4 冷たい態度の警官
しかしその様子はすぐに崩れ、盛大にため息をついた。
「よしお望み通り容疑者の一人だな。一般人相手だったらマウント取れたんだろうが、警察相手にそれやると犯罪だってことぐらいは頭中に入れとけ。逃げないようにこいつ監視しとけ」
後ろに控えていた警察官の一人にそう言うと言われた警察官が頷き守屋の傍にぴったりくっついた。
「今この瞬間から怪しい行動したら即現行犯だ。便所にもついていくからな」
「は?」
「個室で証拠隠滅する可能性があるだろうが。当然の措置だ」
プライバシーの侵害だと言おうとしていたのだろうが、息つく間もなくすぐに畳み掛けられてしまい守屋は黙った。それを見て警察の男はわかりやすくハッと鼻で笑う。
「ドラマや漫画みたいにかっこよく決めればその場がかっこよくまとまると思ってたのか。馬鹿じゃねえのか。小便やうんこする時もドア全開にしてもらうからな。それをお前は自分で選んだ選択の結果だ、自分の責任だばーか。文句があるなら俺じゃなく署に電話しろ、捜査規定について二時間位かけて説明してくれるぞ。これが認められた方法だってこともな」
守屋の顔は怒り染まっている。先ほどまで楽しんでいた坂本と相川は黙り込んでしまった。ここにきてようやく逆らわない方がいい相手だということがわかったようだ。
「聞かれていませんが、一つよろしいですか」
久保田が警察に話しかける。
「なに」
「連れが亡くなり、事件解決には我々は協力したいと考えています。しかし今の状態はあまりに遠回りだ。間違いなく原因はあなたの態度にあります。常識の範囲内で対応してもらえませんか」
「こっちは最初から必要なことを聞いているし、聞かれたことだけ答えろと言っている。お巡りさんが正義の味方だと思い込んでるアンタらの頭の中をリセットしてからの話だ。こっちは仕事なんだよ、ボランティアじゃない。必要だと思えば聞くし、必要ないと思えば省く。アンタらがどう思ってようが知ったこっちゃない」
取り付く島もなく一方的にそう言うとガツンとテーブルを蹴りつける。
「もう一回おさらいしておくが、聞かれたことだけ答えろ。余計なことをするな、指示があるまで部屋にこもってろ、容疑者ども。んで、お前はどうなんだよ」
ぎろりと相川を睨む。先ほどの質問に答えろ、と言っているのだ。相川は小さくボソボソと心当たりはありません、とだけ言った。
「あっそ」
それだけ言うと男と警察官の一人はスタッフルームへと入っていった。守屋の傍についている警察官はそのままだ。
やれやれといった感じで久保田が全員を見渡して言った。
「みんな思うところはあるだろうが、警察の取り調べには引き続き協力してくれ。喧嘩腰ではいつまでたっても捜査が進まない。あっちが先にとか、そういう子供の喧嘩レベルの話はもうなしだ。このままだと本当に解決するまでここに缶詰だぞ」
その言葉に皆納得いっていないような顔だが、一応久保田の言葉なのでしぶしぶ了解した。要するにこれ以上ことを大きくするなということだ。
久保田は一人残った警察官に問いかける。
「部屋には一人ずつで待機ですか」
「数名集まってもらって構いません。どうせ連絡を取り合えるのですから同じことです」
「守屋さんに付いてもらうのは婦警さんにしてもらうことはできませんか」
「手の空いている者はいません」
そっけなく返され、この会話は終わりだとでも言わんばかりに警察官が黙り込む。その様子に守屋は諦めた様子で部屋に戻ると一言いってその場を後にした。守屋の後に続き警察官も移動する。
「香本君と梅沢君は守屋さんと一緒にいてくれないか。たまに一緒に研究テーマについて話しているだろう。この場を取りまとめたら私も後から部屋に行く」
「わかりました」
梅沢が即答し香本も小さく頷くと守屋の後を追う。坂本と相川は共に行動するようだ。
エレベーターの前でエレベーター待ちをしている守屋に追いつき、梅沢が一緒にいることを伝えた。
「わかった。そうしてくれると嬉しい」
どこが疲れたような苦笑とともにポツリと言った。
「めちゃくちゃダサかったね私。あの警察の人は確かにムカつくけど、ほんと、ドラマとか漫画みたいにはいかないんだってよくわかった」
「いや、あれはあの人に問題あるでしょ」
梅沢のフォローに守屋はありがとうと言った。その様子を見ていた香本は傍にいる警察官に尋ねる。
「ああいう捜査のやり方、本当に問題ないんですか」
「あくまでやっている内容は問題ありません。聞き取りをしてどう捜査をするかは各捜査官の自己責任です。もしクレームや法的な何かに触れるのならあの人が自分で対応します」
相変わらず人形のように無表情で淡々と答える警察官に守屋と梅沢は小さくため息をつく。
「つまり何か問題があることをやったら、言及や降格処分になるのはあの人が自分でやったことだからってことですか」
あくまで自己責任、そういうスタイルなのだろう。ドラマのようにきれいに取り調べが行われるわけでもないし、特番のように善良な警察だけが注目されるわけでもない。それでも世間の目を気にしていないようなあの男のやり方はかなり珍しい方だろう。
「しつこくてすみませんけど、本当にプライバシーを無視した見張りになるんですか」
香本の言葉に初めて警察官は呆れたような顔をした。
「さすがにそこまではしませんよ。見張ってなかったのかとあの人に怒られるのは自分なのでお気になさらず」
「ありがとうございます」
ほっとした様子でお礼を言う守屋に警察官は冷めた目で見つめた。
「人の排泄の様子なんて見たくないですから。あなたもこれ以上面倒なことにならないように口を滑らせないでください」
気遣う様子もない突き放すようなその言い方に守屋は黙り込んでしまった。つまりこの警察官も守屋たちに気を遣っているのではなく自分の仕事を増やすなと言っているのだ。あの捜査官の男と同じだ。それがわかり梅沢も黙る。
――よそ者には厳しいのだろうか。いや、少し違う気がする。
旅館のスタッフたちとの間に感じた小さな壁、そして警察たちの独特な雰囲気。なんだか村八分にでもあっているような気分になる。しかしこの地域、観光で成り立っているような印象もある。旅館に来るまでに農作業の体験教室や道に並ぶ土産屋を見てきた。温泉もあり宿泊施設も多い。地元愛が強いのだろうか。
守屋の部屋に着きとりあえずやることもないので自分たちなりに何が起きたのか話し合うことにした。といっても得られている情報が少ない。
「久保田先生が来るまで待ったほうがいいかもな。みんなに何か指示をしたら来るって言ってたからすぐに来るだろう」
「そうだね。二人とも喉乾いてない? お茶しかないけど」
守屋が部屋に置いてあった急須と湯呑みを持ってきた。チラリと警察官を見れば警察官は一言「結構です」と言った。
「じゃあ頼むわ」
「僕ももらおうかな」
二人の言葉に守屋は少し嬉しそうにお茶を淹れ始めた。
「お茶菓子全然食べてないから、好きなの食べていいよ」
「そういえば俺もまだ食べてないんだよね。美味いのかなこれ」
「私は今ダイエット中だから。二人で食べちゃって」
「とりあえず一個もらっておきなよ。腹減ったら食べていいんじゃない」
「ダイエットの敵みたいな事言わないでよ」