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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、午前
7/37

6 不死の伝承

「あくまで私の主観ですが生粋の女好きです。仲居さんにも声をかけていましたからね。その辺は捜査でわかっていると思いますが」


 そういえば夕食の席でも料理を運んできた仲居たちにしきりにこれは何と言う料理かとか、雑談を持ちかけたりいろいろ話しかけていたなと思う。美人さんだな、男に人気があるんじゃないか、などとセクハラになりそうな事を言っていた気がする。


「今の話は報告させていただきます」

「どうぞ」


 その言葉を聞いて警察官はどこかに電話をかけ始める。先程の捜査官の男だろう。小声で守屋が不満そうにつぶやいた。


「最初からそういう聞き取りすればいいのに」

「ほんとそれな」


 二人の会話を耳にしながら、香本は改めてあの捜査官の取り調べ等のやりとりを思い出す。いくらあの男に権力がありやりたいようにやる性格だったとしても、あのやり方は効率が悪すぎる。


 ――もしかして本当はもっと別に最優先で調べなければいけない何かがあって、こちらへの聞き取りはさっさと終わらせたかったのだろうか?


 その疑問を久保田に話したかったが、警察官が電話を終わらせたので口にはしなかった。先程の警察官の言葉、余計なことをするなと言うのはおそらくこれも含まれる。この警察官は立場上気になる情報を見聞きしたら報告しなければならない。それはどんな些細な事でもだ。警察に情報提供するのは義務のようなものだとは言っても、会話をする内容は慎重にならなければならない。


 それに先ほど守屋が言っていた、女性は疑われているのではないかという話。おそらくそれもあるが、今一番疑われているのは自分ではないかという思いがあった。そうでなければあの不可解な電話のやり取りの説明がつかない。

 しかし何故だろう。何故自分が疑われたのだろう。アケビの話が出たのだからポイントはアケビだろうか。アケビを食べていないことがそんなに容疑者として疑わしいことなのか。例えば殺された現場にアケビが重要な鍵となるような痕跡があったとか?

 しかしどれだけ疑われても自分は犯人ではない。これ以上何か疑われるような怪しい言動をしないようにしなくてはと気を引き締める。

 一旦話が落ち着いたところで守屋が久保田にお茶を淹れた。


「外にも行けないし、なるべく部屋から出ないほうがいいだろうからやることって限られますよね。ぶっちゃけ暇なんですけど」


 退屈そうに梅沢が言えば、香本が気になって久保田に尋ねる。


「こんな状況ですけど、聞いてもいいですか。結局今回の研究課題のテーマって何だったんです」

「そういえば本来であれば今日発表だったな。下手な探偵ごっこよりもまだ課題をやっている方が気は紛れるか」


 確かに事件のあれやこれやと嗅ぎまわっていてはまたあの捜査官の男たちに何を言われるか分からない。すぐ傍に警察官もいるのだ。

 久保田はタブレットを取り出すと坂本たちに気晴らしに研究課題の話をするが、こちらに来るかと連絡をした。返事はそんな気分にはなれない、ゲームでもやってますということだった。


「不謹慎かもしれないが、大目に見てもらおう。君たちもそれでいいかね」

「全然、むしろウェルカムです」

「僕も構いません」

「私も。何かやっている方が余計な不安やイライラしなくて済みそうだし」


 三人の言葉に久保田は頷くと資料を取ってくると言い一度部屋を出た。


 久保田はすぐに戻ってくる。手にはカバンと自販機で買ったらしい飲み物を数本。梅沢はさっすが、と喜び守屋は小さく会釈をした。


「あ、わざわざどうもありがとうございます」

「長丁場になるだろうから、せめて飲み物くらいはね。守屋さんが最初に選んでいいよ」


 精神的に疲れてるだろう守屋に気を遣ったのだろう。守屋は嬉しそうに温かいカフェオレを選んだ。香本と梅沢も好きなものを選ぶ。

 久保田は持ってきた紙の資料とタブレットに保存してある資料の二つを皆に見えるようにテーブルに広げた。そこに書かれていたのは、この地域に伝わる伝承のようだ。


「ここ、萱場郡を含めたいくつかの地域には独特の伝承がある。この地域一帯は基礎となる伝承が同じなのに、だいぶ細かく枝分かれした複数の伝承が存在する」


 資料にはこの旅館がある萱場、その周辺にあるいくつかの市や郡などに存在する伝承が箇条書きでまとめられていた。

 この地域には不老不死の伝説がある。そして共通点は木の実を食べるということ。その実を食べると不老不死が手に入るという。


「何かの実を食べて不老不死というのは珍しい話ではない。中国にもよくある話だし、桃太郎なども元の話は似たようなものだ。桃は命の源、桃源郷という言葉があるように生命の象徴でもある」

「ここの伝承では桃がその実だという風には言われていないんですね」

「そう。そしてここに書かれている通り一体どんな実が不老不死となるのか、地域ごとに異なる」


 書かれている地域は五つ。イチジク、栗など日本に昔から存在するものが挙げられている。

 そんな中萱場の不老不死になるという伝説の実として描かれていたものを見て、香本は黙り込んだ。


「萱場はアケビですか」


 ふうん、と梅沢がつぶやいた。


「だから昨夜のデザートはアケビだったんですね」


 守屋も納得したように言った。木村も言っていた、アケビはこの近くで取れていると。


「目的地を告げずにみんなに来てもらったから知らないだろうが、この辺ではアケビのアピールで地域おこしをしている。土産物屋を見てみると良い、アケビを使った商品がたくさん置いてある。不老不死伝説も全面的に押し出した、いわば観光産業なんだよ」

「でも、あまりにも実の種類がバラバラですね。伝承と言うからには昔からあったのでしょう。こんな狭い地域内でどうしてこんなに種類があるんでしょうか」


 香本の疑問に久保田は感心したように言った。


「目のつけどころが良いね。研究テーマはまさにそれなんだ。この不老不死伝説は何が元なのか、なぜこの狭い地域でこれだけ種類があるのか。広い範囲じゃないから、それぞれの伝承を調べてもらうつもりだったんだよ。だからチーム分けをしたんだ」


 そういうことか、と納得した。それならイベントとしても丁度良いし、調べた数が多ければ多いほど比較できるので評価もしやすい。不老不死という設定は伝承としてはありそうで実は珍しい。


「八尾比丘尼とか、有名どころの不老不死の伝承は確かにありますけど。同じ話をベースとして種類がいくつかあるのは興味深いですね。イチジクなんかは生命を象徴する実ですけど、他はあまり共通点がなさそうです」


 資料を見ながら香本がそう言うと梅沢と守屋も資料を覗き込んでくる。ベースとなる部分は調べてあるので、後はそれぞれの実の特徴やそもそも何故それらの実が伝承の元となったのかを調べるなど、だいぶやりやすいようにまとまっていた。調査時間は実質一日半といったところだ、これがちょうど良い量なのだろう。


「ここはものすごい田舎でもないし電車もバスもある。図書館だってあるし割と調べる手段はたくさんあるはずだ。そう難しくない課題だから旅行気分を味わってもらおうと木村教授と二人で計画したんだ」


 今となってはそれを調べることができないが、レクリエーションとしては面白そうなものだった。


「こういうことにならなかったら結構盛り上がったんでしょうね」


 梅沢が残念そうに言う。本当なら課題もこなしつつ良い思い出作りにもなったはずだ。

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