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神使のアケビ  作者: aqri
宿の外へ
16/37

1 山か、町か

 旅館の者は消化活動に必死になっており客を止める者は頭数が足りていない。一応客に外に出るなと叫ぶ者はいても当たり前だが聞く耳を持つ者などいなかった。

 どうやら正面玄関は客が逃げないようにあらかじめ鍵がかけられていたようで、開かないとパニックになっている人がいた。一部の冷静な者達は非常口に走ったりガラスでできている玄関の扉を椅子で叩き割る者が出てきている。

 あの手この手で徐々に脱出する者が現れ蜘蛛の子を散らすように逃げていた。火事から逃げたいという気持ちよりもこの旅館から脱出したいという者が多いように思えた。皆一階で亡くなった人や外の撲殺される風景を見ていたのだろう。


 多くの人が入り乱れた結果香本は梅沢達とはぐれてしまった。できればもっと注意深く探したかったのだが、火災報知器の音とパニックで叫ぶ人達の音があまりにもうるさかった。まずいと思ったので本能的に音から遠ざかるため一人あまり人のいない方に飛び出していた。

 振り返ると旅館からは黒煙が上がっている。一体なぜこのタイミングで火事が起きたのだろうか。


 遠くの方で悲鳴が聞こえた。おそらく普通では聞こえなかったのだろうが香本の聴力ではとらえることができた。

 意識を集中して耳を済ませる。東雲の声は聞こえないが、どうやら逃げた客に誰かが襲いかかっているようだ。


 ――この感じ、杜舎か。


 いやだ、こっちに来るな、お前ら頭がおかしい。そんな声が聞こえてくる、おそらく一方的に客が攻撃を受けているようだ。そんな遠くにまで旅館の人間がいるとは思えない。声が聞こえる方は旅館に行くための一本道だ。道の向こうには土産物屋と商店街のようなものが広がっていたはずだ。そうなるとおそらく地元の住民、土産物屋の人間かもしれない。本当にこの地域一帯が狂っている。


 人のいる方はだめだ、助けどころか全員敵だ。それなら逆方向、山の方に逃げるしかないがそちらに逃げたらそれはそれで助かる確率が低い。

 息をひそめ隠れながら弱くなってしまった回線に祈るような気持ちで地図アプリを開く。何度か落ちてしまったがほんの数秒を開くことができた。確かに山はあるが、そのすぐ近くに別の地区がある。この地区がここの連中と同じような者たちでないことを願うばかりだ、そちらに助けを求めるしかない。詳しい場所を見ようとしたがまたすぐに回線が切れてしまった。


 今更だがこの回線の悪さ、おそらく誰かがあえて行っている工作だ。このタイミングで回線が悪くなるなど、ついてないなと思うほど能天気ではない。

 久保田達はほぼ同時に走り出していたからあの三人は一緒にいるはずだ。坂本達と合流できたかどうかはわからないが、少なくとも坂本と相川は二人一緒にいるはず。一人きりになってしまったのは香本一人。


 ――落ち着け、パニックになる方が自分の身を危険にする。


 何度か深呼吸をして、今後どうするかを考える。地域住民がうじゃうじゃいる土産物屋が多い通りを隠れながら行くか、地の利はなくても別の地区に助けを求めるか。

 この二択なら後者の方が非常に分が悪いのだが、大勢の人間が土産物屋の方に走っていったことを考えると誰か一人ぐらいはこちらのルートで行っておいた方が良いのかもしれないと思った。


 ――知らない野山に行くとか野垂れ死ぬ可能性、大きいけどな。見つかったら袋叩きなんてもんじゃないだろうし。


 半ばやけくそになりながら意を決して山の方へと走る。



 一体どのぐらい走ったのか。上に登ってしまってはいつまでもたどり着くことができない。なるべく降りながら、道路がないか探して歩く。

 山といっても登山をするような高い山ではない。田舎にありがちな山菜でも取りに来れそうな緩やかな傾斜の山である。必ず車が移動できるように道路があるはずだ。道路が近ければその周辺の木や草は刈り入れがされているはず。植物がきれいに整っていたら道が近いと言う証拠だ。

 こんなところでは当然アプリなど使えない。地図を見た時の方角と今太陽が出ている方角から東西南北を把握し自力で辿り着くしかない。咄嗟だったとはいえ荷物をまとめていたので水を持って来られたのは大きかった。いつ水や食料が手に入るか分からないので一口だけ水を飲む。


