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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、午後
14/37

5 閉鎖された旅館

 いつでも逃げ出せるように準備をしておこうと全員で荷物の整理をした。ここは守屋の部屋なので他のメンバーが自分の荷物を取りに戻ることができない。幸い貴重品は持っているし、飲みかけの飲み物なども置いてある。ペットボトルがあるのは大きい、部屋の蛇口から水を入れておくことができる。何より守屋が土産の菓子を買っていたことは助かった。


「お饅頭しかないけど、本当に食事が出されなかったときのことを考えてこれはみんなで分けよう」


 饅頭は十二個入り。坂本たちの分を考えても一人二個はもらえる。今いるメンバーは分け合って坂本たちには後で合流したときに渡そうと守屋のカバンの中に入れた。大きな荷物は邪魔になる、持ち歩き用のハンドバッグだけにした。


「思い込みは良くないにしても、一応おかしな病があるという推測でこっちも対策を何か考えておきましょう」


 守屋の言葉に全員うなずいた。部屋に置いてあったメモ用紙を広げ時系列に情報を整理した。


「まず木村先生が昨日の夜から明け方にかけて亡くなった。殺されたと思っていたけど下で亡くなった人と同じだとしたら勝手に体が裂けて出血多量で亡くなったことになる」

「犯人はいないっていうことかな?」


 守屋の疑問に香本は小さく首を振った。


「殺害した犯人はいなくても、誰かはいたと思うよ。東雲って人が女の子に限ってアリバイを聞いてきたし監視カメラに映っていたんだろう。それに、実はエレベーターのボタンに血がついてた」


 あれは血がついた指でボタンを押したということだ。あんな目立つところにあれば仲居などはすぐに気づく。どうせ警察が調べればすぐにわかるだろうと警察には言わなかった。


「名乗り出なかったのは一緒にいるところを知られるとまずいから。別に相川さんや守屋さんじゃなくても他のお客さんだって十分に考えられる」

「だな。この状況考えればむしろ旅館の奴らが木村先生に何かやったっていう方が自然だ」


 その後は警察が来て一悶着あったが先ほど一階の玄関ホールで中年の男性が亡くなった。大勢目撃者もいるが誰かが何かをしたわけではない。突然苦しみ出し血を溢れさせながら死んだ。


「先生、吐血や喀血のように血を吐き出す以外で肌が裂けて血が出る病ってありますか?」


 梅沢の問いかけに久保田は少し考え込んだが、いや、と否定する。


「私もそこまで病に詳しいわけでは無いからもしかしたらあるのかもしれないが。私が知っている限りでは心当たりは無い。血が固まりにくいとかそういうのは聞いたことがあるが、肌が裂けて血が噴き出るというのはわからないな」


 凄惨な亡くなり方をして客はこの旅館から出るなという対応をされている。ただし感染病のような感染症対策などをしている様子はなくあくまでこの敷地から出るな、勝手な行動するなといった感じだ。空気感染などでは無いようだ。特定の条件を満たしたときだけなのか。


 そこまで話していた時廊下から言い争うような声が聞こえた。警戒しながらドアに近づき話している内容に聞き耳を立てる。てっきり外に出ようとした客と旅館の人間とのいざこざかと思ったが、旅館の人間同士の言い争いだとわかり、香本は全員に手招きをした。

