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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、午前
3/37

2 やる気のない警察

 少し時間が経ってから久保田がひと部屋ひと部屋全部回り全員をエントランスに集めた。案の定、他のメンバーは軽くパニックとなった。久保田から告げられたのは木村が部屋で亡くなっているという事、他殺の可能性があるという事。


「なんで他殺って思うんですか」


 守屋が聞くと、久保田は少々表情を硬くしてから静かに告げた。


「部屋中が血まみれだった、と言えばわかってくれるかな。病死などではない。警察が来ていないから詳しい状況の把握はまだわかっていないが、この状況であの人が自殺するとも思えない。それに」


 久保田は沈痛な面持ちだ。


「あれはどう見ても殺されたとしか言いようがない」


 よほど凄惨な光景だったに違いない。顔面の筋肉が死んでるのではないかと揶揄されるほどに久保田は表情が変わる事は無いのだが、今は明らかに沈んだ雰囲気だった。


「どんな亡くなり方を……」


 旅行気分で参加していた相川が恐る恐るといった様子で聞いてきた。


「刃物か何かでメッタ刺しにされたのかもしれない。血が天井にまで飛んでいた。まさに文字通り血の海だったんだ。私も直視できなくてあまり詳しくは見ていない」


 聞けば旅館の者から木村に間違いないか確認してほしいと言われ部屋に行ったらしい。普通そんな事するだろうかと疑問だが旅館の者も混乱しているのだろう。身近だった人間のあまりにも無残な最後に誰もが言葉を失った。昨日まであんなに元気に会話をしていたのに。それも殺された可能性が高いという。確かに少し鬱陶しいキャラだったが、殺されるような恨みを買っているとも思えない。


 ――いや、それは僕が彼のことをそんなに知らないだけか。


 香本は教授たちに対してもつかず離れずの距離を保っている。親しい友人を作らないのと同じで、あまり身近な人間を作らないよう努めてきた。研究で一緒になる梅沢や守屋の話を聞く限りでは女子からは人気がないらしい。マウントを取るような発言も多いので慕われてはいなかった。しかしそれが果たして殺されるほどの理由になるのかどうか。


「旅館の人の話では今警察に連絡をとっている。警察が来たら我々も聞き取りを行われるから、各自対応するように」


「俺らが殺したって疑われるってことですか」


 坂本が食ってかかるように言ったが、久保田は冷静に言葉を返す。


「刑事ドラマの見すぎだ。警察は第三者の立場としてまず現場の把握と事実の確認は必須だ。様々な人間のどんな些細な情報でも全てが捜査に欠かせない。聞き取りに応じるのはむしろ義務だと思ってくれ」


 その言葉にやや戸惑ったような雰囲気にはなるが、ムードメーカーの梅沢が皆を取りまとめるように声をかける。


「久保田先生の言う通りだよ。ここで何かサスペンス劇場が起きるわけじゃないんだ、俺たちは一緒にいた人間として情報提供しなきゃいけない。聞き取りって長丁場になるって話も聞くし、気分は良くないのかもしれないけど食べられるものは腹に入れといた方がいいぞ」


 わずかに怯えた様子の相川はジュースだけ飲んでおくと言って飲み物を買いに行った。久保田が内線を使ってスタッフに確認したところ朝食の準備はできているという。


「腹が減っている人は大広間に行って食べても良いが、警察が来たら手を止めて応対してくれ。多分そんなに時間はないぞ」


 そう言うとスタッフともう少し話をしてくると言ってその場を後にする。香本は少し考えてから部屋に戻ることにした。


「香本君、どうする?」


 後ろから守屋が声をかけてきたが、少し気分が悪いから部屋に戻ると言ってその場を後にした。口に出しては言えないが正直そこまで木村の事はショックではない。リアルに想像して気分が悪くなったわけでもない。気分が悪いのは本当だ、朝からずっと感じている吐き気のようなもの。コーヒーを買ってしまったが考えてみたら胃の調子が悪いのなら胃が荒れそうなものは飲まない方が良いだろう。自販機で温かいカフェオレを買ってその場で飲み干した。


