表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神使のアケビ  作者: aqri
二日目、午前
4/37

3 妙な取り調べ

 普通は宿側の人間に聞き取りをするのが先だ。しかし香本たちがエントランスに着くと同時に外から入ってきたのなら警察も着いたばかりのはず。順番がめちゃくちゃだ。


 ――いや、飛ばしてるのか。宿の人間への聞き取りは後回しでいいと結論づけている。


 自分たちに行った聞き取りも、もしかしたら一応聞き取りをしたという形だけの事実が欲しいだけなのかもしれない。


 ――まるで、事件の内容がわかっているかのような対応だ。


 ゲームをクリアしてもう一度やろうとした時最初の説明やチュートリアルは飛ばす。それみたいだな、と思った。


 久保田の指示通りいつでも帰れるように荷物をまとめようということで各自部屋に戻る。香本が持ってきた荷物は少ない。三日間の宿泊ということで着替えは持ってきたが、何かを調査するのならタブレット一つあれば足りる。写真も撮れるしデータのまとめもできる。旅行気分で来た坂本達は勿論、梅沢や守屋も菓子や遊べる道具をたくさん持ってきているようだ。今日来たメンバーの中でも香本の荷物が一番少ないと言える。


 持ってきたカバンに荷物の大半を詰めて特にやることもないので電子書籍でも読もうかと思っている時、内線が鳴った。


「はい」


『さっきのおまわりさんなんだけど」


 聞き取りをしていた警察の男だ。木村の部屋から各部屋へのかけ方を教えてもらってかけてきたようだ。


『さっき聞き忘れたんだけどね』


 男の声はわずかにトーンが低い、先程のやる気のないだるそうな声ではない。獣が威嚇しているかのようなそんなピリピリした雰囲気だ。なぜ自分にはそんな態度をするのだろうと思いながらなんですかと聞くと。


『君はさぁ、アケビ食べたか?』


 全く予想していない質問に思わずぽかんとしてしまう。てっきり事件の内容や木村との関係について何か聞かれるのかと思っていた。それが、アケビを食べたかどうか。意味がわからない。しかしふと思いついて冷静に切り返した。


「どうせ旅館の人に聞いて知っているのでしょう」

『事情聴取にはちゃんと答えてもらいたいね』

「ここの警察のやり方を参考にさせてもらったまでです」

『……』


 イラついたのか何か考えているのかわからないが、相手が黙ってしまったので失礼しますと言ってから内線を切った。


 そして改めて考える。どうしてわざわざ内線を使って自分に聞いてきたのだろうと。わからないことがあるのなら久保田に聞けばいい。おそらく警察は旅館の人間からほとんどの情報を聞いて知っていると思う。自分がアケビを昨夜食べていないことも。


 アケビ。なぜそこを聞いてきたのだろう。何か事件に関わる重要な証拠か何かなのだろうか。


 ――ああ、そうか。今僕は犯人と疑われているのか。


 そう思わせる何かがあったのかもしれない。だから相手の反応を見ようと一人になったところを狙って連絡をしてきたのだ。


 確かにアリバイは証明できないし昨夜アケビを食べていないのはおそらく香本だけだ。全員分の配膳を見ていたわけではないがこれ嫌いなんだよね、という話は聞こえてこなかった気がする。


 もしかしたら長丁場になるかもしれない。自分だけ帰れないかもしれないなと思い、今あった事は久保田に連絡を入れた。コミュニケーションのアプリを入れており今回参加のメンバーはグループ登録するよう事前に木村から指示をされている。一応他のメンバー全員に知れ渡ると面倒なので久保田一人だけに伝えておいた。


 すぐに既読がつき、わかった、と言う短い返事が返ってきた。


 そういえば朝食をとっていないので小腹が空いてきた。吐き気はまだ治っていないが飲み物だけでなく固形物を入れておかなければもたないかもしれない。間違いなくこの後自分は取り調べを受けるだろうなという予感もある。


 テーブルの上にはお茶菓子が置いてある。部屋に備え付けの、旅館の土産スペースに売っているものだ。饅頭と焼き菓子のようなもの、小さなどら焼き。甘いものは好きでは無いのだが今からご飯を食べさせてくださいと言うのも面倒なので一つだけ食べることにした。焼き菓子のようなものはどこの地方にも売っていそうなありがちなパイのようなものだった。ひと口サイズですぐに食べ終わる。


