6 動き出した事態
「じゃあ、東雲さんはあいつらの仲間じゃないのか」
「今まで俺たちに随分と優しいと思ってたけど、そうか」
東雲の言葉に旅館の人間や地域住民はざわざわと徐々に盛り上がり始める。長年杜舎だと思っていたが、そんな状況をどうにかしたいと動き続けていてくれた。それに今の言葉を聞く限りどうやら杜舎でない者達にいろいろとフォローをしていたようだ。性格に難ありだが、一応慕われていたらしい。
「客まで殺してあまりにも横暴が過ぎる。どうやってもみ消すつもりか知らないが、殺された奴らの地元の警察が動いたら一発で終わりだ。どうせ警察にいる俺にどうにかさせるつもりなんだろうが俺だってできないことはたくさんあるし、そんな気もない」
そうだそうだとそこら中から声が上がる。長年溜まっていた不満が、東雲によるドラマチックな展開にヒートアップしているようだ。梅沢たちは戸惑っているようだが香本はなるべく表情に出さないように最大限に警戒をする。
――こいつ、なんで今その話をする。それに杜舎じゃない人を殺しているし裏切り者にトドメ刺したって言ってたのに。良い奴じゃないだろ、どう考えても。
都合が良すぎる、あまりにも。派手な演出にしか思えない。
「数は俺たちの方が圧倒的に多い。さっき言った四人以外はただの雑魚だ! 近藤たち四人を捕まえろ、状況はもうひっくり返ってる!」
おお! と一致団結したかのような掛け声があがると住人たちは踵を返して一斉に走り始めた。おそらく四人を捕らえに行ったのだろう。梅沢たちがその様子を呆然と見ていたが、さてと、という言葉とともに近寄ってくる東雲に警戒する。
「おいおい、今の話聞いてただろ。俺はお前さん達をどうこうするつもりはねえよ」
「探りを入れていたのだとしても、人を死なせたことに対して平然とし、自分の目的のためなら危害を加えることも厭わない性格は友好的とは言えないのでね」
久保田の冷静な返しに東雲は肩をすくめ梅沢たちも東雲を睨み付ける。
「利害が一致するようだったら協力して欲しかったんだが仕方ないな」
「相川さんを無事に返してくれるのならそれも考えよう」
「それはちょっと約束できないね、使い道があるっつっただろ。人質っていう使い道が」
その言葉を言うや否や、突然走り出した東雲は近くにいた茜の腕を掴むとねじり上げナイフを突きつけた。
「茜ちゃん!」
梅沢が一歩近づこうとするが近づけるはずもなくそのまま立ち止まる。
「遠くの人質より近くの人質の方が迫力あるからな。うるさい連中を追い払ったところで、ようやく本題だ。用件は二つ、一つは俺の銃を返してもらおうか。紛失すると始末書ものなんだよ」
茜はもがいて逃げ出そうとしたようだが、きつめに腕をねじられたらしく小さく悲鳴をあげておとなしくなった。
「持っているとぶっ放しかねないようなヤベエ奴は持たんだろうから、そこのきゃんきゃんうるせえ奴かな」
梅沢を見ながら東雲が楽しそうに言う。どうやら香本の他にも坂本に虫が入っている事は把握しているようだ。当然だ、旅館で監視カメラを見れば相川が坂本の部屋を訪ねる姿が映っている。相川の虫が木村に入って木村が死んだことを推測済みなら、相川にその後虫が入っていないこともわかっているはず。
――守屋さんの部屋に誰も出入りしていないことを確認済みなんだな。じゃあ相川さんはいつ虫が入ったって話になるんだけど。
考えてるうちに梅沢が持っていたカバンを開けて中を探り始めた。しかし東雲はカバンごとこちらに投げろと言った。
「変な真似したらこのお嬢ちゃんの頸動脈切れちゃうかもしれないから気をつけな」
その言葉に梅沢は悔しそうな顔をするとポーンと鞄を東雲に向かって投げる。茜を突き飛ばし、カバンを受け取った東雲は口が開いたままのカバンをひっくり返して中身を全て地面に落とした。その中にハンドタオルできつく縛られた拳銃と思われるものを見つける。
「弁当じゃねえんだからよお」
それを手に取ろうとした瞬間、突き飛ばされて近くにいた茜が東雲に体当たりをした。その光景に驚いていると、梅沢と坂本も走ってくる。
「待て二人とも!」
久保田の慌てた声が響いたが遅かった。バランスを崩した東雲に飛び掛かろうとしていたようだが、すぐに体勢を立て直した東雲が梅沢を殴りつける。相手はこういった荒事のプロだ、訓練まで受けている相手に素人がどうにかしようとして敵う相手ではない。