 ドアを挟んでいるということもあって詳細な会話を聞き取ることができないが、女性同士の言い争いのようだ。

 しばらくは喧嘩のような声が続いていたが急に静かになりバタバタとどこかに走り去っていく音が聞こえた。他の者が来たのか、様子を窺う為に客が扉を開けて顔を出したのか。


「今の会話聞き取れた?」


 梅沢が全員に聞くと、まず久保田は首を振った。


「大分早口でまくし立てていたから正直あまり聞こえなかった。君たちはどうだ」

「実は俺もほとんど。なんとなく何余計なことしてるんだ、みたいなニュアンスだと思いますけど」

「私も似たようなものです。片方は食ってかかってるけど、もう片方はどこ吹く風って言う感じでまるで気にしてないっていうか。でも話の内容までは」


 全員困ったように言っていたが香本だけは違った。


「僕は聞こえました」

「え、マジ?」


 全員驚いたように香本を見る。扉越しの会話だったので声がくぐもっていて正直聞き取るのは難しかったはずだ。


「まず言い争っていたのは三人です」

「三人もいた? 聞こえた声二つしかないから二人かと思ったけど」

「主に言い争っていたのは二人。三人目は二回しかしゃべってない。わかりやすいようにABCで振り分けるけどまず食ってかかっていたのがA、こんなことをして何を考えているんだとBに言っていた。Bは全然気にした様子なく、何も問題ないってあっさり言い返してた」


 人を殺しておいて何も問題ない。一体何を言っているんだという感じだ。仲居の中にもそう考える者がいるというのは情報として新しい、全員おかしいのかと思っていたからだ。


「Aがまだまともなのかなって思ってたんだけど、こう言ったんだよね。あんな見える形で処理したら泊ってる客全員をどうにかしないといけないだろって」


 その言葉に全員が言葉を失った。なんて酷い事をしているんだという話ではない、何であんな派手なやり方をしたんだという手段について責めていたのだ。つまりどうあがいても自分たちは生きて帰れない可能性が高い。


「そんな、そんなこと」


 怯えた様子で震え始める守屋に梅沢は大丈夫だからと励ます。久保田がその他には何かないかと続きを促した。


「Aが、Bの態度にキレたらしくて。これだからモリヤは嫌なんだ頭がおかしい、って吐き捨ててた」

「え?」


 突然自分の名前を呼ばれたと思った守屋は不思議そうに言うが、多分守屋さんのことじゃないよと香本が付け加える。


「他の仲居さん達の会話でもこの単語一回出てきたんだよね。多分地名、杜舎っていう所出身の人をまとめて杜舎って呼んでるみたいだ。そしたらずっと黙ってたCが言ったんだ、そんなふざけたことを言っていいのかって。そしたら急にAが黙り込んだ。雰囲気で言うとBと Cは妙に落ち着いてるっていうか、ちょっと怖い感じだった。普通じゃない」

「つまり旅館の人間、いや、この地域の人間はなんらかの派閥があるということだな。共通の認識はあるがそれに対する考え方が違う」


 久保田の推測に梅沢も守屋もそういうことかと納得したようだった。


「モリヤと呼ばれる……」

「ごめん話を遮るけど。ちょっと紛らわしい」


 香本の言葉を申し訳なさそうに守屋が止めた。言われてみれば確かに、その単語だけ言ったらどちらを示しているのか分かりづらい。


「私のことを名前で呼んでくれる? それだったらわかりやすいでしょ」


 守屋の提案に梅沢はようやく表情を明るくした。


「そうしよう。じゃあ今後は茜ちゃんって呼ぶよ」

「先生も香本君もそれでお願い」

「わかった。改めてさっきの事だけど。杜舎って呼ばれる人たちの方はなんだか優位に立っているようだった。食ってかかられているのにまるで気にしていないのと、自分たちにそんなことを言ってどうなるかわかっているのかみたいなニュアンスの言葉にAは黙り込んだからね。もしかしたら怯えたのかもしれない」