 食べ終わると同時に館内放送が響く。宿泊客は全員エントランスに集まってください、との事だった。帰れそうにないな、と思いながら香本はエントランスへと向かった。

 エントランスに行くと他の客が集まり始めている。遺体が見つかったという事実を知らされていない彼らは一体何があったのかとざわざわしている。


 ――うるさいな。うるさいのは嫌いだ。


「あー、この旅館で他殺と思われる遺体が発見されました。監視カメラ等確認しましたが怪しい人物が玄関を出入りした様子はありません。この中に犯人がいる可能性が高いので皆さんには許可が下りるまで各自の部屋から出ないでください」


 その言葉に他の客は驚きと戸惑いでさらにざわつき始める。数人の客は明日から仕事がある、一体いつ解放されるんだと警察に訊ねるが、警察の男は「事件が解決するまでずっとです」とそっけなく言うとやや威圧的な態度で「さっさと部屋に戻ってください」と指示をしてきた。先程の坂本たちのようになんだその態度はと文句を言う客もいたが、警察の男は聞こえるように大きく舌打ちをすると、ドスの効いた声でこう言った。


「ごちゃごちゃうるせえ、戻れって言ってるだろうが。指示に従わねえなら、何かごまかしたり隠そうとしてるってことだよな」


 まるでヤクザを思わせるその雰囲気に先ほどまで文句を言っていた者たちも黙り込んでしまう。そしてなんだこいつは、と口々に言いながらぞろぞろと部屋に戻っていた。


「犯人の第一候補の皆さんはちょっと残ってな」


 鼻で笑いながら香本達にそう言うとドカっとソファーに座ってふんぞりかえる。


「旅館から通報を受けた時あれこれ聞いてたから、さっきの聞き取り軽く済ませたが現場を見てとんでもないことがわかったんでな。お前等ん中に殺した奴がいるって確信した」


 現場を見ただけでなぜそんな確信ができたのだろう。そしてそれなら何故他の客を閉じこめる必要があるのかと疑問に思っていると、警察の男の態度に嫌気がさしているらしい坂本や梅沢、守屋は不快感を隠そうともしない。


「聞かれたことだけ答えな。ここからは任意聴取じゃなく取り調べだ。拒否したら被疑者としてその場で逮捕。理解できたかお子ちゃま」


 まっすぐ坂本を見ながら言った。おそらく坂本は何を聞かれても答えないつもりだったのだろう。そんな事は先ほどからの態度を見ていればわかる。それにおそらく香本が内線で話した内容でやり方を変えてきた。一般常識を知らない口先だけの奴だったら適当に丸め込んでやりたいようにやっていたのだろうが、先に香本に黙秘権のような先手を打たれたのでこのやり方に変えてきた。加えて久保田もいる。ある程度世の中の常識を知っているであろう久保田が何かを突っ込んできたら面倒だと思ったのかもしれない。


「何で私たちの中に犯人がいるって確信したんですか」


「捜査情報ペラペラ喋るわけねえだろ。アニメの見すぎだ、自分たちが対等な立場だとでも思ってんのか。聞かれたことだけしゃべれっつってんのに数秒前に言われたことも覚えてないのかてめぇの頭は」


 相川は普通に聞いただけなのに一方的にまくし立てられ、黙り込んでしまう。恋人である坂本はますます怒り心頭といった感じだ。


「じゃあ聞くぞー。被害者のオヤジとヤった女はいるか」


 あまりな内容に全員が黙った。はあ? という反応や、女性陣は眉間に皺を寄せている。


「いるのかいないのかどっちだ」

「黙秘します」


 はっきりと答えたのは守屋だった。


「取り調べなんだけどな」

「取り調べにも黙秘権があります」

「やましいことがあるって言ってるようなもんだぞ、お前が犯人ってことか」

「あなたのことが嫌いだから答えたくないだけです。他の方だったらお答えします。黙秘権を使っただけで犯人扱いとか漫画の読みすぎなんじゃないですか」


 まるで台本を読むようにすらすらとそう答えると、隣で坂本と相川がくすくすと笑う。特大のブーメランじゃん、とひそひそ話している。


 チラリと刑事らしい男を見る。


 ぞっとした。人形のように無表情、時が止まっているかのようにピクリとも動かない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