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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、夜
26/37

5 東雲

 久保田はみんなを見回す。


「不安な事は多いだろうが、私が見た感じでは演技ではなさそうだ。実際、この件で誰が中心になっていてどういう方針で動いているのかをいろいろ教えてくれたからね」

「詳細は?」

「東雲は杜舎の人間だ。この無茶なやり方は東雲の命令だそうだ。杜舎と萱場の対立が悪化している。うまく立ち回れば利用できるかもしれない。それから」


 一旦言葉を切って少し躊躇ったようだったが相川さんの事だがと口火を切った。


「彼女はこの協力者に保護してもらっている」

「無事なんですか」


 さすがに心配していたらしい梅沢がそう聞くと久保田はああ、と言ったがあまり嬉しそうな雰囲気ではないのが気になった。


「転んだらしくて足を擦りむいていたのと、彼女を捕まえた者に殴られたみたいで顔を腫らしていた。それは手当てをしたからいいんだが、君たちのことをひどく罵っていたよ。君たちのせいでこんな目にあった、とね」

「はあ? 最低」


 先ほどまでの心配していた雰囲気は覆り茜の不機嫌そうな声で梅沢もため息をついた。


「興奮状態で一方的にまくしたてられて、何を言っているのかわからない部分が多くてね。正直君たちが何かをしたとは思えないんだが、一体何があったんだ」


 今まであったことを茜と梅沢が説明した。確かに彼女を見殺しにするような行動はしたし最低だったと思うが、そもそも軽率な行動したのは彼女の方で坂本に虫を擦りつけたのも彼女だ。そう説明すると久保田はなるほど、と落ち着いて話を聞いてくれた。


「そういうことだったんだね。私の目から見ても相当子供っぽいわがままな性格な子だと思っていたが、自己愛が非常に強いんだな。今彼女は協力者たちが保護して隠してくれているから心配いらない。君たちが自分を責める必要もないよ」


 久保田は坂本のほうに向き合った。


「体調不良等は無いかな」

「大丈夫ですよ。ちょっとキレやすくなったかもしれませんけど」


 久保田のことを警戒している坂本はそっけなく言うとそれ以上何も言わずに黙り込んだ。久保田もそんな阪本の態度を咎めることもない。落ち着いた大人の対応だ。


「協力者の数は少ない。そして周りを騙しながら我々を匿うとなるとそれほど自由に動けるわけでもない。私がここに来たのはこっちが外部の人間に助けを求める方向で合っているからだ、商店街の方は敵だらけだと思ったほうがいい」

「どうやって俺たちがここにいるってわかったんスか」


 坂本が聞くと、相川を追いかけたあの二人組が協力者として寝返ってくれたのだと言う。そのため地図を見せてこの辺だと教えてくれたのだそうだ。久保田はポケットから紙の地図を広げてみんなに見せる。


「今我々がいるのはこの辺。別の地区があるのはこっちだ、但し途中に崖があるから少し遠回りしなければいけない」

「地図があるのはでかいですね、ありがとうございます」


 わずかに活路が見出せたことで梅沢は明るい声で言った。確かに闇雲に彷徨うよりは断然有利になったと思う。


「我々はこの土地については慣れていない、たとえ地図があっても暗い中では目印も探しづらいし最短でたどり着けるとは限らない。みんな落ち着いて行動してくれ」


 久保田の言葉に全員うなずいた。


「とりあえずこの後はどうしますか、真っ暗ですけど移動しますか。それともここで休みますか」


 香本が聞くと久保田は少々考え込む。久保田もこの状況が難しいので決めかねているようだ。


「夜に山の中を歩くのは非常に危険だ。交代で見張りを立てて休もう。下調べをしていないからわからないが野生の動物がいる可能性もある」


 ひとまず久保田の言葉に全員賛同し休むこととなった。落ち着いた場所にずっといた久保田は体力が余っているので最初に見張りを言い出す。体力のない茜は先に休ませることにして、もう一人見張りを誰がやるかと言う話になると梅沢が「俺がやる」と言った。


「俺は歩き回ってただけだからな。香本はずっと音聞いてもらったり集中力使っただろ。坂本はサバゲーとかでこの環境一番頼りになるから休んでおいてほしい」

「わかった、そうするか」

「よろしく」


 坂本、香本、茜は軽い仮眠をとることにした。いつ眠れるか分からないし深い眠りに入ってしまって見つかったら咄嗟に逃げることができない。短時間の仮眠は体力の回復には適していると久保田から勧められたこともある。

 土を盛って枕代わりの小山を作ると香本は横になった。自分では疲れていないと思っていたが横になって目を閉じると急に目の周りが重くなり眠気のようなものがわき起こる。確かにずっと集中して音を聞いていたので自分が思っていた以上に疲れていたようだ。自分の聴力はこの先も有用だ、しっかり回復しておかなくては。

 静かに寝入りに入り始めたとき、久保田と梅沢の小声の会話が耳に入る。小声でも香本には聞こえるのだが。


「よく無事だったね」

「香本のおかげです。耳がいいのは助かりました。普通とは違う能力って凄いですね。今後いろいろ活用できそうですし羨ましいです」

「そうか」

「先生、そういえばこれ」

「ああ、では私が……」




「あなたは特別なの。他の子とは違うから」


 病院のベッドの上で母親がいつも言っていた。幼稚園の時にひどい癇癪持ちで、幼稚園側から退園を迫られたと知ったのは母が亡くなる前だ。いつも言っていたこの言葉も、そのことを言っているのだと思っていた。


