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神使のアケビ  作者: aqri
神使
30/37

1 奇跡ではなく必然

「治れ」


 治るはずがない。超能力者ではないのだ。それでも。


「治れ治れ治れ! ふざけんなよクソが!」


 頭に血が上る。耳元で大きな音を出されたわけではないが、至近距離で銃声を聞いた影響なのか香本は口調が荒くなる。

 ずり、と。必死に押さえている坂本の首で何かが動く感触を感じた。それは久保田も感じたようで驚いたように目を見開いている。押さえていた坂本の首から久保田の手を掴むと無理矢理どける。久保田は驚いたようだがそれ以上は何も言わずじっと香本の言動を見守った。


「お前血管だろうが、サボってんじゃねえぞ! 血管なら血管らしくさっさと血液を循環させろ!」


 香本の言葉に久保田だけでなく東雲たちも怪訝そうな顔をした。銃を構えて向き合っている東雲たちには何が起きているのか見えていない。そして首を触っていなかった梅沢にも状況が理解できていないようだ。

 虫は血管に擬態する、それも首の頸動脈に。今切れているのが本物の頸動脈なのか虫の擬態なのかわからない。どうでもよかった、本物でも偽物でも。


「お前はそこで血管になってりゃいいんだよ! テメェも死にたくなかったらさっさと繋げろ! コイツが死んだらテメエも死ぬんだろうが!」


 香本の目にははっきりと、一本の管のようなものがうねうねと動いているのが見えた。それは裂けた肌の中が見えているということではない。皮膚の下、管が光って見えるのだ。間違いない、これが虫だ。姿かたちをはっきり見ることはできないが、ぼんやりと光る棒のようなものがゆっくりと蠢きピンと真っすぐになりそのまま動かなくなる。

 キキイ、と金属が擦れたような小さな音が聞こえた。そしてじわりと光り輝く液のようなものが首全体に広がった。おそらく虫の副産物、分泌物のようなものだろうと思う。それが首の傷口に浸透し、香本が傷口をつまむようにして閉じる。


「どうなってるんだ」


 梅沢が動揺したように言った。坂本の首にできていた裂傷はまるで縫い合わせたかのようにぴったりとくっついていた。ただし糊で貼り合わせたかのように不安定で今にも開いてしまいそうだ。はっとした久保田が急いで持っていたハンドタオルをゆるく巻きつける。きつく締めれば気道や血管が圧迫されてしまう。適切な処置をして一旦その場は落ち着いた。

 辺りが静まり返った。香本は頭に登った血がすーっと降りていく感覚がある。目の前で起きたことを誰もが理解するのに少し時間がかかった。

 そして沸き起こった反応は様々だった。


「すげえよ香本、坂本が助かった!」


 喜ぶ梅沢とは対照的に東雲と警察官は驚愕の表情を浮かべている。


「まさか……」


 特に警察官は信じられないものを見るような目で香本をじっと見つめていた。逆に東雲は獲物を前にした肉食獣のように鋭い目つきで香本を見ている。


「まさか、あなたは本当に、神使様!」


 今まで能面のように無表情だった警察官の顔が一気に喜びに満ちる。旅館でアケビの絵について嬉しそうに語っていたスタッフのように。


「はあ、マジだったわけかあ」


 気軽そうな言葉とは裏腹に東雲の空気が冷たい。どう利用してやろうかという思惑がもはや見てとれる。それぞれの反応を冷めた思いで見つめながら久保田に問いかけた。


「先生、坂本は」

「だいぶ弱ってきているが、一命をとりとめたというところかな。だが出血が多いし治療が必要な事にはかわりない。できれば体を温めてすぐに病院に運びたいところなんだが」


 その言葉に東雲は無反応だったが警察官が反応する。


「神使様に救っていただいた命、放っておくわけにはいかない」


 そう言うと無線を使ってどこかに連絡をする。東雲はその様子に小さく舌打ちをした。他の者に連絡を取られたのだ、面倒なことになったということだろう。今この場で警察官を殺してしまわないのは東雲なりに今後どうするかを考えているようだ。生かしておいて他の利用方法があるのかもしれない。

 しかし香本たちとしてはなんとしても坂本の命を助けたいのでこの行いは正直利用しない手はない。杜舎の手配というのは引っかかるが、まずは病院に連れて行くはずだ。首の傷を縫合しなければいつ傷口が開いてしまうかわからない。


 香本は坂本の首をじっと見つめるがもう光っていなかった。

 すぐ近くに仲間が来ていたのかそれほど時間が掛からずにすぐに他の警察官が来た。どうやら彼らも杜舎のようだ、話を聞いて慌てて坂本を背負うとそのままどこかに走っていった。


