4 殺される客たち
「ここでこうしていても仕方ない、この後どうするのか、我々は帰ってもいいのか確認してこよう」
「お願いします」
守屋が久保田を見送り梅沢は再び外の様子を見た。
「とりあえず外に出てる奴はいないな。って事はやっぱりまだ出してもらえないのか」
香本の件で内容がすり変わってしまったが、重大な問題は一人亡くなったということだ。しかも警察は静かにさせるために発砲までした。客たちはもう警察や旅館の人間の指示には従わないだろう。
「あ。おいあれ」
外を見ていた梅沢が二人に手招きをして外を指差す。近寄って見てみると数人の客が旅館の人間を突き飛ばしたり振り切って無理矢理外に出ていた。窓を開けると激しく口論しているのがわかる。
「まあそうなるよな」
そのまま帰るんだろうかと見つめていると。
突然宿側の人間が客に対して棍棒のようなものを振りかざした。そして、ためらうことなく思いっきり棒で殴りつける。
「え?」
梅沢が思わず間の抜けた声を発した。守屋は目を見開き香本もその光景を見て固まる。
何度も何度も棒で頭を殴られ、殴られた客は動かなくなった。それを見ていた連れらしい者は悲鳴をあげる。しかし後ろから近寄ってきた仲居が同じく鈍器のようなものでその客の頭を殴りつける。
「ちょっと待ってくれよ、シャレにならないって、死んじまうだろそれ」
震える声で梅沢が言うがもちろん彼らに届く事は無い。動かなくなるまで殴りつけると、そのまま放置してスタッフたちは戻り始めた。
守屋はその場で尻餅をつく。ガタガタと震え、しかし目線はしっかりと外を見ている。殴られた人たちはピクリとも動かない。梅沢の電話が鳴った。その音にびくりと体を震わせ、慌てて電話を取る。着信相手は坂本だ。
「はい!? あ、うん、お前らも見たか今の!? なあ、かなりやばいだろ!」
どうやら坂本達も見ていたらしく、動揺して連絡してきたようだ。目の前で、公然で殺人が行われた、信じられないような光景に梅沢の顔色も悪い。
「かなりやばい、こっちの警察官もいないし合流した方がいいよ」
一旦電話を切り坂本たちがこっちに来るという話をしたがすぐにまた電話がかかってくる。
「スピーカーにできる?」
香本の提案でスピーカーにするとかなり切羽詰まった様子の坂本の声が電話から聞こえる。
『外に出ようとしたら旅館の奴らが部屋から出るなってすげえ勢いで怒鳴ってきた。突き飛ばされて部屋に押し込められたんだ』
「さっきの外の様子といい、完全に客としても見てないし容疑者の扱いでもない。何かを隠していて人間以下にしか見てないみたいだ」
香本が冷静にそう言うと坂本と相川はどうすればいいんだと焦っている。坂本たちの部屋は階が違う。こっそり部屋を抜け出して合流するのはかなり難しそうだ。
「久保田先生大丈夫かな」
香本が心配そうに言うと傍にいた守屋がオロオロと落ち着かない様子になる。
『どうするんだよ、どう――』
そこで電話が切れた。どうやら回線の状況が不安定のようだ。電話はやめた方がいいかもしれない、アプリの連絡にしようと梅沢が文章打つとしばらくしてから分かったと返事が来た。おそらく返事はすぐに打ったはずだ。返事が来るのにもこんなに時間がかかっている。
「もう隠そうともしてない、久保田先生が危ないよ。探しに行かないと」
焦りながら言う守屋は二人の反応を待たずに外に出ようとする。梅沢が慌てて止めた。
「茜ちゃんちょっと待って!」
「待てるわけないでしょ! 緊急事態なんだよ!?」
「探すに行くにしてももう少し慎重になってくれ、何をされるかわからな状態だ」
「でも!」
「闇雲に突っ走らないでくれって言ってるだけで助けに行かないと言ってない。見つからないように隠れていくとか、音を立てないように行くとか」
香本の冷静な説得にようやく合点がいったらしい守屋は小さくごめん、そうだよねと言った。正直旅館の者たちに見つからずに行動するのはかなり難しい。監視カメラがあるのだ。
「こそこそと何度も動き回るよりみんなで一斉に逃げ出すような行動した方がいいかもしれないね。何度も様子を窺ってると本当に扉の前に一人監視が置かれそうだ」
