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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、夜
24/37

3 宿主

「今のところは周りに誰かいる感じがしないからちょっと長くなるかもしれないけど、順番に話していい?」

「頼む」


 坂本の言葉に茜は頷くとこんなことを話した。


 父親が研究していたのは地域に伝わる独特な風習についてだが、ある時を境に一つの研究に集中するようになった。それが何なのかと聞いても父はなかなか教えてくれなかったが、茜が中学三年生の時に両親が離婚したという。研究に没頭する夫に愛想を尽かして母親は他に男を作って出て行ったのだそうだ。

 研究職というのはそこまで給料が良いわけではない、貧しいながらも茜は懸命に勉強し父に何か手伝えることはないかという話をしたことをきっかけに研究内容を教えてもらったと言う。


「お父さんの研究そこまで細かく教えてもらってなかったから、今回ここに結びつけるのにちょっと時間がかかったんだけど。疑問を感じても否定とかしないでとりあえず一回聞いてね。お父さんはこの世でまだ発見されてない未知の生き物がいるっていう考えだった」


 それはまさに新種の生物と言っていい特徴を持ったものだった。大雑把にまとめると次のような特徴があると言う。


「生き物の体の中で生きる。こういうと寄生虫って思うかもしれないけど、お父さんの考えではその体内の何かに擬態しているんじゃないかって言ってた」

「具体的にはどういう?」

「お父さんの考えでは血管」

「……血管」


 その言葉に坂本は目を見開く。もしそうなら、いや、それ以外考えられない。


「それならいろんなことに説明がつく。そうか、頸動脈に擬態するんだ。だから他の虫が入ってきたらその場所に一直線に向かって、他の虫がいることでそこで縄張り争いが始まる」

「だから肌が裂けてあんなすごい死に方をしたのか」


 香本の推測に実際にその現場を見ている坂本も食いついてくる。擬態、という事は血管そのものの役割を担っている可能性も高い。血管そのものが暴れ出しもし相手を攻撃できるような手段を持っていたら。言ってしまえば血管が血管を傷つけるのだ。


「どんな生き物も、それこそ擬態して生き延びている生き物だって縄張り争いや天敵が来たら死ぬ気で戦う。どれだけ検査をして見つからないのも完璧に血管の一部となっているとしたらレントゲンやCTに映らないのは当たり前だ、血管として写っているのだから」


 まくし立てるように一気に香本が言うと、茜はそうだったんだ、とつぶやいた。


「さっきの人たちの首が破裂したっていう言葉で思いついたんだね、すごい。そっか、ここの人たち血管に擬態してるっていうことまでは突き止めてないんだ。虫が二匹体に入ると首が破裂するって思ってる」


 虫なのか病気なのか意見が分かれていると言っていた。おかしな死に方をするという事実だけを突き止めて原因がわかっていないようだった。それはそうだ、認識できていないのだから。頸動脈、もっとも重要な血管に擬態しているとなると問題も多い。


「でもそれなら、そんな大事な場所に虫がいるなら体から摘出するのなんて無理なんじゃ……いや、できるんだった」

「そう。どういう理屈かわからないけど性行為をした時は体を傷つけることなく相手に移動する」


 擬態していると言っても擬態はあくまで擬態なのだ。その生き物自体は自らの意思で擬態を解いて移動することができる。その場から移動しても問題ない何らかの手段を持っているという事か。


「お父さんが突き止めていたのは謎の生き物であること、大きな音に敏感である事。香本君大きい音で性格とか運動能力変わったでしょ? そういう研究データをお父さんも持ってたから」


 だから宿では人には聞こえない音を聞いた香本に何か考えこむ様子だったのか、と納得できた。あの時から香本に対してまさかという思いがあったのだろう。


「あと、神経伝達物質の分泌を促すことができるんじゃないかってさっき言ったでしょ。ドーパミンとかノルアドレナリン、興奮したり幸せを感じる作用がある神経物質なんだけどここに関わっているんじゃないかって。どうもこの伝承のある地域には何人かすごい身体能力を持ってた人がいたみたい」


 あくまでやる気を出したり気持ちを高ぶらせるだけの神経伝達物質ではあるが、それらがあるからこそ活動量が増えるなどの研究結果もあると言う。

 しかしその身体能力を持つ者は非常に数が少なく、茜の父親も資料で一人だけ見つけただけだと言っていた。


「そこからお父さん脳科学とかも調べ始めたんだけど、私が高校二年の時に事故で亡くなって。資料とかもあんまり手元になくて、私が調べられることって限られてたから。生活費とか奨学金もらうための学業も維持しなきゃいけなかったし」

「そうだったんだ。こう考えると、その生き物って凄いんだな。とりあえず今の情報を整理して、交渉にできそうな材料何か考えよう」


 梅沢と茜が相談し始める。三人で課題を取り組んでいた時梅沢は茜目的で来ていたといっても鋭い意見やひらめきは頼りになっていた。本来ならそこに香本も加わるのだが、二人の話を聞くだけで一切発言をしなかった。