 フロントから警察が来たのでエントランスに集まってほしいと連絡が入った。貴重品だけ持ってエントランスに集まると、ちょうど外から警察が入ってきたところだ。意外にも物々しい雰囲気ではない。来ていたのは刑事と思われるスーツ姿の中年の男と制服を着た警察官二人のみ。人が死んでいるのなら鑑識が来たりもっと人数が集まると思っていたので皆不可解そうな顔をしている。


「あー、じゃあ一人一人状況確認するから」


 いかにもやる気がなさそうな態度で中年の男は一番近くにいた久保田から話を聞いていく。てっきり個室に入って一人一人他の人間の情報が聞こえないような環境で聞き取りをすると思っていたが、まるで世間話をするようにその場で聞いて回っていくだけだ。

 しかも話している内容は昨夜から今日にかけて何をしていたかだけ。どの時間に何をしていたのかなど細かい話を全く聞いてこない。これが本当に聴取なのだろうかと首を傾げる者もいた。記録さえ取っていない。


「次、あんたは?」


 坂本に声をかけると、坂本は不審そうな態度を隠しもせずわずかに語気を強める。


「飯食って、風呂入って、寝ましたよ」

「あーそう、次」

「こんな適当な聞き方で一体何がわかるって言うんです。もっとちゃんと調べてくださいよ」

「オタクらの中に殺した犯人が混じってるのか?」

「それがわからないから聞き取り調査するんだろ。田舎の警察ってそれすらしないのか。都会とは大違いなんだな」


 苛立った様子な坂本に、警察の男はやれやれ、といった様子で大きくため息をついた。


「不満があるんだったらその都会の警察とやらに泣き付いたらどうだ。こっちは忙しいんだよ、ガキの愚痴に付きあわされても残業代出ないんだから、くだらない事で時間取らせるな。お前が残業代払ってくれるのか」


 邪魔だ、と坂本を突き飛ばすと次、と言って何事もなかったかのように守屋に聞き取りを始める。

 今時こんな態度をすればネットに晒されて大炎上するというのに、男は全く気にした様子がない。坂本は大きく舌打ちをして聞こえるように罵声を浴びせるが、刑事も警察官も無反応だ。まるで坂本など見えていないかのような態度に、メンバーは眉を顰める。


「次」


 香本の番となる。刑事が近づいたとき、また吐き気を感じてわずかに俯く。


「何だ?」

「いえ、別に。昨日は食事と風呂の後寝ました」

「ああそう。これで全員か、みんな飯食って寝たわけだ。以上で終わりだ、はい、解散」


 それだけ言うと警察たちはエレベーターに乗り込んだ。今から現場の確認に行くのだろう。それを見送ってから坂本は大きく舌打ちをし、梅沢たちは不機嫌な様子でつぶやいた。


「なんだよあれ、本当に警察なのか?」

「とりあえずやる気がないのはよくわかった」


 守屋もため息をつく。まさか事件を有耶無耶にしてしまうつもりはないだろうが、あまりにもひどい。


「俺らが犯人扱いされて十何時間拘束されなかっただけマシか」


 諦めたように梅沢言うと、久保田に聞いた。


「これからどうするんです」

「一応帰り支度をしておこう。まさかこれで本当に終わりとはならんだろう。現場を見て新たに聞きたいことも出てくるかもしれない」


 その言葉に香本は気付く。そうだ、あの警察たち。何故現場の確認より先に聞き取りをしたのだろうか。普通は現場の確認と聞き取り調査は手分けをして同時進行のはずだ。来た人数も少ない。やる気がないと守屋が言っていたように、やる気がない理由は一体何なのか。調べる気がないのはなぜなのか。

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