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神使のアケビ  作者: aqri
エピローグ
36/37

3 坂本と茜

 都内の総合病院に併設しているカフェに坂本と茜は来ていた。あれから病院を大学近くの総合病院に移し、茜は今日退院で坂本が一応迎えに来たのだ。茜は両親がいないし足も骨折している。万が一あの連中が来ていたら追い払うくらいはやる、と言って。あと茜にあれから何があったのかを教えに来た。


 坂本の予想通り香本はあの後すぐにいなくなった、連絡もつかない。運動生理学担当の教授の所にレポート提出に行ったところ、香本君からこれを預かったよと絵ハガキを渡されたのだ。スイートピーの写真に元気でね、その一言だけが書かれていた。どこか冷めていてそっけない香本らしいといえば香本らしい。

 男同士で花というのも違和感があってなんとなく気になって調べたが、スイートピーの花言葉は「別れ」。もう二度と、会う事はないのだろう。


 茜はあの後あの場所がどうなったのか、そこまで詳しく調べたわけではないがもうこれ以上関わらない方がいいと坂本から止められた。

 自分が崖から落ちた後のことを聞き、坂本からこの先どうするんだと聞かれた茜は手元に残っていた父親の研究資料を全て持ってきて坂本に渡したのだ。


「ないとは思うけど、もしソレがまた復活して困ったことが起きたときのためにこれは坂本君にあげる。大切な部分は全部久保田先生が持って行っちゃってるんだろうけど」

「お前はもういいのかよ?」

「関わらない方がいいっていうのは、身をもってよく知ったから」


 あの土地独特の狂気はそこまで体感していない茜は、やろうと思えばこのまま研究を続けることもできる。しかし、尊敬していた久保田が実はとんでもない人間で、自分自身も散々な目にあったので懲りたようだ。怪我をして杜舎の病院に運ばれたが、運ばれるまでの間監視していた杜舎の男が本当に気持ち悪かったそうだ。


「自分には虫がついてる、お前に虫がいないなら今すぐやらせろとかなんとか。もう頭がおかしかったんだろうと思うけど、いつ襲われるかって気が気じゃなかった。そいつずっとたってたから」

「……ああ、ソッチがたってたのか。キモ」

「あの地方少し男尊女卑っていうか。虫は女からうつされるものだっていう考えがあったみたいで、女性軽視の考えがあったっぽい。途中でいなくなったけどいなくなるまでの間ずっと女の人を貶してたし」


 誰かのせいにしなければやっていられない。二日間だけいた自分達と違って彼らは生まれた時からあの地域にいたのだ。深く同情はしないが、彼らが生まれながらに「悪」だったのかというとそうではない。むしろ頭がおかしかったのはそんな環境で育っていない久保田の方だ。


「坂本君、いろいろありがとう。自分も怪我をしてたのに事務処理みたいなこと全部やってくれたでしょ。病院の移送手配とか入院手続きとか、細かい事全部」

「伊達に長年体育会系の人間関係の中で過ごしてねえからな。コンビニと飲み屋で働きゃこんなの朝飯前だ」


 今回の件は自分たちではわからなかったことが多い。解決していないことがたくさんある。だが、それは自分たちには関わりないことだ。アケビを食べないと禁断症状のようなものが出るのも、香本から聞いた警察の話を考えればまさにドラッグ、薬物と一緒だ。それならそういう治療をすればいいだけの事だ。

 長年支配される生活に慣れていた人たちはアケビがないと生きていけない、と洗脳状態になっていただけなので、きちんとした治療をすればいい。


 唯一関わるとすれば、広いこの日本に一体何人の「虫」がいるのか。かなり昔から行われていた風習なら人から人へ、もそうだが親から子へ、も繰り返しているだろう。おそらく人数が少ないので確率の問題だ。父の研究では虫は卵を産むわけでも分裂するわけでもないことがわかっている。あくまで一匹が次から次へ移動しているに過ぎない。自分の好きになった人がもしそうだったら、最高に運が悪かったと言わざるを得ない。


「相川さんはどうしてる?」

「愛美はこの病院いるけど、一回顔みせたら寄生虫野郎が来んな出て行けって言われたからもう行ってねえな。虫が空気感染でもすると思ってんのかあいつ、馬鹿すぎる」

「はあ? なにそれ。自分だって虫がいたのに。特大のブーメランなの気が付いてもいないの」

「いいって、ああいう頭が空っぽなところが付き合ってて楽だなって思ってたから。それに梅沢が見舞いに来てたから後はなんとかするだろ」

「梅沢君か。見てないけど元気そう?」


 茜の言葉に坂本は意外そうな顔をした。


「来てねえの? どう見てもあいつ守屋狙いだっただろ」

「そう? あんまりそういうの興味ないから気が付かなかった。それはいいけど、一回も来てないよ」

「へえ、意外」


 コーヒーを飲みながら茜は外を見る。カフェはガラス張りで窓際に座っているので、病院の敷地が良く見える。患者が飽きないようにとこの病院は緑豊かでとても綺麗に整っている。カフェには池もあり、鯉が泳いでいた。

 水面に向かってパクパクと口を動かす大量の鯉。餌を、物を欲しがる姿は自分を見ているようだ。研究という餌を求めて食らいつく。餌がなければ口を動かし続ける。見ていて、いい気分はしない。


「進路どうしようかな。この研究続けて学会で発表、って目標で頑張って来たからやる事なくなっちゃった。生きがいみたいなものだったから……」

「まだ一年なんだからこれから進路変更すりゃいいだろ。勉強ばっかやってねえでイベントとか顔出せば」

「そう、だね。お父さんの夢を継ごうって思ってたけど……私自身がやりたい事探してみる」

「奨学金は?」

「打ち切られてはいないの、次アウトなら打ち切りってだけで。苦手教科が一個あるから自信なかったんだけど、それこそ死ぬ気でやれば何とかなるかもね。死ぬわけじゃないんだから」


 坂本は香本から茜の父親について詳細を聞いている。もちろん、それを彼女に言うつもりはない。医者からの説明で父親は交通事故にあって酷い状態だからと顔の確認だけしてすぐに火葬したそうだ。その医者もおそらく久保田が手配した奴なのだろう。交通事故だと思っているのだから、そのままでいい。


「飯食ったらタクシー呼ぶから、食いたいモンあるなら頼めよ奢るから。まともな飯、数日ぶりなんだろ」

「……。何か坂本君って意外と面倒見がいいっていうか、マメだよね。ウェイウェイ言ってるなんちゃってパリピキャラかと思ってた」

「なんだそりゃ。守屋も人生損してるガリ勉女だと思ってたけど、愛美にブチ切れた時ぶっちゃけ意外だった。そういや悪かったな、山で死ねとか言って」

「言ったっけ、そんな事。どうでもいい事と小さい事は覚えてられなくて、私の脳みそ知識の吸収にフル活用してるから。……でも、私も言ったよね、ごめん」


 小さくそう言うと、よし、と茜はメニューを広げる。


「奢るって言ってたよね。じゃあ遠慮なくナポリタンとピザとパフェとパンケーキ盛り頼もうかな」

「……意外と食うな」

「何か言った?」

「なーんも」

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