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神使のアケビ  作者: aqri
プロローグ
1/37

一日目、夜

 ハナカマキリというカマキリがいる。真っ白い姿をして白い花に潜むと花と区別がつかなくなる。そうやって蜜を吸いに近づいてきた蝶を大きな鎌で捕らえる。

 擬態はありとあらゆる生き物の生きるための手段の一つだ。特に昆虫は擬態が多い。天敵に狙われないように身を隠すためのもの。獲物をとらえるために周囲に溶け込むもの。そうしないと生きていけないからだ。

 本物だと思っていたら実は偽物だった。それは、体の大きな人間の目から見てしまえば些細なことだ。他人事でもある。


 別に虫にそこまで興味があったわけでもない、好きなわけでもない。でもふと思い出してしまった子供の時のあの嫌な気持ち。いつだっただろうか、山かどこかに行ったときに誰かがアケビが生っていると取ってくれたのだ。手渡されたアケビを受け入れることができなかった。繭に入った大きな芋虫にしか見えなかったからだ。


 目の前に出されたアケビを見て固まってしまった香本こうもとに、仲居が首を傾げて聞いてきた。


「いかがなされました?」

「あ、いや。すみません、実はアケビ苦手で」

「あら、そうなんですね。では代わりの甘味をお出しします」

「いえ、お茶でいいです」


 かしこまりました、と丁寧に言うとアケビをさげた。隣にいた木村教授がほろ酔い状態で覗き込んできた。


「なんだ、香本はアケビが嫌いなのか。裏の山で取れたっていう、この旅館ご自慢の一品なのに」


 声が大きいし大きなお世話。酔っているから尚更だ。だからこの人の隣に誰も座らなかったんだろうなと思う。周囲の人間にあまり好かれていないのは有名だ。あまり耳元で大声を出さないでほしいのだが。


「アケビ独特の甘味が苦手で。ブルーベリーとか、甘酸っぱいのなら好きですけど」

「ブルーベリーとか、女子か!」


 何が楽しいのかゲラゲラ笑っている。どうせただの酔っ払いだ、相手にしても無駄だと自分に言い聞かせ適当に相槌をうってから会話を切った。今のアケビのエピソードでも話してやろうかという気持ちになる。


 大学のサークルである民話や伝承を研究する集まりなのだが、ただ大学の研究室で本を読んでこれといった成果のない話し合いなどしていても面白くない。そんなことを最初に言い出したのは木村教授本人だ。

 そもそもサークルというのは学生の集まりであり教授がでしゃばるものではない。しかしこの教授、自分の興味があることには金を惜しまないし飲み会も好きでよく開催する。自分の自慢話をしたいだけの典型的な中年だが、安い金で飲み食いできると学生が集まりやすい。

 今回も何か催しをしてちゃんとした研究結果を出そうと三日ほどの合宿を提案してきた。中高生じゃあるまいし、と思ったが研究結果を大学生コンクールへ応募するという意外としっかりした取り組みに興味がわいた。詳細は現地で、という事でどんな内容なのかはわからないが、謎解きやミステリーのようなものらしい。


 このサークルで本当に民話や伝承を研究する目的で入っている者は少ない。香本の見込みでは自分を入れても三人だ。歴史文化専攻の梅沢大志と父親が民族研究をしているという守屋茜。本当に研究だけするなら木村教授を入れてこの四人で終わったのかもしれないが、旅行のためについてきた者が二人と、巻き込まれたであろう助教授が一人。合計七人だ。

 この助教授、久保田はいつも木村にこき使われているという印象だ。口数も少なく表情もない、しゃべりがうまい木村にいいように扱われているという印象しかない。


 他の者たちは皆和気あいあいと遠出ができたことを楽しんでいるようだ。梅沢と守屋はよくしゃべるし、ついてきた二人の坂本大河と相川愛美は恋人同士。一人静かに過ごしているのは香本だけだ。

 旅館には木村の知り合いがいるらしく安く泊めてもらっている。初日の今日はほとんど移動に時間を費やし、ここに来るまでに名所と言われる場所を巡っていたので本当にただの旅行だった。旅館に着いて翌日以降の打ち合わせをしたら今日は終わりだ。その打ち合わせの中心となるべき人物の木村がいい感じに出来上がってしまっているのが気になるが。

