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神使のアケビ  作者: aqri
宿の外へ
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4 「✕✕」は誰だ

「この辺には昔独特の病気があった、これは本当だ。それは虫と呼ばれる」

「昆虫の虫ということですか」

「違う。慣用句でもよく虫は用いられるだろう。腹の虫が鳴る、虫の居所が悪い、子供の癇癪なんかは癇の虫とも言う。それに合わせて虫という言い方をしているだけだ」


 一体どうやって病が感染するのか昔はよくわかっていなかった。ただ不老不死伝説にあやかってアケビや木の実などをよく食べよく眠ると体調が良くなると言われてきたそうだ。要するに栄養たっぷりとってきちんと休めば治る程度のものだった、と考えられるようになった。

 しかしそういう考えではないのが杜舎の者達だった。


「あいつらは頭がおかしい、今でも不老不死を信じてるし虫を崇めている。皆あそこ出身の連中を嫌っていたんだが、戦後にとんでもないことが起きだ」


 それまで謎の病気にかかっていた者は長年いなかった。しかし終戦後仕事も食べるものもないこの地域は貧困に苦しんだという。何とか野菜などを作り山に生っている木の実などを食べ食いつないでいた時だった。ある日一人の人間が血を撒き散らしながら死んだという。


「同じじゃねえか、木村や今朝死んだ奴と」


 地域住民の話を聞きながらこちらも落ち着いたらしい坂本がわずかに驚きながらそう言った。つまり同じことが半世紀以上前にあったということだ。


「またあの病が流行し始めたんだと思っていた。そしたら杜舎の奴らが言ったんだ、虫が喧嘩したって」

「喧嘩?」

「あいつらは人間の体の中に本当に虫がいると信じている。一人につき一匹虫が入り込むと、別の虫が入ってきたときに虫が縄張り争いをするんだそうだ。その結果体の中がめちゃくちゃにされて人間は死ぬ。あいつらはそう言ってた。誰も信じなかった」


 しかし彼らは資料を持っていた。そして実践してみせたという。

 虫が入っているという男と女。女を縛り上げ、男に大量の酒を飲ませて女を襲うようにたきつけた。男が女を犯したあと、突然男が苦しみ出し首や腹から血を撒き散らして死んだ。それを実際見ていた者は現在高齢だが存命中らしい。息子へ、孫へと語り継がれてきた。


「虫は性行為で相手に移る、そして移った先に他の虫がいた場合殺し合いをする……?」


 驚いた様子の茜の言葉に喋っていた男は吐き捨てるように言った。


「それを見せた杜舎の連中は笑っていたそうだ。お前たち空腹に耐えかねてアケビを食べただろうと」


 アケビ。ここで出てくるのか、と香本は緊張した。一体どんな秘密があるのか。


「アケビを食べることがその虫を体内に入れることだ、ってな!」


 その言葉に全員が顔色を変える。自分たちが旅館で出されたアケビを食べた。それはつまり。


「ちょっと待ってください。もし本当にそれが寄生されることなのだとしたら、除去する方法はいくらでもあるのでは」

「それができないんだよ! どういうわけかレントゲンにもCTにもつらない、血液検査をしようが人間ドッグを受けようが虫を見つけることができない! 何も映らないんだ!」


 怒りよりも嘆きに近い悲鳴のような声で叫ぶ男の代わりに、後ろにいた仲居の格好をした女性が静かに言った。


「どんな手段を使っても虫を確認することができないから、本当に寄生虫なのか、それとも病気なのか私たちの中でも意見が分かれてる。ただ一つ確かなのは、一体誰が感染していて誰が感染してないのかがわからない。地元の相手ではそういう行為は命に関わるからできないのよ」


 そう言われてようやく納得できた。なぜこの地域は観光を産業にしているのか。外部の人間に来て欲しいからだ、外の人間なら安心して身を委ねられる。


「引っ越せばいいじゃないか。こんなところで意味がわからない伝承に踊らされて派閥争いなんてしてないで」


 梅沢が少し震えたような声で言った。アケビを食べてしまったことを思い出したのだろう。


「どういうわけかわからないけど。この地域を離れて遠くに行くことができないのよ」

「どういう意味だよ?」

「定期的にアケビを食べないと、食べなきゃいけないっていう恐怖観念が出てくる。この地を離れると不安で不安で仕方ない。アケビを管理してるのは杜舎の連中。普通のアケビと特別なアケビ、虫のアケビ。私たちでは区別がつかない」


 つまりこの辺は杜舎の者が支配しているということになる。パワーバランスは彼らの方が上なのだ。それなら旅館で聞いた言い争っていた内容も納得できる。忌々しく思いながらも従うしかない、恨みつらみが募っているのだ。

