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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、午後
12/37

3 不治の病の言い伝え

 香本の意見に信じられないと言うような表情で梅沢がやや強めに言うが、自分の声が大きくなってしまったと思ったのかはっとした様子で小さい声でごめんと言った。


「そのくらいの声の大きさだったら大丈夫だよ。さっきの男の人みたいに耳元に大声で怒鳴られたくらいの大きさになった時はダメなんだ」

「一般的にうるさいなと思う範囲ってことか、了解」


 話しているうちに守屋の部屋の近くまで来きた。この話をあの警察官の前でするわけにはいかない。もうこうなったら認識は共通だ。警察も旅館も人間も、この地域に住んでいる者は信用してはいけない。何かを知っていて何かを隠している。

 守屋の部屋に入れてもらうと警察官が通話を終え香本の方に向いた。


「人手が足りないから戻るようにと指示があったので離れます。今後彼女につくかどうかは私にはわかりかねますので一旦ここで失礼します」


 警察官はそれだけ言うと足早に部屋を出て行った。拍子抜けしたというのが正直な感想だ。通話をしているのを見て香本はてっきり自分に監視が来るのだと思っていた。あれだけの騒ぎを起こしたのだ、東雲には完全に喧嘩売る口調だった。適当に理由をつけて要注意人物として見張っていろと言われているかと思ったのだが。


「なんかよくわからないけど、一応今がチャンスかな」


 梅沢は手短に今あったことを守屋に話した。香本のあたりはやんわりと、堪忍袋の緒が切れたみたいだと当たり障りない内容で説明する。


「香本君でもそんなに怒ることあるんだね」

「ちょっと我慢できなかったっていうか。ああいうタイプ好きじゃないから」


 正直上手くごまかし切れた自信は半々といったところだ。守屋は妙に勘が鋭い時がある。


「もうみんなも考えてると思うけど、この地域の人なんか変だよな。絶対普通じゃない」


 部屋の中ではあるが少し声を潜めて梅沢が警戒したように言う。その言葉に久保田も頷いた。


「男性が亡くなった時周囲の様子を見たんだが、一般客は悲鳴をあげたり慌てていたようだがホテル側の人間は不自然なほどに冷静だった」

「具体的にはどのように?」

「多少驚いてはいるようだったが何と言うのかな、目の前で人が亡くなったことに対する驚きというよりは厄介なことになった、みたいな雰囲気だ。木村教授が亡くなった時と同じ、なんでこんなことになったんだというような」

「何故こんな凄惨な事件が起きたんだというよりも余計なことをしてくれたな、みたいな感じですよね。それは僕も感じました」


 人が一人亡くなった、それも殺人としか思えないような亡くなり方だったというのにホテル側の人間は「怖い」「早く解決してほしい」といった類の話は一切していない。面倒なことになった、という雰囲気がぴったりくる。二人目の犠牲者に至ってはあんな異様な死に方をしたのに混乱していないのはおかしい。


「ここの人たち一体何を知っていて何を隠してるんでしょう。人が目の前で死んでいるというのにおかしなくらいに慌てていない」


 香本の言葉に全員黙り込んだが久保田がふと何かに気づいたようにこう言った。


「こんな時になんだが、君たちに与えた課題を覚えているか」

「はい、不老不死の伝説ですよね」


 守屋が渡された資料をテーブルに広げる。どうやら一人になってもう一度課題の内容を読み直していたらしい。


「みんなに調べてほしくて教えていなかったが、私と木村教授はもっと深いところまで調べてある。その中でこんな話がある。不老不死伝説と対になるように、もう一つ伝説があるんだ」

「どんな伝説なんですか」


 突然食い気味で聞き始める守屋にほんの少し違和感を抱きながら香本は二人の会話を黙って聞いた。


「この辺には不治の病も昔あったという話だ。病状は突然苦しみだし亡くなってしまうという。私と木村教授の目論見では、まず風土病のようなものがあり当時は治療方法がなかった。それを神に縋ったりした結果不老不死の伝説が後からできたのではないかと考えていた」

「そんな伝説があったんですか」


 不老不死の伝説を聞いた時よりもなぜか目を輝かせて熱心に話を聞く守屋。その様子を梅沢は不思議そうに見て香本はじっと見つめる。

 下では異様な死に方をした人がいるというのに守屋は気にした様子もない、むしろ今風習や言い伝えの話のほうに夢中になっている。


「病の内容があまりにもざっくりしていたから気にしていなかったが。先程亡くなった人の様子を見る限りでは、少し特徴に重なるものがないかな」

「確かに突然苦しみ出して亡くなりましたね。これだけでは伝承に結びつけるのは少し弱いですが……でも、昔あった病なら、地元住民らしいここの人たちは知っていて当然かもってことですか。もし本当にそんな病があるのなら、この辺は立入禁止になっているだろうし色々と不可解な点が多い。でも、全く無関係だと切って捨てるにはちょっと気になりますね」