「……声は聞こえないけど、少し周りを探ってくるよ」


 香本の提案にみんな一瞬驚いたようだが、先程のことを思い出し香本に託した。坂本以外は香本が異様に聴力がいいことを知っている。


「何かあったら困るから俺も一応行く」


 坂本が立ち上がり香本を促して二人は歩き始める。それを見送った梅沢と茜は少々複雑な心境だった。


「私何か余計なこと言っちゃったかな。あれ明らかに気分悪くしたんだよね」


 少し落ち込んだ様子の茜に梅沢は明るく言った。


「何か気がついたことがあるのかもしれない、それが言いづらい事だとしたらちょっと考えたいんじゃないかな。何かあれば言ってくれるだろうから俺たちは俺たちで何か対策考えてよう」

「うん」


 そんな二人の会話をしっかりと聞きながら香本は歩みを進める。そして二人から程良い距離に来たところで坂本が声をかけた。


「で、一体どうしたんだよ。あの二人から距離をとって」

「気がついてたんだ」

「不自然すぎんだろ」

「だよね」


 暗くて見えづらいが香本は笑ったようだった。


「ちょっと思っちゃったんだよね。さっきの茜さんの話で、神経伝達物質を促すだなんだって言ってたじゃん」

「ぶっ飛んだ話だったけど、まあな」

「寄生虫ってさ、宿主を自分の思い通りに動かすやつもいるんだよね」


 静かにそう言えば坂本は黙り込む。おそらく虫が体内にいる二人だ。先程の話も気軽にああそうなんだ、と聞いていられる心境ではなかった。


「南米の方だったかな、蟻に寄生する虫がいたと思うんだ。それは蟻の脳を操って水辺に行くんだって」

「……なんで?」

「蟻を水に入れて殺して他の生き物に食べてもらうためだよ。最終目的は動物の体内に入って移動して糞として排出される、そうやっていろんなところに行って子孫を増やしていく。同じ場所にずっといたら自然災害とかで全滅する可能性があるから。いや、違ったかな。首を切り落としてそこから成虫が出てくるんだったかな?」


 香本はふっと小さく笑う。楽しくて笑っているわけではないのは、十分わかっている。


「寄生虫は仲良く共存なんてしない、宿主は都合よく操られて終わる。都合がいい存在として生かされるだけだ。だいたい寄生される目的なんて共存のわけないじゃないか」

「……」

「細胞の一つ一つの中にミトコンドリアがいるって習っただろ」

「ああ……なんかそんなのあったな、ほとんど覚えてねえけど」

「簡単に言えば酸素を使ってエネルギーを作る。ミトコンドリアがないと生き物は生きることができない。でもこのミトコンドリア、そういう細胞組織じゃなくてそういう一つの生き物なんだ。別の生き物がいることで生き物は、人は生きている。生き物は自分の力では酸素をエネルギーにすることができないんだよ」


 寄生虫なんて気持ち悪いと、どの口が言えるだろう。擬態をして重要な体の一部になっているのなら無理矢理除去することはできない。気持ちで言えば冗談ではない、気色悪い、そう思っていてもどうすることもできない。


「もしも謎の生き物が、もう面倒だから虫でいいけど、虫が次々と他の人間に移ることで生きながらえているのだとしたら。僕たちは虫が居心地いいと思う宿主を提供するために女の子と性行為するってことになる。好きだから結ばれたいんじゃなくて、宿主として適していそうだからそういう気分にさせる脳内物質を促すとかね?」

「あー、わかったからもういい。これ以上ヘコむこと言うんじゃねえよ」


 弱った姿などを見せたことがない坂本がなんだか今にも泣きそうな声で言った。香本は軽く笑いながらごめん、と言う。


「お前それ、あの二人の前では言わねえの」

「……言って何か意味ある? あの二人に」


 わずかに顔を逸らしている為表情はわからないが、香本の声は今まで聞いたことがない位に冷え冷えとしたものだった。しかしそれは坂本も同じ心境だ。……虫が入っていない二人に、何がわかるというのか。


「あと、坂本には一応伝えておくよ。たぶんなんだけど、僕は他の虫の気配が分かるんだと思う」

「はあ? どういうことだよ?」

「あの旅館に泊まって朝から吐き気がするって何回か言ったと思うんだけど。あれ他の虫の気配を感じてるんだと思う。縄張り意識が強くて争いを始めるんだから、吐き気っていう形で感じ取っててもおかしくない」


 旅館で扉越しに吐き気を感じたことを話すと、坂本は少し驚いた様子でマジかと言ってくる。


「でも俺はそんなの全然わからねえし、それがわかるんだったらここの連中そんなにパニックになってねえんじゃねえのか?」

「もしかしたら他の虫の気配を感じることができるのって全員じゃないのかもしれない。例えばさっき言ってた伝達物質の話になるけど、そういう物質をより強く出すかどうか個体差があるとか。後は今思いついたけど虫に種類がいるとかってないかな」

「話ややこしくするよなお前は。でもまあ頭には入れとくわ、確かに考えてもいなかった」


 同じ東南アジア人でさえ日本人、中国人、様々な人種がいるのだ。虫に種類がいてもおかしくはない。あるいは、体の中で進化するのか。さすがにそれは口にしなかった。


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