香本はそう言いながら久保田の連絡先にアプリでメッセージを送った。さっきの話で確認したいことがあるので部屋に戻れますか、という当たり障りない内容だ。外でこんなことがあったんです、など書いたら混乱するだろうし万が一旅館の者がそこにいて内容見られたら久保田の身が危ない。
回線の状況が悪いのでいつ届くかもわからないしすぐに見てもらえるとも限らないが、無事に戻ってきてほしいと願いながら返事を待つ。
そわそわと落ち着かない様子の守屋は心配そうに待ち続けていた。するとノックの音がした。びくりと体を震わせ、扉越しに香本が誰かと聞けば久保田だった。慌てて扉を開ける。
「先生、無事でしたか」
「無事?」
部屋に入れるとすぐに扉を閉めた。そして外を指差して状況説明する。血を流して倒れている人たちを見た久保田は目を見開いた
「信じられない。こんなことが許されるわけない」
「坂本達からの連絡でも旅館の人間の態度が急に高圧的になったと。部屋から無断で出たり言うことを聞かない場合はああなる可能性があります」
険しい顔をした久保田は全員を見渡すと作戦会議だ、と言った。
「一体どんな事情があるのか知らないが、警察や旅館の人間は何か切羽詰まっているようだな」
「切羽詰まる?」
「何もなければこんな強引な手段をとってこない。少なくとも二人目の犠牲者が出る前はごく普通の対応だったはずだ」
言われてみればそうだ。玄関で亡くなったあの男性、あれがあってから旅館の人間たちは豹変した。つまり。
「すごく乱暴な推察を言っていいですか」
香本の言葉に全員がうなずく。
「久保田先生がおっしゃっていたおかしな病が実はまだ残っていて。ここの地元の人たちはそれを隠している。何故か客が発症したので感染拡大を防ぐために出さないようにしているという事は?行き過ぎた例えですが殺してでも外に行かせないようにしているのではないでしょうか」
「そう言われると確かに。いやもうそれしかないんじゃないかって位この状況説明できないよな」
梅沢の言葉に青ざめた顔で守屋も頷いた。
「いずれにせよ今この状況が普通ではない。これ以上旅館の人間たちの拘束に従う必要はない。油断させて隙を見て逃げ出そう。ここではない警察に事の顛末を話せば外部から動いてくれるはずだ」
それまで勝手なことをしたり迂闊に行動しないようにと久保田はみんなに念を押した。全員頷き、今の内容を坂本たちにも共有する。逃げ出すタイミングはまだ考え中だが、土地勘がないので夜はやめてあえて明るい昼間がいいだろうということになった。その間に食事が出なかったり状況が命に関わるようなことになったら迷わず逃げ出そう、そう決めた。
いろいろなことがあったが時間で言えば昼の十二時にもなっていない。ダラダラと過ごしている時間は無い、今日中に逃げ出さなければ。
これ以上単独行動は絶対しないようにと話し合い、交代で外の様子など見張りを立てた。宿の人間は外をうろついている。どうやら見回りをしているようだ。殺されたと思われる二人は車に乗せられどこかに運ばれてしまった。
「今更だけど、本当に病気だったら旅館の人たちは今頃うつってるからやっぱり病気じゃないのかな」
走り去る車を見て香本がそう言うと久保田は腕を組んでどうだろうなと言った。
「抗体を持っていたとしたら病に強いのかもしれない。私も少し強引な解釈になるがこんな考え方はできないかな」
「なんですか?」
「不老不死になるというあの伝説。アケビはこの病気と何か密接な関係があるのではないだろうか。まさかアケビを食べて治ると言う事はないだろうが、この地方の人たちが産業にするぐらいにはアケビを大切にしている」
久保田の推測に守屋は真剣に耳を傾け、もしかして、と自分の考えを口にした。
「アケビを食べることがそもそも病にかからないためのものだとか? なってから食べるものではなく、なってしまう前に食べておくことでそれを防ぐことができる。そうすればこの地に病が残っていたとしても対策を打つことができる」
なかなかいい考えではあるが、そもそも本当にこのおかしな出来事は病かどうかというのが結論付けることができない。本当に病であれば今自分たちが行っている推察はかなりいい線いっていると思う。しかしもう少し現実的に考えて地域ぐるみで何らかの犯罪行為が行われていてそれを隠蔽しようとしているとしたら。いずれにせよここから逃げ出さなければ命の保証は無い。