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神使のアケビ  作者: aqri
宿の外へ
20/37

5 「✕✕」を最初に入れたのは誰

「部外者に重要事項をペラペラとまあ、これだから年寄りは嫌なんだよ」


 警察が人を殺した。その事実に梅沢たちはあれだけ人が死ぬ様を見てきたというのに驚愕に言葉を失う。地元の住民たちだけならまだいくらでも自分を納得させることができる。しかし警察という立場の人間が発砲までして目の前で人を殺した。それも、味方であるはずの地元住民を。


「お前らがやらなきゃいけない事はなんだ? 不幸自慢か、馬鹿じゃねえのか。外部に漏れないようにしてきたのにどうするつもりなんだよこれ」


 東雲の言う事に住人たちは黙り込む。殺された男に見向きをするものはいない。その様子に香本は最大限に警戒をする。

 知られてはいけないはずの秘密を話してしまった。それなら彼らがやる事は一つだ。


「これが外の連中に知られたら俺たちは終わりだ。全員頭がおかしいか変な病気を持ってるってことで警察病院に閉じ込められる決まってる。そしたら俺たちは一生虫を抱えたまま軟禁されてくたばるのを待つしかねえだろ」


 東雲の言葉がまるで司令塔のようにこの場を支配する。全員再び手に持っていた凶器を握り締めじりじりと香本達ににじり寄ってきた。東雲の銃を使えばすぐに片が付くのに彼はあくまで見ているだけ。住民たちにやらせようとしている。しかし香本が見た東雲の表情は真剣そのものだった。注意深く観察をされているような、そんな目だ。


「とりあえず虫が入ってんのが二人だ。なんとかしろや」


 坂本や梅沢たちが焦るが取り囲んでいた人たちが徐々に輪を縮めてくる。いつ飛び掛かってくるかわからない。そんな経験したこともない危機的状況だというのに茜だけは落ち着いていた。香本もどこかに突破口がないか探すのに夢中で茜が近づいていることに気づかなかった。肩に手を置かれなんだろうと思い振り返ろうとした時。


「わああああ!」


 茜が香本の耳元で思いっきり叫ぶ。その声は周囲の者たちが驚いて動きを止めてしまう位大声だった。

 その瞬間香本は茜を思いっきり突き飛ばした。その行動に坂本と相川は目を丸くする。


「……っセェな、クソが」


 香本がしゃべっているとは思えない位ドスの効いた声に相川がびくりと体を震わる。口数が少なくおとなしい雰囲気のイメージしかなかったので、まるで別人を見ているかのようだ。


「ひ、あああ!」


 緊張が極限状態になったらしい住民の男の一人が香本に向かって農具を振りかざす。しかし香本は余裕でそれをかわすとそのまま背中に蹴りを入れた。蹴られた男は勢いよく近くの木にぶつかり打ち所が悪かったのか悲鳴をあげながらその場でのた打ち始めた。

 それが号砲となった。うわああ、と叫びながら住民たちが襲い掛かる。しかし香本はその人たちを避けたり反撃したり次々と地面に沈めていく。慌てる様子はない。呆然としてしまっている梅沢たちに茜が叫んだ。


「走って!」


 その言葉に全員が住民たちをすり抜けて一斉に逃げ出した。東雲が舌打ちをして銃を構えるが。


「があっ!?」


 悲鳴をあげて右手を抑えてうずくまる。見れば香本が余裕の表情で石をポンポンと自分の手の中で投げたり掴んだりしていた。石を投げつけられたのだとようやく理解する。東雲が動くよりも先に香本が一気に走りだし東雲の顎を蹴り上げた。地面に転がる東雲に向かって香本は笑いながらいう。


「偉そうにふんぞりかえっておきながら一撃でやられるとか、ダッセ」


 そして吹き飛ばされていた拳銃を手にするとまるで使い慣れているかのように手の中でくるくると回す。


「危ないからこれは預かっとくわ。公務執行妨害にならないようにとどめを刺しておかねえとな」


 セーフティを外して銃口を東雲に向ける。東雲は今までの余裕の態度など見せず忌々しそうに香本を睨みつけた。


「そうか、テメェか。テメェがシンシだったのか!」

「はあ? ちょっと何言ってるかわかりませんねオマワリさん」


 嫌味ったらしく笑い飛ばしながらトリガーにかけた指に力を込めようとした時。


「やめろ香本! 早く来い!」


 遠くから梅沢の叫び声が聞こえる。その声をひどく冷めた顔で聞いていた香本はため息をついた。


「なんだよ、シラけるな」


 そしてそのまま梅沢達の方に向かって走り出す。東雲が周囲を見渡せばそこにいた住民たちは全員怪我をしたらしくうめきながら地面に転がっていた。

 十人以上をたった一人で瞬時に沈めた。あの身体能力は間違いない。



 全員のもとに追いついた香本だったが、坂本や相川は完全に警戒したような顔で香本を見ている。特にそれに対して何も言わず香本は大きく深呼吸をすると軽く自分の頬を叩いた。そして茜を見る。


