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神使のアケビ  作者: aqri
二日目、午後
10/37

1 二人目の犠牲者

 守屋の部屋に戻り、事情を警察官に話すとそうですかと一言だけ返ってきた。それほど重要なことでは無いのだろう。 ふと思い出したように梅沢がそういえばと言った。


「あの警察、東雲っていうんだな」


 仲居が言っていた苗字はおそらくあの警察で間違いない。別にお近づきになりたいと思わなかったから名前など聞かなかったが、嫌な意味で長い付き合いになりそうだ。

 部屋でじっとしていても息が詰まりそうなのでなんとなく外の風景を見ようと窓辺に近寄ると、外から何やら声が聞こえた気がして窓を開けた。するとはっきりと怒鳴るような男の声が聞こえてくる。

 見下ろしてみると中年の男と東雲が何か言い争っているような雰囲気だ。言い争っているというより客と思われる男が一方的に怒鳴りちらしている。


「我慢できずに外に出るなり帰ろうとしたところを止められたってところかな」


 気になって様子を見に来た梅沢が呆れたよう言った。細かい会話の内容はわからないが大方合っているだろう。

 すると旅館のスタッフたち数人が外に出てきた。騒ぎを聞きつけて仲裁でもするのかと思っていたが、男性スタッフが騒いでいる男の両腕を掴むとそのまま引きずるように中へと戻っていく。

 その様子を見ていた香本と梅沢は我が目を疑う。


「おいおい、マジかよ。いくらなんでもちょっとそれはないんじゃないか」

「目をつけられてる僕らはともかく、他のお客さんにあんな対応したら問題があるなんてもんじゃないけど」

「どうかしたの」


 様子を見ていなかった守屋が不思議そうに言う。事情説明しようと振り返ったときにチラリと警察官の顔が見えたのだが。

 一瞬、眉間に皺を寄せているように見えた。すぐにまた無表情に戻ったが、この状況だと外の様子に不快感を抱いたということだろうか。守屋にはかいつまんで事情を説明した。


「すみません、僕だったらエントランスまでなら行ってもいいですか。何があったのか事情を知りたいので」


 警察官に断りを入れるとあっさりとどうぞと返ってくる。香本と、俺もと梅沢が部屋を出た。

 あれだけ大きな騒ぎを起こしたのだから他の客も気づいているはず。もうそろそろこの対応がおかしなことだと全員が認識してきているはずだ。

 なるべく急いで玄関に向かうと騒ぎを聞きつけたらしい久保田も来ていた。客の男は未だにスタッフにがっしりと押さえられ、かなり大声で喚いている。他の客も一体何事だとぞろぞろと玄関ホールに集まってきていた。


「見せ物じゃないんで散ってくださーい」


 あまりやる気のなさそうな東雲の声に、いい加減客たちも従う者は少ない。これは一体どういうことなのか、客や一般人に対してこの対応はどういうつもりだと東雲だけではなく旅館の人間に食ってかかる者も出てきた。


「少しまずいな、皆冷静ではなくなってきている」


 周囲を見渡しながら久保田が言った。それは致し方のないことで、警察や旅館の人間の対応が招いた結果だ。こうなる事は誰だって考えればわかるのにそれを平然と行ってきたのだから彼らにどうにかしてもらうしかない。

 スタッフたちはあの客が酔って暴れ始めたので落ちつかせているだけだと説明しているが、とても酔っ払っているようには見えない。それは他の客たちも同じだったようで、赤い顔もしていないのに酔っているわけないだろ、早く放してやれと殺気立ってきている。

 胃が、ひくりと痙攣するような感覚。吐き気だ。朝から感じていた気持ちの悪さ、一番ひどい。このままでは吐いてしまうかもと思った時だった。


 突然、押さえられていた客の男が大きく体を痙攣させた。ビクリと体が撥ねると不自然にガタガタと震え始める。押さえていたスタッフたちもさすがに手を放した。


「あ、やべ」


 そんな小さな声が聞こえた。間違いなく東雲の声だ。


 ――やばい? 何が?


 そう思っていると客の男が思いっきり血を吐く。そのまま地面に転がると中途半端に叩かれた虫のように、手足をバタバタと動かし血をゴボゴボと大量に吐きだした。


「ぎ、あ、あああ、えええあ!!」


 奇妙な声を上げると首から大量の血が噴き出た。刃物で刺されたわけでもないのにまるで切り裂かれたかのようにだ。血が飛び散り文字通り血の海となる。誰もがその様子を呆然と眺めていたがざわざわとざわめき。女性が悲鳴をあげたことでパニックとなった。我先にその場から走り出す者、救急車をと叫ぶ者、騒然となる。

 パァン、と大きな音が鳴った。全員が驚いて音の方を見ると東雲が拳銃を天井に向けており一発撃ったのだということがわかる。


「警察で調べるから、ギャーギャー騒ぐな。おとなしく部屋に戻れ」


 今まで見てきたやる気のなさそうな態度ではない。まるでヤクザのような逆らったら殺されるのではないかというような重苦しい雰囲気だ。傍にいた別の警察官の一人が入り口の前に立ち誰も外に出さないような体制をとる。

 こんな時に何を言っているんだ、救急車が、あいつ拳銃撃ったぞ、と客が口々に叫び始める。

 気持ち悪い。胃がヒリヒリするような感覚。グロテスクなものを見て気が動転しているのではない。


 早く、あんなものから遠ざかりたい。あんな。

 ……から、早く。


「いい加減にしろ、お前のやってる事は警察の権限から外れている! 何の説明もなく、目の前で人が死んだのに部屋に戻れだと!?」


 香本のすぐ隣にいた壮年の男性が怒鳴った。


「お前がどれだけ警察で偉いのか知らないが、これ以上お前の指示に従うつもりはない。こっちも知り合いに警察がいるんでね、これが本当に正しい捜査なのかどうかを今から電話で聞いてやろうじゃないか! もし何か一つでも違反があったら後は法廷の下で決着をつけてやる! そこを退け!」


 うるさい。


 男性の言葉に客たちからもそうだそうだと声が上がる。まるでスポーツ観戦の歓声のように、周囲が人の声で埋め尽くされていく。


 うるさい。


「あのねえじーさん、ここの」

「黙れ! たいした捜査もせず好き勝手なことしかやらない無能な警察が、偉そうに指図をするな!」


 うるさい。


「うるさい」


 その声に誰もが声の方を振り返った。それを言ったのは。


「え?」

「香本君?」


 梅沢と久保田が驚いたように声をかけるが、聞こえていないのか振り返りもしない。

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