 耳をすませてみれば人の話し声などは一切聞こえない。どうやらこちらに逃げてきた者はいないようだ。あちらに逃げた人たちには悪いが今がチャンスかもしれない。

 道なき道を歩いている時遠くから人の声が聞こえた。周囲を警戒しながら耳をすませてその声を聞く。どうやら地元住民のようだ、その話の内容を聞いて香本はわずかに顔を顰める。


 ――こっちに逃げた人が数人いる。捜索範囲を山に切り替えよう、か。まずいな。


 住民に襲われているのを目の当たりにして逆方向に逃げた人間がずいぶんいるようだ。考えてみればそれは当然のこと。ただやはり地の利は住民達にある。客のふりをした地域の人間に注意しなくては。

 遠くからガサガサと歩く音が近寄ってくるのが聞こえた。隠れながら歩いている者の様子を伺う。


「梅沢?」

 声を出して近づいた。歩いていたのは梅沢だった。しかも腕に怪我をしている。声に一瞬びっくりしたようだがすぐに香本の声だと気づき梅沢は今にも泣きそうな顔で笑った。


「香本、よかった、会えてよかった」


 その場に座り込んでしまった梅沢に慌ててかけ寄る。


「大丈夫か、どんな怪我なんだ」

「ナイフみたいなので切られただけだよ、大丈夫そんなに深くない。それより先生や茜ちゃんとはぐれちゃって」


 聞けば坂本達とは結局合流できなかったそうだ。久保田の機転で非常口から逃げることには成功したが地域住民と思われる者達に襲われたという。久保田が茜を庇い、梅沢に逆方向に逃げろと叫んだ。完全に分断されてしまったので一人こちらに逃げてきたと言う。


「俺、格好悪いよな。茜ちゃんも守れないし、一人だけ逃げてきて」

「逃げる時っていうのはまず自分が助かることを第一に考えるのが一番正しいよ。誰かを守ったり助けたりっていうのは咄嗟にできればそれこそ漫画みたいにかっこいいけど、現実は自分のことさえ守れないこともあるんだ。茜さんには久保田先生がいるから大丈夫」


 傷の手当てをしながら冷静にそう言う香本に梅沢小さく礼を言った。


「とりあえずこっちに人が逃げてきたのはもうバレてるみたいだから。安全な場所を探そう」

「わかった」


 しばらく歩いて周囲からあまりよく見えないなだらかな斜面に腰を下ろした。お互い持ち物を確認するが食べ物は水と饅頭、他の持ち物は財布などの貴重品と電波の通じないスマートフォンのみ。

 別の地域を目指して歩こうという情報を共有し、思いきり走ってきたので少しだけ体力の回復をするためにしばし休む。香本の耳がいいので誰かが近づいてくればわかるはずだ。


「なんでこんなことになっちゃったんだろうなあ」


 呆然とした様子で梅沢がつぶやく。誰かが悪かったわけではない、木村に至っては命を落としている。


「僕から言えるのはものすごく運が悪かったとしか」

「だよなぁ。絶対お祓い行っておくべきだったよ俺ら」


 行き場のない虚しさが苦笑いとなって現れる。とにかく今は体を休めて助けを求めに行くしかない。大勢の人が町に向かって行ったが一人でも捕まらずに逃げていることを願うばかりだ。

 会話が途切れ沈黙に耐えられなかったのか梅沢がそわそわした様子でこんなことを言った。


「茜ちゃんってさ、香本のことが好きなんだと思ってた」

「なんで?」


 香本自身はそんなふうに思った事は無い。客観的に見ても自分にアプローチをしている様子などなかったと思う。


「だって課題の取り組みめちゃくちゃガチだったじゃん。香本が真面目に取り組んでいるからだと思ってたんだけど」

「それは勘違いだと思うよ。僕から見たら本当に熱心に研究してるように思えたけど。ただ昨日からの様子を見るに、久保田先生に評価をしてほしいのかなって感じがする」

「え、そうだった?」

「久保田先生が一人になった時ひどく取り乱していたし。それに木村先生と久保田先生の性格や課題の取り組み方について考えても、どっちかっていうとこういう研究は久保田先生の方が得意だったんじゃないかな。言い方悪いけど木村先生はおいしいところだけ掻っ攫って僕らに見せていただけで。何か質問してもなんとなくのらくらかわしているようだったし。久保田先生の方が具体的にいろいろ答えてくれただろう」


 言われてみれば確かにそうだ。今までわからないことを木村に聞いても最終的には自分たちで調べてみなさいで締めくくられていた。飲み会ばかり開催していたが研究の話になった事は少ない。

 もちろん課題に取り組んでいるとあれやこれやと口を出してくるが、香本から言わせればただの揚げ足取りというか、具体性がまるでなかった。冷やかしかなとさえ思ったほどだ。

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