6 火事
三人は今後どうするかを改めて話し合い始める。杜舎は危険だが見分ける方法がない、区別などせずとにかくこの地域一帯の人間は敵だと思った方が良いのではないかなど話し合っているが香本はその会話に参加しなかった。一人考え続ける、それは東雲が言っていたあの言葉。
アケビは食べたか。
なぜ聞いてきた。何か重要な手がかりがあると思っていたが、派閥など新たな情報を混ぜて考えると別の疑問が湧いてくる。食べていて欲しかったのだろうか、それとも食べない方が正解だったのだろうか。杜舎の者はアケビを食べていて欲しかったのではないかと思う。
では萱場派はどうなのだろう。食べていないからこそ何か次の一手を考えていたのではないだろうか。面と向かって争っているわけでは無いにしても、この二つの派閥は明らかに対立している。
東雲が旅館の人間に話しかけていたのも同じ派閥の者に話しかけていた可能性は十分ある。もしそうならアケビを取り扱い管理しているのは杜舎派ではないだろうか。だから東雲は誰がアケビを食べたか詳しく把握できていない。どうやら食べていないようだというのを萱場派の誰かがこっそり見ていて東雲に報告していたとしたら、あれは最終確認だったのかもしれない。
ただの伝承ではなく、アケビはかなり重要なアイテムだということが推測できる。できれば一体何なのかを直接聞いてみたいが、それができないとなるとどうやって調べようか。
ジリリリリ、と辺りに警報のような音が鳴った。これは火災報知器だ。驚いて思わず廊下に出ると他の客も同じように何事だと廊下に出ている。仲居たちは部屋に戻るように言うがそんなこと言ってる場合かと客たちは興奮状態になっている。それもそのはず、すでに煙が上がってきているのだ。
「やだ、本当に火事じゃない!」
客の誰かが叫ぶと一斉に皆階段やエレベータの方に走る。こんな時だと言うのにそれでも仲居たちは部屋に戻れと客を捕まえようとしている。何なのだ、あの執念は。
「いい加減にしろよ、そんなに丸焦げになって死にたいんだったらお前たちだけで死ねよ!」
すぐ近くで坂本の叫び声が聞こえる。四人は顔を見合わせてからその声の方に走ると、どうやら階段を使って逃げようとしていた坂本たちをスタッフが腕を掴んで止めていたようだ。
坂本は思いっきり腕を掴んでいた仲居を突き飛ばした。男性の力には敵わず仲居は飛ばされた勢いで倒れ込んでしまう。それに見向きもせず坂本と相川は階段を降りて逃げていた。
久保田たちは一瞬迷ったようだが同じように仲居の脇をすり抜けて階段を降りていく。香本は突き飛ばされた仲居をじっくり観察した。小さく毒付いているその姿はおそらく杜舎ではない。だが、少しまた気分が悪くなる。
「大丈夫ですか」
一応立ち上がるまでは手を貸した。仲居はバツが悪そうな顔をしているが一応小さくありがとうと礼を言った。
「あなた方が何をそんなに必死になっているのかは知りませんが。今は逃げるべき時ですよ、古い建物だ、あっという間に火が回ります」
「……同じことよ、逃げようが逃げまいが」
「え?」
「私たちはここから出られないんだから」
話している間にも焦げ臭い匂いがどんどん強くなる。香本は、僕はこのまま逃げますからと言って仲居を置いて階段を降りた。
先程の言葉、おそらく旅館から出られないという意味ではない。この地から離れることができないという意味合いに思えた。