「あなたは私が守るから」

「お母さん、もうすぐ死んじゃうじゃん」


 なんて酷いことをストレートにぶつけていたんだろうと思う。だがあの頃の自分は母親のことを好きでも嫌いでもなかった。医者からはもうあまり長くないと言われていたし、母親自身自分がもうすぐ死ぬということを常に公言していたのでそういったことの気遣いは全くなかった。入院している時から生前整理を済ませ、遺族年金や保険金受取、控除の申請の仕方など一人の生き方をたくさん息子に教えていた。


「私が守れるのはね、私が死んだ後なの。いつかわかる時が来る。お父さんがすべてを終わらせて、私が守るからね」


 不思議な雰囲気の人だったと思う。いわゆる世間一般で言う「お母さん」と言うよりは、師匠のような、上司のような存在だった。躾というよりも生き方や考え方を、怒るのではなく叱ることをする人だった。


 その母が亡くなったのは中学三年生の時だった。父親も既に亡くなっていて親戚もいない。天涯孤独の身にはなったが、養護施設に入れるのは義務教育である十五歳まで。ちょうど施設に入れない年齢になっていたのでこの先どうやって生きようかと考えたとき、将来の不安などがなかったのはこの先一人になったらどうやって生きていくか、母親と十年先の事までしっかり決めていたおかげだ。

 父親が残した資産と遺族年金、必ずしも高校や大学に行く必要はないがやりたいことがあるのならどうやって進むかなども全てシミュレーション済みだった。

 死んだ後になったら守る。その意味がずっとわからなかった。かわいそうな子供を励ますために言っていたのかと思っていたが違う。


 母は間違いなく虫の存在を知っていた。



「みんな起きろ!」


 梅沢の焦った声で飛び起きた。梅沢から説明されるまでもなく周囲の音が聞こえている香本は緊急事態だということを察する。


「人が集まってきてる」


 梅沢の言葉に坂本と茜が慌てて立ち上がり逃げる準備を始めた。しかし香本には周りをぐるりと囲まれていることがわかる。人の荒い息遣い、やっと見つけた逃すなといった類の言葉。


 ――どうして正確にここにいるってわかったんだ。協力者たちがやっぱり騙してた? いや、例えそうだとしてもGPSがあるわけでもないのにここがわかるなんておかしい


 そして最悪なことに東雲の声も聞こえる。あの男がいると色々と厄介だ。

 あっという間に多くの人間に囲まれ香本たちは身動きが取れなくなる。そんな皆の前に現れたのは案の定東雲だった。


「どうもドブネズミの皆さん。ご機嫌いかがかな」


 口調は今まで聞いたような軽口のようだがぞっとするほどに無表情だ。特にまっすぐ香本を見つめてくる。


「本来だったらここでぶち殺すところなんだが。こっちにもいろいろ事情ができてね、特に外部の人間に縋りつくなんていう馬鹿が出てきたせいでやらなくちゃいけないことが増えて増えて」


 もうばれているということだ。ということは、相川は……。


「一緒に隠れてたお嬢ちゃんなら別に何もしてないよ。裏切った馬鹿どものトドメ刺したら小便漏らしながら震えておとなしくなったから。それに、まだ利用価値があるしな」


 気になることを言った。利用価値とは一体何なのか。


「本当だったらここでいろいろなことをペラペラしゃべる悪役は死亡フラグが立ってるんだが。世間話だと思って聞いてくれや」


 東雲の言葉に香本たちはもちろん怪訝そうな顔をするが、それは取り囲んでいた住人たちも同じだった。何を言い始めるんだ、といったような戸惑った表情が見える。予定外のことらしい。


「この地域出身者は誰に虫が入っているかわからん。人からうつされる、アケビを食って虫が入る。これだけだったらいくらでも防ぎようがある。なのに自分たちでも把握できないのは親から子に受け継がれることもあるからだ」


 その内容に全員驚愕の表情を浮かべた。香本たちは知らなかった情報を知ったことでだが、地域住民は何故そんな重要なことをばらすのかという驚きのようだ。いや、よく聞けばそうだったのかというような声もちらほら聞こえる。知っている者と知らない者がいたようだ。

 もちろん近くにいた者が食ってかかるが護身術を身に付けている警察の東雲にかなうはずもない。あっという間に止めに入ろうとした者まで地面に叩き伏せてしまう。


「ぶっちゃけるとなあ、杜舎の連中もどのアケビに虫がいるかなんざ知らねえんだよ」

「え!?」


 驚いたのは住民たちだ。一気に動揺が広がる。長年いつ虫のアケビを食わされるかとビクビク怯えて生きてきた。それなのにそれを知らないという、我に返った者たちが怒りの表情に変えていく。


「正確には一部の奴を除いて、だ。俺の調べじゃ知ってるのは四人。近藤、柿塚、木嶋、桂馬。そしてこの四人はコソコソ何か大掛かりな計画のもとに動いている。おそらく本当に虫が入ったアケビは数が少ない、何らかの基準で選んだ奴にだけ虫を入れていたみたいだな」


 四人の苗字が出た途端住民たちがあいつらか、という反応した。住民たちの中でもどうやら有名らしい。状況を考えればいい意味での有名ではない、おそらく頭がイカレている方で有名なのだろう。


「他の杜舎の連中は宗教と一緒だ。神の実と言われるアケビを崇拝している何の力もない人間。そんな奴が好き勝手するのはハラワタ煮えくり返るぐらいにムカついてたんでね。こうして長年探りを入れてきたわけだ」



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