そして布に包まれていた拳銃を取り出すのと再び茜が突進したのは当時だった。おそらく茜は無我夢中で東雲が拳銃を取り出したのを見えていないのだろう。まずいと思ったが止めに入る前に既に事は動いている。
銃で撃たれるのかと思ったが東雲は銃を握ったまま腕を振りかざし、茜の側頭部にグリップの下の部分で思いっきり殴りつけた。
男の力でしかも硬いもので殴られたということもあり茜はバランスを崩し、そして。
「きゃっ!?」
小さな悲鳴をあげてあっという間に姿が消える。辺りが暗かったので何が起きたのかよくわからずに呆然としてしまうが、東雲がなんでもないことのように言った。
「崖の近くで暴れたりするからだ」
崖。その単語に梅沢が顔色を変えた。あちこち移動していて暗かったので全くわからなかったが自分たちのすぐ横は斜面だったのだ。
「茜ちゃん!?」
声をかけるが返事は無い。暗いので姿を確認することもできない。
「別に断崖絶壁じゃねえよ、ただの斜面だ。転がり落ちただけなら即死はしてねえんじゃねえの? まぁこの辺の人間は皆宿に引き返しちまったし、助けは来ないからほっとくとそのうち死ぬかもな」
東雲の言葉に梅沢はギリッと歯ぎしりをした。東雲はトリガーのある部分に指を入れくるくると拳銃を回している。
「弾抜いとくとはね、頭良いな」
「武器は無効化しておかないとろくなことにならないからな」
久保田が冷静に返した。銃を回していて見えないが弾倉ごと抜いておいたようだ。仮眠をとる前聞こえた二人の会話はおそらく拳銃の相談をしたのだろう。東雲は持った瞬間重みで気づいたらしい。
「さて、弾倉は……まあ、普通に考えりゃ先生かな」
「そうだ」
返せ、と言われる前にポケットから取り出すと崖に向かって放り投げた。
「やるねえ」
「この状況では渡すメリットがないからな」
「そらそうだな」
楽しそうに笑いながら慣れた手つきで東雲は内ポケットから新たな弾倉を取り出した。ガシャン、と音を立ててセットすると久保田に銃口を向ける。
「予備くらいはあるわけよ、センセー。当然だろ?」
その言葉に全員緊張した面持ちとなる。圧倒的に不利だ。
「無駄弾撃ちたくないからバカスカ撃ったりしねえが、次面倒なことしたら撃つかもな? さて、話戻すぞ。要件二つ目だ」
銃口は久保田のまま、しかし目線だけチラリと香本を見た。
「ちっとばかし質問に答えてくれよ。それによって今後の対応が変わる」
やはりきたかというのが正直な感想だった。アケビを食べたか聞いてきたり、神使がどうの言ってきたり。東雲はもう何らかの確信を持って香本を最重要人物……神使として位置づけているのだ。
「どうぞ」
拒否する理由もないのであっさりとそう言うと、下手にぐだぐだ言わなかったのが気にいったのか東雲は機嫌が良さそうな声で喋り始める。
「お前さんは虫についてどこまで知ってる」
「この場にいる人たちと同じ、ほとんどよくわかってない」
「まあそうだろうな。いろいろ知ってたらこんなところでチンタラしてない、無自覚ってところか。こりゃ面倒だ、最初から説明しなきゃいけないのか」
さてどうするかなとつぶやきながら東雲は拳銃を下ろした。しかし先ほどの体術を見る限りではおそらくかなわない。それがわかっているから銃を下ろしたのだろう。
「無自覚でも自分が普通の人間とは違うっていう自覚ぐらいはあるだろ。たとえば他の虫の気配がわかるとかな」
「……」
「心当たりがあるだろ? 旅館で俺が近づいた時に滅茶苦茶嫌な顔したからな」
確かに東雲にアリバイなどを聞かれていた時吐き気がして思わず顔を背けた。あの時すでに気づかれていたのだ。という事は、東雲は神使と呼ばれる存在の詳細と特徴を知っているということになる。
「虫の気配がわかるのは神使のみ、ってのが杜舎の通説だな。神使は特別な存在だってのも想像ついてるだろ」
「ご用件は」
「理解が早くて助かる。やってもらいたい事があるんだが、そうだな。ちょっとしたテストをしようか」
「テスト?」
「神使は俺らの中でも結構都市伝説みたいな存在でね。俺も状況証拠からお前さんがそうなんじゃないかって結論づけたが正直半信半疑だ。これで勘違いだったら目も当てられないからな」
東雲には何か大きな目的がある。体の中に虫がいるのは間違いない。杜舎のふりをして周囲の人間すべてを騙して着々と何かの準備を進めてきた。それを達成するためには神使が必要。
――いや違うな。都市伝説のようだと言っていたし探し出すのは現実的じゃない。転がり込んできたから利用しない手はないってところか。