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神使のアケビ  作者: aqri
エピローグ
35/37

2 今どんな気持ち?

そろそろ部屋を出ようかと立ち上がったが、そのまま止まる。その視線は外に向いていた。


「……坂本、くるみ饅頭どうした」

「あ? 鞄の中」

「そっか。もらっていい?」


 聞いてはいるがすでに坂本のカバンを漁って饅頭を取り出している。


「腹減ってんのか?」

「腹減ってんじゃなくて、腹立つ奴が見えたからあげようかと思って。腹の虫がおさまらないってやつかな。僕の虫は腹の中にいるのかも。じゃあね」


 早足で病室を出ると急いで病院の入り口に向かう。不思議に思って香本が見ていたらしい窓の外を見ると、東雲と梅沢が見えた。梅沢が東雲に食ってかかっているような、そんな感じだ。また嫌味でも言われたのだろう。

 連絡をよこせと言ったが、このまま香本は姿を消すような気がした。


「そういや助けてもらった礼言ってねえし」


 苦笑しながら傷跡をそっと撫でた。虫と考えるか、血管と考えるか。その答えは自分で決めるしかない。

 香本が病院の外に出ると梅沢が東雲に食ってかかっていた。東雲は全く気にした様子がなく右から左に流しているようだ。


「一応病院の前なんだからもう少し静かにしたら」


 そう声をかけると梅沢は納得していない様子だが黙り込む。


「どうも」

「面倒をいろいろ残してくれて、まあ」

「いいじゃないですか。あなたの望み通りもう虫が生るアケビはないんですから」

「まあそうだけどよ。あのセンセーもこそこそ俺の事探り入れてるみたいだったから信用はしちゃいなかったが、すげえ死に方しやがって。揉み消すのどんだけ大変だと思ってるんだ」

「関係ない人死なせておいて……!」

「梅沢、ちょっと静かにして。この人には聞きたいこともあるし話が進まない。いい加減学習してくれ」


 呆れたように言うと、さすがの梅沢も何だよそれ、と香本に不満気だ。一方的に身勝手な都合を押し付けられ、理不尽な目にあって亡くなった人も大勢いる。しかも茜達は怪我もしている。それなのに東雲に責任を問わない態度の香本に苛ついたようだ。


「何聞かれても別に答える気もねえんだけど」

「そっちの事情なんて興味ないから聞く気ないですよ」

「じゃあ何が聞きたいんだ」

「この辺で不老不死になれるっていう食べ物が地域によってバラバラなんですよね。これってなんでだか知ってますか」

「はあ? 知るわけないだろ」

「そうですか」


 何を聞いてくるんだというような不審そうな顔に香本はそれ以上言及しなかった。そしてカバンからクルミの饅頭を取り出すと梅沢に投げる。


「昨日からちゃんとした食事とってないからイライラするんだよ。これでも食べて血糖値あげとけば。梅沢の大好きな茜さんからの差し入れだし」


 受け取った梅沢は不満そうな顔してるが、大きくため息をつくと口の中に放り込んだ。


「お前のおかげで助かったし、お前もいろいろ大変なんだと思うけど。なんか急に性格悪くなったぞ」

「そう? もしかしたら今までのおとなしい性格、虫の影響だったのかもね。虫がセロトニンの分泌量を増やすことでおとなしい性格にコントロールでもしてたんじゃない?」


 虫の話をされたら梅沢としては黙ることしかできない。途切れた会話の中に東雲が入ってきた。


「なんだ、美味そうなモン持ってるじゃないか」


 東雲が興味深そうに言うので香本はもともと持っていた自分のくるみの饅頭を東雲に渡した。


「あげますよ、僕ソレ嫌いなので」

「へえ? まあ、包装されてるから変なもの入ってないだろうし。小腹空いてるからもらっとくか」

「ここから近い地域の土産品なのに知らないんですか」

「興味ねえよ」


 渡された饅頭はひと口サイズの小さなものだ。一個丸ごと口に放り込んで食べ終わると、午後の仕事頑張るかーと伸びをする。梅沢は黙り込んだままだが、呼んでおいたタクシーが近づいてきたので乗ってて、と促す。


「ああ、そうそう。さっきの話ですけど。僕なりになんでこんなにたくさんの種類の不老不死の実があるのかなって考えたんですよね。なんて事は無い、本当にそれだけの種類の実があるんじゃないかと思ったんです。おかしな死に方した客と、もしかしたら相川さんもかな。他の実によってああなっただけ」

「あ?」


 言われた意味がわからなかったらしく東雲は首を傾げた。香本がタクシーに乗り込むのと、東雲の表情が凍りついたのは同時だった。


「あと数時間、お元気で」


 そう言うと扉を閉めて運転手に出発してくださいと言いタクシーが走り出す。後ろでは何かを叫んでいるらしい東雲がどんどん遠ざかっていった。


「さっきの人、東雲さんでしょ。この辺じゃ結構厄介な警察で困ってるらしいよ」


 運転手がそう言うと香本は困ったものですね、と笑いながら返す。


「さっきのどういう意味だよ」

「そのままの意味だけど?」

「え」


 何が何だかという様子の梅沢に、香本はニコニコと笑いながら言った。


「くるみの饅頭、食べてくれてありがと。食べたくなかったから助かったよ」


 香本は本当に楽しそうだ。


「吐き気がするから食べたくなかったんだよね、くるみ」


 その言葉に梅沢は。目を見開きガタガタと震え出す。


「この地域ではアケビだったけど、他の地域では違うものだった、それだけの話だ」

「ひ、あ、あああ」


 真っ青になって今にも泣きそうな梅沢の耳元で囁く。


「体の中に虫がいるっていうのがどういう感覚か、わかった? お前今まで僕や坂本になんて言ってきたっけ。凄いな? 特殊な能力が羨ましい? 虫のおかげ?」


 その言葉はあくまで自分は寄生されていないから言えた言葉だ。体の中に《《虫がいる》》というのが一体どんな気分なのか、それが全くわかっていない奴に言われる言葉がどれだけ。


「どれだけゲロ吐きそうか、思い知ったかクソ野郎」


 聞いたことがないくらい、冷たい嘲笑う声。


「お客さん大丈夫かい、吐きそうなの?」


 ぼそぼそと喋っていたので話の内容は聞こえていないようだが、吐きそうのあたりだけ聞こえたらしく運転手が心配そうに言ってくる。梅沢が俯いて震えているのでなおさらそういう風に見えたようだ。


「大丈夫ですよ、ぜーんぜんたいしたことないです、この程度。なあ?」


 返事がない。俯いて震えながら泣いている。ルームミラーでチラチラと見てくる運転手に香本はにっこりと笑う。


「夕べ飲み過ぎただけです。お気になさらず、このまま駅までお願いします」

「そうかい? 吐いちゃえば楽になるかもね。吐くなら外で頼むよ、昨日車内を大掃除したばっかりなんだ、ははは」


 何も知らない運転手の軽い笑い声に梅沢は顔を上げる。憎々しそうなその表情は何か言ってやりたいのだろう。

 お前に何がわかる。こっちはそれどころじゃないんだ。何も知らないくせに、何もわかってないくせに、お前には虫がいないくせに軽はずみなことを言いやがって。

 しかし声に出すことができない。それを言ったら香本になんて言われるか、分かりきっている。


 それ言うの、どんな気分?


 そう言われるに決まっている。


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