 サークルの中に香本は特に親しい者がいない。友達が欲しいとか、大学生のきらきらした生活目的でサークルに入ったわけではないからだ。香本は本当に民話などの研究をやりたかっただけだ。それらしい活動もなく、ひたすら読書と飲み会の繰り返しでほとんど顔を出さなくなってしまっていたが。

 ただその間も守屋、梅沢とはテーマを決めて調査をしたり研究会らしい活動を細々と続けていた。ほとんどが幽霊会員、飲み会の時だけ来る者達ばかりだがこの二人とは比較的話をする。友達というわけではない、ただのサークルだけの付き合いだ。


「木村教授、そろそろ明日からの予定をまとめてもらっていいですか」


 久保田がそう言うと、酒を飲んでいた木村は笑いながら声を張り上げる。


「よし、そろそろ明日からの予定を説明するぞ!」


 大広間での食事なので他の客ももちろんいる。声の大きさに何事かと一瞬注目されたがまたすぐにざわざわと自分たちの話に夢中になる。

 その声の大きさに香本はわずかに眉間に皺を寄せた。昔から大きな音が嫌いだ。大きな声は聞いていて不愉快になる。酔っ払いの声だから不快というわけではなく運動会では応援団の声、マラソン大会があったときは沿道の人たちの応援の声。耳に残るようなあの騒がしさが嫌いだ。マイクを使っているわけでもないのに耳に突き抜けるような声。うるさい。……うるさい。


「研究テーマは明日の午前に発表する。その後に事前知識をすり合わせておいて、午後は実際の調査に入る」

「午後に調査に入るという事は、この地域の言い伝えなどですか?」


 梅沢が手を挙げて質問するが木村は明日になってからのお楽しみだとはぐらかした。


「チームを組んでバラバラに調査を進める。一人でもいいが、必ず二チーム以上に分かれてやるように。チーム分けは今日この後解散になったら適当に決めてくれ。私と久保田君は全体の取りまとめを行う」


 その言葉に皆チーム分けを放し始めるがもはや決まったようなものだ。全員が仲良しかと聞かれるとそういうこともなく、特に今回旅行目的で来ている二人はほとんど交流がない。あちらは当然坂本と相川で組むだろう。となると梅沢と守屋が組むはずだ。

 一旦ここで解散、と言う木村の言葉と同時に香本は席を立った。食事は既に終わっているし酒を飲むこともない。風呂に入って早めに休もうと思った。そんな香本に梅沢が話しかける。


「チーム分けどうするんだ」

「僕は一人でいいよ」


 そっけなくそう言うとそのまま自分の部屋へと戻った。


 別に一人でいるのが好きだとか、皆と一緒にいるのが嫌だとかそういうことではない。普通に話をするし嫌われるような態度をとったこともない。ただ付き合いは大学の中だけ、一緒に食事に行ったり休日出かけたり、それこそ連絡を取り合うようなことはしていない。一人を選ぶのには理由がある。それを言うつもりもないのだが。

 子供の時に見たあのアケビ。あれ以来アケビが苦手になったが、芋虫のような昆虫が苦手になったわけではない。例えば道を歩いていて足元に突然芋虫がいても避けて歩ける。不愉快に思ったり女子のように悲鳴をあげるなどという事はしない。

 子供の時のトラウマなどその程度のものだろうなと思っていた。しかし先ほど十数年ぶりに見たわけで。やはりアケビが大嫌いだなと再認識するぐらいには気持ち悪かった。

 考えていてもいい気分はしないのでひとまず風呂に入って頭をリセットすることにした。高級旅館というほどではないが満足できる位には良い旅館だと思う。

 それにこの旅館とこの場所に来た時から気になることがある。普段は各地方に伝わる独特な民話などを研究しているがこの場所をわざわざ選んだのなら研究にふさわしいテーマが何かあるのだろう。添削後にコンクールに出すのなら相当だ。自慢話が多く完全にただの面倒くさい中年でしかない木村は、教授になっている位なのだから優秀なのだと思う。講義は全く面白くないが。

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