「何が起きたのか話してくれるか」


 久保田の問いかけに香本は、少しの間沈黙した。正直自分でも何が起きたかと説明ができない。


「弾が当たって切れてしまった血管の代わりに虫が血管になったんだと思います」

「お前がそう命令したからな」


 冷たい声で東雲が言うと警察官が改めて東雲に銃を向けた。


「今神使様がお話されている、黙っていろ」

「はいはい」

「これの他にはもう特に言う事はないです。ただ、確かに坂本の首にいた虫は光って見えました。あの絵の通り、虫は光る。でも光ったのはあの時だけ」


 なぜ致命傷になった時だけ光ったのか。それともあの性格が変わってしまう症状の時しか光って見えないのか。考え込んでしまった香本に久保田が再び絵を見せる。


「もしもこの木に生っているアケビがすべて虫だったとしたら、全て光っているはずだ。しかし光っているのは三つだけ。神使の特徴ではなく、虫自体に何か特別な条件があるという事かもしれない」

「たとえば?」

「先程の状況考えると、宿主である坂本君が命の危機に瀕していた。君の前でこんな事を言うのも悪いのだが、寄生虫というのは宿主が死んでしまうと同じく虫も死んでしまう。生きさせようとする、君も言っていたね」

「つまり危機的状況になると光るということですか。他の生き物に見つけてもらう為光るのか、副産物に発行物質があって光ってしまうのかわかりませんが」


 絵をよく見れば光っている実のうち二つは地面に落ちていて、もう一つは枝のしなりからいうと今にも落ちそうだ。木から離れてしまうと虫の命そのものが危ないのかもしれない。


「そうなると、ようやく合点がいった。茜さんのお父さんが研究していた内容に、どんな刺激を与えると虫にどんな影響があるのかをまとめたものがあったんだ。もしかしたらあの人はこのことを突き止めていたのかもしれない」

「すごいですね、茜ちゃんのお父さんって。香本もすげえよ、坂本助けてくれてありがとう。今回ばかりは虫のおかげで助かった」


 目を輝かせて梅沢が言う。虫のおかげ。……ひとまず坂本は助かった、その事実は確かに香本を安心させる。彼らが手配した病院に長居は禁物だ、何に使われるか分かったものではない。


「で? どうすんのこの状況」


 東雲が全体を見渡してからそう言った。東雲と警察官は相変わらず銃を構えあっている。杜舎と、杜舎に反する東雲。おそらく警察官の銃は東雲には当たらない、先ほど見せた身体能力はこの中ではトップクラスだ。


「目的は同じなんだから僕が木を探して後は好きにすればいい」


 虫を滅ぼしたい東雲、おそらく原木を探している杜舎。その後の事はどうでもいい、無事に帰れさえすれば。そんな気持ちを込めて言うと東雲も警察官も特に反対する様子はなく、久保田や梅沢も落ち着いた様子だ。


「私も同行するよ、君一人置いていけない」

「俺も」


 結局のところ木を探すしかない。しかし現地に住んでいる者達でさえ見つからない木を探すことができるだろうか。もちろん光っているアケビを見つけるのは神使でなければ無理だ。しかしアケビの木自体は普通の人間にも見つけられるはず。それが見つからないという事は。


「木自体が、擬態してるのかな」

「へ? 木が?」

「さっきも言ったけど、アケビは蔓植物だ。この木の形はおかしい。そうなると違う木になりすましてるのかも。虫に擬態能力があるならそれも考えられる」

「じゃあどうやって見つければいいんだ」

「光ればわかるけど……」


 そこまでいうと、ザッと音を立てて東雲が勢い良く飛び出す。その方向は茜が落ちた斜面の方だ。


「待て!」


 警察官が慌てて何発か撃つが悲鳴は聞こえなかったので当たっていないようだ。暗い中、しかも木々が生い茂っている。加えて東雲のあの身体能力と荒事に慣れてる経験値からも当たっているとは思えない。

 なぜ今東雲がこのタイミングでこの場を離れたのか、香本に言いようのない不安が募る。さっき自分たちの会話では何を言っていた? 光れば虫はどこにいるかわかると言った、そして虫が光る条件は虫自体が命の危機に貧した時。それを実行するために何かをしに行ったとしか思えない。それが一体何なのかが今は思い付かないが。


「あの男は後で捕らえます。神使様、どうか我々を原初の木までお導き下さい」


 久保田や梅沢の姿など目に入っていないかのように警察官はまっすぐ香本を見つめる。その表情は恍惚としていて本当に自分が何かの教祖にでもなったかのような気分だ。


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