 相手は二人、口先だけで勝てる相手ではなかったのだろう。それなのに食ってかかることができるという事は、力関係は微妙なのかもしれない。


「そうだ、旅館の人たちの会話でもう一つ。アケビについての会話でやっぱり杜舎って言葉が出てきた」


 香本はアケビについて話していた仲居たちの会話を詳しく説明した。その話を久保田は興味深そうに聞いている。


「つまり不老不死伝説を信じアケビをひどく大切にしている者が杜舎ということだね。それ以外の派閥について情報がまだ少ないが」

「要するにやばいサイコ野郎どもが杜舎ってことですよね。あ、ごめん」


 梅沢が茜に謝罪した。区別はしているがやはり音で聞くといい気分はしないだろうと思ったようだ。


「まあ正直ちょっと微妙だったけど、いいよ。今後も名前で呼んでくれれば」

「そうさせてもらうよ」


 どこか嬉しそうに言う梅沢を見て、香本はなんとなく梅沢の気持ちを察した。そこまで真剣に風習や民話など研究し尽くしているというわけではなさそうな梅沢が、なぜこの三人で課題に取り組む時に律儀に来ていたのか。茜に会いに来ていたということだ。


「旅館の人間だけでなくこの地域一帯の話なのであれば、東雲というあの警察もどちらかの派閥ということになりますね」

「どう考えても杜舎派じゃない?」


 心底嫌そうな顔しながら茜が言った。確かにあの強引なやり方はそう言われればそうなのかもしれないが。香本は直感では違うだろうなと思う。なぜなら杜舎の人間は何を考えているのかわからない心底不気味な雰囲気だったのだ。あの絵を熱心に話していた男も、先ほど言い争いをしていた人たちも。本心を悟らせない、まるで暗い森の中に迷い込んでしまったような、そんな雰囲気。

 東雲はやり方が荒々しいがその雰囲気は無い。どちらかと言うと杜舎以外の派閥と言われた方が納得できる。素直にそう言うと茜はそうかなあと首をかしげていたが久保田は同意してくれた。


「もう一つの派閥名前がないのちょっと不便ですね」

「仕方ないから、萱場派で良いのではないかな。その方がわかりやすい」


 香本と久保田の会話に梅沢たちは感心したように見つめている。どうしたのかと聞けばすごいなと思ったようだ。


「なんだか刑事物や探偵のドラマ見てるみたいで。俺は何も思い浮かばないけど、二人とも冷静に物事を考えているのが素直にすごいなって思って」

「僕は見聞きした情報が多かったからね」

「そういえば、さっきの会話よく聞こえたな?」

「昔から耳は良い方なんだ」


 梅沢は香本の怒りの症状を知っているのでなるほどと相槌をうった。音に敏感なのだろうと考えたようだ。

 その考えは半分あっていて半分違う。確かに音に気をつけるようにはしている。しかし耳が良い事はそれとは全く関係ない。普通の人より聴力が良いのではないかと気づいたのは実は大学に入ってからだ。

 大学は中学や高校以上にいろいろな人が出入りをして自由に過ごしている。講義がある人とない人バラバラだし、外部の人間も自由に出入りできる。高校までは全員が一斉に授業受けて一斉に休み時間になるので気づかなかったが、自分の時間を好きに過ごせる大学に入ってから違和感に気づいた。


 なるべく人が集まる場所を避けると自然と図書館やカフェなど大声を出しにくい環境に足を運ぶことが多くなる。その時に集中すると、カフェでは客が何を注文しているのか、ざわざわとざわめく中でかかっているBGMは何なのか、図書館では図書館の外から聞こえる音なども聞いていた。

 図書館の司書に外の音うるさくないかと聞いてみたところ何も聞こえませんと返ってきてようやく聞こえているのは自分だけだと気づいたのだ。そうなるとカフェで聞こえる客の注文の声なども普通は聞こえないのではないかと思い至った。


「さっきみたいに集中すれば小さな音まで聞こえると思うから、会話は僕が聞くよ」

「そうしてくれると助かる、ありがとな」

「頼もしい限りだ、よろしく頼むよ」


 梅沢と久保田が声をかけるが茜だけは黙ったままだ。どうしたのかと聞けばはっとした様子でごめん何でもないと言った。悪い印象があったというわけでは無いようだが、今の言葉に何か考える要素があったようだ。


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