「僕が聞くのも変だけど、怪我は?」

「大丈夫。正直そうなるかなってちょっと覚悟してたから」


 二人の会話に意味がわからない、といった様子の梅沢が言う。


「ちょっと待ってくれ、一体どういうことなんだ。茜ちゃん何をしたんだ」


 周囲を警戒すると追ってくる者もいない。十分に警戒しながら茜はやや早口でしゃべり始める。


「のんびりしている暇は無いから手短に話すね。私さっきの虫の話に心当たりがあった、もちろんこの場所がそういう風習だなんて知らなかったけど」

「どういうこと?」

「私の父親が学者だって梅沢君には話したことあると思うけど。お父さんはずっとその研究をしてた。でも存在証明がどうしてもできなかった、確かに普通の人とは違うのに。私はそれを引き継ぎたくて調べてた、まさかこんな形で巻き込まれるなんて」

「虫っていうのは、具体的になんなんだ」


 虫の正体を知りたい香本は核心を聞いた。いつ誰が来るかわからない以上、茜のいう通りダラダラしている暇はない。


「何かの生き物には間違いないみたい。香本君、さっき性格も変わったけど凄く強かったでしょ? あれも含めて、虫によってなんらかの分泌物が出て、ドーパミンが促進されてるんじゃないかってお父さんが」

「意味わかんねえよ、つまりどういうことなんだよ!」


 少しイラついた様子の坂本に、茜が何かいう前に梅沢がフォローする。


「要するにソレがいると無茶苦茶強くなるって事だよ、身体能力も何もかも」


 香本が大人数相手に立ち回れたのも、そしておそらく聴力が異様に良いのもそれだ。虫による副産物のようなものだろうな、と思う。蚕が糸を吐いて繭が作れるように。


 ――どちらかというと毒素型食中毒かな。


 赤魚を食べてヒスタミン中毒になったり、黄色ブドウ球菌やセレウス菌による食中毒は微生物が増殖の際生成する毒素が原因だ。それらと同じように虫がある一定条件の影響を受けると何らかの促進作用があるモノが分泌される。


「お父さんは虫っていう言い方をしていたけど、一般的な昆虫とか寄生虫とはちょっと違うんじゃないかなって思う。病だって言ってたあの人たちの言ってることも一理あるよ」


 人から人にうつる、目で確認することができない。確かに感染症の特徴でもある。


「そっちの話は終わったか」


 坂本の暗い声が辺に響く。先ほどまでは興奮していたが今は違う。不気味ささえ感じる。


「じゃあちょっと話の整理をしようか。あのクソ刑事が言ってた“虫は二匹”、一匹は香本だとしてだ。もう一匹は誰だよ? 俺か? さっきも言った通り俺は年増の婆なんて相手にしない。俺がやったのは」


 言いながらゆっくりと相川を振り返る。その顔は旅館の人間達と同じ全く表情のない暗い目をしていた。


「あ、え……」

「木村が死んだ日、多分ちょうど似たような時間だよな。半分寝てた俺を起こしてしたいって言ってきたの」

「やめてよ、こんな時に」

「恥ずかしいからやめてって意味か? おい、テメェ今それ本気で言ってんのか」


 今だかつて見たことがない位殺気立つ恋人の姿に相川は何も言えなくなってしまう。


「俺はお前から虫を移されたんじゃねえかって言ってんだけどな」

「そんなわけないでしょ!? 何言ってんの!」

「坂本、順番に説明してほしい。それだと矛盾があるってわかってて言ってるんだろう」


 香本の冷静な言葉に坂本はまるで人形のように無表情のまま、まっすぐ見つめてくる。


「旅館の人間がもともと虫まみれなんだったら、木村はとっくに虫が入ってた。だったら木村とやった女は虫が居るってことだろ。旅館の監視カメラ見れば木村の部屋から出入りしてる女の姿なんて一発でわかる。体型とか髪型とか守屋と愛美は似てるから、あのクソ刑事はどっちが木村とやったんだって聞いてきたんだろ」


 つまり、あの日の夜監視カメラには女性の出入りが映っていた。仲居が着ている着物ではなく客が着ている浴衣だったので目星をつけてどっちだと聞いてきたのだ。

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