 火事から逃げるとき仲居の一人はどうせ逃げられないと諦めてように言っていたのはこういうことだったのだ。


「要するに客に自分たちの虫を擦り付けてきたってことかよ」


 坂本がわずかに怒りを込めてそう言うと、落ち着いてきていた住民たちが再び殺気立ってくる。まずいと思ったが坂本も似たような雰囲気だ。


「ふざけんなよ、てめえらの勝手な都合で寄生虫押し付けてきやがって。二人殺しておいて何勝手なこと言ってんだ!」

「何で死んだのか俺たちにはわからないんだよ! 最初に死んだ男は何回か来てたから注意して見てたが、二人目に死んだやつは何で死んだのかわからない! みんなの前で突然死んだっていうじゃないか!」


 確かに先程の話が本当だったら虫が人から人に移った直後に亡くなっていることになる。二人目の犠牲者である男は外に出ようとして連れ戻された後だ。もし仲居と性行為した後だとしてもかなり時間が経っている。


 ――東雲がやべ、って言ってたのはこのことだったのか。


 死ぬまでのタイムラグはどうであれ、虫が二匹入るとおかしな死に方をすることを知っていたのだ。

 つい考え込んでしまったが坂本と住民が男性の言い争いが続いている。梅沢が止めようとすれば坂本は梅沢にも食ってかかった。


「俺たちが今こんな目に遭ってんのこいつらのせいなんだぞ! 自分たちの手で殺人までしてきやがる!」

「それは俺たちじゃねえ、杜舎だ!」

「どっちも同じだ! 自分たちのやってること頭おかしいと思ってない時点でイカレてるっていうのは変わらないだろうが!」


 坂本の叫びに彼らの中にもわずかに動揺が走る。頭ではわかっているのだ、こんな事は許されることではないと。しかし意見が分かれていると言っても体の中に虫がいるという考えはおそらく誰もが持っているものだ。

 早くなんとかしたい、たとえどんな手段を使っても。

 すると仲居の一人が坂本に向かってこんなことを叫ぶ。


「こいつ虫が入ってるんじゃないの!?」


 そのことに住民たちは一気に殺気立った。


「何言ってんだ、俺はここの連中と誰ともヤってねえよ! 誰が婆どもなんて相手にするか!」


 年齢のことを言われて仲居たちは怒りをあらわにする。三十代から四十代が多い、おそらく処女だろう。慎重に相手を選ばなければいけないので性行為をしていない女が多いのだ。


「だが、文献とあいつらが言っていた特徴には当てはまる。おとなしかったと思ったら突然激昂する、それも人が変わったようにだ!」


 その言葉に香本とはわずかに目を見開いた。隣で息を飲みそっと自分を見つめる梅沢にも何となく気がついた。


 ――そうか。そうだったんだ。ああ、なるほどね。


 スッと、心が冷たくなったのを感じた。そうだ、自分も。


「だったら香本、テメェもだろ!」


 坂本の叫びに物思いにふけっていた頭が切り替わる。


「見たんだからな、今朝! テメェの二重人格みてえなあの変りっぷり、虫だろうが! 誰とやったんだよ!?」


 その言葉に、全員一斉に香本を見る。嫌な気分はない。まあそう思うよな、とどこか他人事のように感じていた。あの時坂本も降りてきていたのか、とそんなことを考える。そういえば人の死に方を説明されていた時今朝の奴と同じじゃないか、と言っていた。実際見ていないとそういう言い方はできない。


「やめろ、香本は違う!」


 梅沢が香本の前に立つ。


「子供の頃からだって言ってた! そんな頃にそんなことできるわけないだろ!」

「子供の頃?」


 茜が目を見開いて聞いてきた。


「ほ、本当なの?」


 相川が震えながら聞いてくる。信じてもらえるかな、と思いながら本当だよ、と言った。


「幼稚園の頃から。癇癪持ちの子供なんだって思われてたけど、どうやら違うなって気がついたのは小学校上がってからだけど」


 ざわざわと動揺が走る。彼らも今混乱中なのだ。しっかりと管理していたはずなのに予想外に、いや想像もしていない人物が死んだ。それなのに性行為をしていない幼い頃から虫を持っているのではないかという人物まで現れた。

 虫の秘密を守るために旅館に泊まっていた客を閉じ込め無理矢理出ようとしたものは口封じを行ったようだが、もう何が何だかわからない。ギリギリの精神状態だったのか一体どうなっているんだと怒ったり、泣いたり、様々な反応がそこら中から上がる。


 パン、と乾いた音がした。え、と思っていると言い争いをしてきた男が血だらけで倒れる。慌てて周囲を見れば、そこにいたのは銃を持った東雲だった。


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