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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、夜
28/37

7 要求

「そんじゃ再確認だ、試しにやってみてくれよ」


 そう言って東雲はカバンから何かを取り出すと香本に向かって放り投げる。反射的にそれを受け取る。投げられたのは二つのアケビだ。


「あいつらが後生大事に保管してたアケビをかっぱらってきた。片方はただのアケビ、もう片方は虫だ。どっち虫かわかるか」


 二つのアケビは見た目が明らかに違った。片方は普通の見た目だがもう片方は皮の色が紫ではなく茶色だ。その二つを見比べたが香本は迷った様子なくはっきりと言った。


「どっちも違う」


 その答えに東雲は満足そうに小さく笑った。


「二択だって言ったのにどっちも違うときたか」

「僕に本当に見分ける力があるのかどうかは知らないけど。少なくともこの二つからは嫌な感じがしない」


 淡々とそう言うと沈黙が落ちた。東雲は警戒心むき出しで香本を睨みつけているが、香本はまったく気にした様子はない。嘘は言っていないしこれで本当にどちらかに虫がいたとしても香本にはわからない。東雲のテストに不合格だというだけだ。すると東雲は正解だと拍手をする。


「本物の虫だったらこんなにあっさり盗まれるような保管の仕方はしない。杜舎の中で崇拝するための偶像なんだろうとは思ってたが、その通りだったみたいだな」


 軽く肩をすくめて何でもないことのように言うと捨てていいぞと言われる。注意深く観察してみるとわかるが本物のアケビではない、よくできたレプリカだ。言われた通り放り投げて捨てた。レプリカでも虫がいなくても、アケビを持っていたくない。


「さて、じゃあ俺の用件二つ目だ。本物の虫が生っているアケビの木を探して欲しい」

「どういうことだよ?」


 問いかけたのは坂本だ。先ほどまで何をやらかすかわからない不気味な雰囲気だったが、今の東雲はいたって普通だ。


「こんなアホみたいな風習に踊らされ続けるのが楽しいわけねえだろうが。杜舎はいつまでも恐慌社会を強いて、体の中には気色悪い虫がいやがる。お前さんはどう思う、生まれた時からずっとそういう生活だったら」


 まっすぐ見据えられ坂本は言葉に詰まった。体の中に虫がいるというのがどれだけ耐えがたいことか、身をもって知っている。

 昆虫ではないと言われているがイメージするのはどうしてもやはり芋虫のような姿。そんなものが自分の体に住み着いているというだけも耐えられないのに、他の虫が体に入るとあんな凄まじい死に方をする。


「今回死んだのは二人だけどな、俺はもう十人ぐらい見てきた。どれだけ注意深く下調べをして大丈夫だと思ってヤっても、時々やっぱりいるんだよなうっかり他の虫を入れちまう奴が。そりゃもうひでぇ死に方だ、今朝死んだ奴はかなりきれいに死んだ方だぞ? 内蔵まで破裂してねえし目玉から虫が飛び出してねえだろ」


 何がおかしいのかケラケラと笑いながらそんなことを言う。その様子に梅沢が怒りを込めて怒鳴った。


「人が死んだのに笑うのやめろ。それにあんたらにどんな事情があろうと自分たちの手で人を殺していいわけじゃない」

「なあ坊や。こんなイカレた町で生まれ育って、いつ死ぬか分からない恐怖と戦いながらホラー映画もびっくりな人の死に様を見ているとな、割といろんなことがどうでもよくなるんだよ」

「だからって」

「例えば当たり前のように平和で幸せに生きてきた奴が好き勝手言うのに心底腹が立って、てウッカリ殺したくなったりな」


 ドスの効いた殺気のこもった声に梅沢は黙り込んだ。東雲の瞳には狂気に満ちた暗い影が灯っている。


「お前だっていつ死ぬか分からない状況で、体の中に芋虫だかミミズだかが這いずり回ってるって思ったらそんなクソみたいな寝言吐けねえよ。ま、お前さんにはわからんだろうがね。俺から一つ言えるのは、テメエはもうしゃべるな。心底苛つく」


 東雲のわずかに殺気立った雰囲気に梅沢は黙る。正直香本も同じ心境だ。これ以上東雲を無自覚に煽るのをやめてほしい。


「私も聞いていいかな」


 静かに話を聞いていた久保田が東雲に向かって言った。


「話を戻すが、君はすべての元凶となっている特別なアケビの木を探したい。それができるのは香本君だけだ。今この状況を見ても君に従わざるを得ないのは仕方ない。それなら最低限の人数にしてもらえないだろうか」

「要するに人質を何人か解放してくれってか。俺はいいけどなあ、それほんとに安全か? 町の連中は確かに今偉そうにふんぞりかえってる奴らをボコボコにしに行ってるが、杜舎の奴らがうろついてるっていうの忘れるなよ。見つかったら血祭りだぞお前ら」

「それは……確かに。しかし」


 久保田はチラリと東雲の手に握られた拳銃を見つめる。それに気づいた東雲はひょいっと肩をすくめた。


「無駄弾撃つつもりないはないっつったろ。お前らが変なことしなきゃ撃たねえよ、弾が勿体ない。それに俺からしたら神使殿を上手く使うための道具は多い方がいいからな」

「つまりどうあっても全員でアケビの捜索をしなければならないわけか」


 小さなため息とともに久保田は香本に向き直る。


「できそうかな?」

「正直解りません。虫の話だって昨日今日聞いたことですし、自分の中では他の虫の気配がわかるのもそこまで確信があったわけじゃない。それにいくらなんでも数キロメートル離れた場所から探すのは無理ですから、歩き回らなきゃいけないということです」

「いくら俺でもそんな無謀な事は考えてない。闇雲に歩きまわっても疲れて終わりだ。少しなら資料がある」


 はいよ、と紙の束を取り出して香本に渡した。拳銃をちらつかせていなければ普通の協力者といった感じだが、ピリピリとした雰囲気は香本にあまり良い感情を持っていないという事がよくわかる。体の中に虫がいる者同士といっても東雲は「神使」という存在を警戒しているようだ。

 渡された紙を何枚か見て一枚の絵の写真に目が止まった。それはあの旅館に飾られていたアケビの木を描いた絵だ。大きな木に紫色の玉がいくつも付いていてその玉の中で光り輝くものがある。ただし光っているのはほんの一部だ。玉の数はおよそ十五個、光っているのは三個。


「下手なことしたらぶっとばすが、おとなしくしてるんだったらお前らも見ていいぞ。頭数は欲しいからな」


 そんなことを言いながらも手招きの代わりに銃でクイクイと招くので梅沢はすぐには動けなかった。しかし最初に坂本が近寄り続いて久保田も資料を見るために歩き始める。二人のことを見て梅沢もようやく最後に動き始めた。


「ずいぶん協力的じゃないか少年」


 東雲がからかうように言うと坂本は特に怒った様子もなく淡々と返した。


「当たり前だろ」


 こんな目に遭っているのだから。口には出さなかったが目がそう訴えている。

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