「絶対無関係じゃないと思う」


 守屋が今まで見たことがない位少し興奮した様子だ。


「その推論だったらある程度の事は説明つくよ。警察も旅館の人もおかしなことが起きているのに落ち着いてるのはこうなることが予測できていた、ううん、いつ起きてもおかしくないっていう認識だとしたら。警察のあのやる気のなさすぎる取り調べのやり方とかは、概要を知ってるかやっても無駄だって思ってるのか。って事は最初から私たちを犯人だと思ってないのかもしれない。むしろ適当に犯人を作り上げて片付けようとしてるのかも」


 まくし立てるように一気にしゃべり尽くす。その様子に久保田が「少し落ち着きなさい」と言うと我に返ったのかようやく言葉を止めた。


「君が疑われてその疑いが晴れたから気持ちが高ぶるのかもしれないが、今はその考えを結びつけるのは少々強引だ。ジグソーパズルで言うところのまだ数ピースしか揃ってない。間の何かがごっそり抜けているかもしれないのを手持ちのピースだけを無理矢理つなげるような事はしてはいけない」

「はい、すみません」


 しゅんとした様子で謝るが、今までのような落ち込んだ様子は見られない。あの警察官が離れたと言うのも大きいのかもしれない。四六時中監視されなければいけないのかと気を張っていたのだろう。


 ――本当にそうなんだろうか。


 香本は少し疑問に思っていた。先程の守屋の態度、自分が解放された喜びで食いついたと言う感じではない。まるで長年探し求めていたもののヒントを見つけたかのようなテンションの上がりようだった。

 三人で伝承や民話などについて話すと、取りまとめは香本がよくやるが、喋りが止まらないのは守屋の方だ。よくそんなことまで調べたなというような細かい資料を持ってきて、私はこう思う、みんなはどう思うかと聞いてくる。


 ――もしかして守屋さん、木村教授や誰かが亡くなっていることは結構どうでもいいのかな。


 不謹慎ではあるがそれが悪いということではない。木村は女子からは人気がなかったし、もう一人男性が亡くなっていることも守屋は直接見ていない。今回の研究課題が守屋にとって非常に興味の湧く内容だったのだとしたら、今そちらの調査をしたいという思いが強いのかもしれない。


 ――やっぱり彼女に僕のことを話すのはちょっとやめておくか。


 守屋が悪い人間ではないのはわかっているが、妙なことに興味を持たれてあれこれ根掘り葉掘りされたくは無い。大学で会話をする程度の付き合いなので真面目で落ち着いた人だと思っていたが、自分の興味がある事には食い気味のようだ。根っからの研究者気質なのだろう。……注意が必要だ。


「先生、その謎の病とやらについては何か続きや教訓等はないんですか。例えば他の人には秘密にしようとか、地域住民の結びつきが強くなるような」


 守屋の質問に久保田は首を振る。


「この辺を詳しく調べていたのは木村教授なんだ。ここの宿を紹介したり伝承を知っていたのは彼だと話しただろう? 何度かここに旅行で来たことがあるらしく仲居さんなどに話を聞いていたらしい。木村教授に話していたのなら秘密にするという風習はないと思うが。木村教授のパソコンに資料が入っているかもしれないが、この状況では荷物を持っていくのは許されないだろうね」


 もちろん今この状況で仲居など旅館側の人間にそれを聞く事は絶対にできない。それに聞いても答えてくれないだろう。


「とりあえず今俺たちができることって何ですかね。二人も犠牲者が出てとんでもないことにはなってるけど。二人目のあの人も例えば毒殺された、犯人はこの中にいるみたいな事になったら結局俺たちまだ帰れませんよ」

「警察官が離れたんなら、今が家族とかに連絡するチャンスなんじゃないの」


 梅沢に香本がそう言うと全員慌てて自分のタブレットや電話等を取り出す。みんな思い思いに家族や友人に連絡を取り始める。

 何か突っ込まれても嫌なので香本も一応連絡をするふりだけはした。親しい友人などは作ってこなかったのでもちろんいないが、母親だけでなく父親もすでに亡くなっているのでいない。高校卒業まで面倒を見てくれた親戚とは仲が悪いわけではないが、香本の人を寄せ付けない言動があまり好きではないらしく緊急時以外は連絡を取り合っていないのだ。香本もそれを望んでいる。


「一応アプリで連絡入れておいたけど。なんか急に電波悪くなったよな、通信障害みたいな感じだ」


 梅沢がスマートフォンを睨みつけながらつぶやいた。確かに通信回線の状況はかなり悪い。旅館にはフリーの回線があり、今朝までは快適に使えていたはずなのだが、今はネットワークに繋がりませんと言う表示が出てくる。

 ここは確かに自然が溢れたやや奥まった場所ではあるが、観光地だからこそ回線の状況は悪くないはずだ。まして携帯会社は皆バラバラでどこか一つの会社だけ通信障害が起きているという感じでもない。

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