古い言い伝えなどを調べている自分たちにアケビの話をするなど、なんてバカなんだ。そんなふうに聞こえた。言い伝えに何か知られてはいけない事でもあるということか。


 本当に今更だがこの旅館の人間たち何かがおかしい。人が死んでいるのに慌てている様子もないし、おかしなことを気にする。客の話は盗み聞きをするし……いや、これは自分たちがそういう研究サークルのメンバーだからというのもあるが。

 何を警戒されているのか、何を探られているのか。もしかしたら自分が思っている以上にこの地域一帯のことを調べなければいけないかもしれない。何かとんでもないことがこの後起きそうな気がして、香本は眉間に皺を寄せた。

 木村を殺した犯人は誰なのかもわかっていない。天井に血が飛ぶほど激しく刺殺されたのなら、よほど恨まれていたとは思うが。


 守屋の部屋に戻って来ると守屋が朝食を運んでもらうように言ったから、と言ってテーブルの上を片付けていた。一般の部屋といってもツインルームくらいには広い、三人で朝食を摂るには十分だろう。警察官は相変わらず人形のように無表情で無口なので、そのまま放っておいている。


「久保田先生は?」

「部屋に戻った」

「梅沢、さっき写真って撮ったんだよね?」

「それがさあ。なんか仲居に怒られたから撮れてねえんだわ」

「え?」


 香本と守屋が同時に声を上げた。怒られた? と守屋は首を傾げている。


「写真撮ろうとしたら、お客様写真はご遠慮ください、とか言って。凄い絵だから写真撮りたいんですけど、っつってもダメだった。神聖なものなので、とかなんとか。やんわり口調だったけどさ、なんかこう目が笑ってないっつーか。ちょっと怖かったからやめた」

「神聖ねえ。何か宗教みたいだね。香本君の時は嬉しそうにペラペラしゃべってた人いるのに」

「観光を産業にしてるなら、たぶん旅館の人はほとんどこの辺り出身だと思う。ここ出身の人はあの言い伝え、ありがたい話として崇めてるのかもしれない。男の人みたいに自慢したい人もいれば、土足で汚すなって人もいるんだろうね」


 これだから杜舎は、という言い方をしていたとなると住む地域によって考え方が違う可能性はある。今後は杜舎出身者と、萱場出身者でわけて考える必要がある。


 そうなるとあの絵は通りかかった時に見るしかない、と思ったがすぐに否定する。


 ――いや、たぶんもう取り外されてるか。こんな事ならもっとよく見ておくべきだった。


 半ば諦め、丁度失礼しますと食事が運ばれてきたのでひとまず朝食を摂ることにした。吐き気は少しマシになってきている。温かく消化に良いものを食べようと、少しだけ口にした。

 朝食後も特に警察などから指示はなく、だらだらと昼ぐらいまで過ごした。その間言い伝えなどについて話はしたが、いかんせん手元の資料が少なすぎる。ネットで調べても載っていないくらいマイナーで、当然外出許可は下りなかった。警察官が一緒に行動してもダメか聞いてみたが。


「私は貴方のSPではありません。自由に動き回るのを監視するのがどれだけ迷惑か考えてください」


 と冷たくあしらわれてしまった。言われてみれば当然だ。はあ、と守屋が小さくため息をついたのを見咎めたのか、いくぶんか先ほどよりも冷たい声で警察が言う。


「留置所で外に遊びに行って良いですかなんていう被疑者はいませんよ。自分の立場を勘違いしているようなのではっきり言いますが、殺人容疑で拘束されている状態なんです。廊下に出たり飲み物を買ったりできているだけでも大盤振る舞いですので、これ以上好き勝手言うなら一歩も出るなと言いますがよろしいですか」


 あの態度の大きい警察の男ほどではないにしろ、かなり棘のある言い方にさすがに守屋は謝罪し、それ以降は黙り込んだ。そして、ぼそぼそと小さな声で言う。


「ごめん、少しゆっくりしたい」

「わかった」


 それだけ言うと香本は荷物をまとめて部屋を出る。梅沢はちらちらと気にしていたようだが、何かあれば連絡くれ、と言って同じく部屋を出た。

 すると、すぐに廊下にいた仲居が近寄って来る。その目はまっすぐこちらを見つめていて笑みは浮かべていない。その瞬間、気づかれないようにわずかに顔をしかめた。

 まただ。また、吐き気がする。朝に部屋の前で盗み聞きしていた仲居ではないのに。


「警察の方から部屋で待機させるよう指示がありましたので、今の部屋にお戻りください」

「自分の部屋に戻るだけですよ。一緒にいる警察の人も別に何も言わなかったですけど」


 少々乱暴な内容に梅沢は不快感を隠そうともせずそう言うが、仲居は客に対する穏やかな態度ではない。部屋にいる警察官を思わせるぞんざいな態度だ。つまり、今自分たちはもう客として見られていないのだ。殺人容疑の者として見られている。

 いや、本当にそれだけだろうか。今まで何度か見てきた旅館の人間たちの一瞬無表情になるあの冷たい顔。今目の前にいる仲居もそれに通じるものがある。

 目の瞳孔が開いているような、まるで獲物を前にした捕食者のような。


「その警察の方の上司である東雲さんの指示ですので。指示に従わない場合は報告するように言われています」

「はあ!?」

「わかりました」


 少し苛立った様子の梅沢の腕を掴んで香本は歩き出した。穏やかな性格の梅沢だが、小さく舌打ちをする。


「なんだあの言い方」

「あまり事を荒立てない方がいいかもね。どこで、何聞かれてるかわからないから」


 あえてゆっくり言ってから、目線でチラリと示す。梅沢が不思議そうにそちらを見れば、扉には「従業員専用」と書かれていた。自分達の部屋のすぐ近くにスタッフルームがあったのだ。

 他にも廊下には監視カメラがある。音声までは拾えなくても自分たちがどこで何をしているかが筒抜けのはずだ。


「守屋さんには事情話して部屋に入れてもらおう」


 梅沢が守屋にアプリで連絡を入れ香本はアプリのグループを使って全員に連絡をした。既読がつき坂本たちは納得いっていないような返信がきたが、他にどうすることもできずこのまま部屋で待機していようということでまとまった。


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