青森遠征デート
三条神流と松田彩香の休みはよく合う。
不定休ながらも、これは偶然なのだろうか。
いや、これは三条神流を自分の勤めるタクシー会社に引き摺り込んだ上、仕事もプライベートも自分が管理しようと言う、松田彩香の圧力による物だ。
また、休みが合ったので、今回はかなり遠出の旅行である。
かつての鉄道マニアのチームだった、群馬帝国帝都防衛連合艦隊が消滅してから初となる、2人だけでの鉄道旅だった。
連合艦隊時代には、かなりの遠征を行っていた。
連合艦隊のシンボルであった地上空母を拠点に、ラジコン飛行機で空から列車を撮影していたのだが、それも、今となっては夢の跡だ。
三条神流と松田彩香は、大宮まで上越新幹線で行くと、大宮から、東北新幹線「はやぶさ11号」に乗る。
目的地は、青森。
小岩剣が、失われた記憶を求め、それを見つけた場所である。
「えっと、これで新青森だっけ?」
と、三条神流。
「そう。」
「新青森には12時半だから、乗り換えて青森駅でメシにするんだな。立食いあるかな?」
「それより、この普通席でずっと青森まで?そりゃあ、所要時間だけで見るなら速いけど、キツイよ。」
「それは、俺に文句言われても―。」
三条神流はあまり楽しくない旅だ。
新幹線の旅は、あまり好きではない。
理由は簡単。
何もすることがないからだ。
在来線の特急列車は時間こそかかるが、座席に座って車窓を眺めたり、飽きたら本を読み、気分転換にお茶を飲んで、軽く目を瞑る。それは、日常生活に近いと思える旅である。
だが、新幹線は、左右に座席が並んでいる通路を歩いて、他の号車に行っても、同じものだけがある。
小さな子供は、スターのようなE5系に乗れて、最初ははしゃいで居たが、那須塩原辺りでもう飽きて、ゲームをしているし、ビジネスマンはノートパソコンをカタカタと操作したり、書類を見たり。
この列車の客の多くは、さっさと目的地に着く事だけを考えている。
実用的ではあるのだが、これが旅行にも使える列車かと聞かれると、否定的な答えが帰ってくるだろう。
窓際の松田彩香は景色を見ているのだが、ビデオを早送りで見ているような勢いで流れる景色に、目を回している。
三条神流は何もすることがなく、郡山辺りで便所に立って、後は、強引にでも寝てやろうかと考えたのだが、そんなことをしていたらもう仙台。
(「スーパーあずさ」の新宿―甲府間の時間じゃねえかよ。寝る暇もねえ。あの揺れの激しいE351系「スーパーあずさ」でも、軽く寝る時間はあったぞおい。)
と、三条神流は思うのだが、そんなことを思っている間に、景色を見る間もなく、古川駅を通過している。
そうかと思ったら、あっという間に盛岡だ。
松田彩香は、
「ごめん。窓際と変わって。酔った。」
と言い出した。
三条神流はそれに応じて席を変わる。
(目を回したのか。)
と、三条神流は思いながら、車内販売で冷たい水を買って飲ませる。
車内販売に至っても無機質に感じられる。
「早すぎ。酔うわ。」
と言いながら、松田彩香はそれを半分ほど飲むと、
「ほい。カンナの分。」
と、残りを渡す。
「えっ?」
「カンナだって、酔うんじゃないの?」
「今、盛岡車両センターを無理矢理撮影してみたよ。」
「どれどれって、えーっと。」
「笑ってくれ。何が何だか解ったもんじゃねえや。」
「拗ねんな。」
「拗ねてねえよ。」
「耳、噛むよ。」
「耳掃除してねえから、今は無理。」
「はいはい。」
そんな話をしていたら、いわて沼宮内、二戸、八戸に停車していた。
そして、気が付いたら、新青森駅に着いたのだった。
(結局、寝る間も無かったな。水は飲んだけどさ。)
空になったボトルをゴミ箱に放り込みながら、三条神流は思う。
12時47分発の奥羽本線の普通列車に乗り換えて青森へ行く。
701系が2両のみというあまりにも寂しい列車だ。
「キハ110だったら、八高線。」
「文句言わない。」
「はいはい。郷に入れば郷に習え。」
「はい、は一回。」
ボタンを押して、ドアを開けて乗車。
車内はロングシート。
先頭の景色を見るため、三条神流と松田彩香は一番前に陣取る。
新青森駅は、青森市の外れにあるので、市の中心部へ行くには、普通列車に乗り換える必要がある。
「青森って、青函連絡船を中心に発展した港町のようなところだからな。おまけに、青函連絡船接続って構造上、どうしても、どん突きになっちまう。小岩はこの津軽線の沿線で生まれたらしいんだが―。」
と、三条神流が言った時、奥羽本線から東北本線(青い森鉄道)に接続する短絡線が分岐。この短絡線、奥羽本線、東北本線でいわゆる三角線(デルタ線)を形成している。
そして、東北本線(青い森鉄道)と合流したところで、どん突きで青森市の中心部である、青森駅に入線する。
青森駅の第1印象は、三条神流、松田彩香共に「寂しい駅だ」というものだった。
10両以上は入るであろう、長い有効長を持つホームで使用されているのは、手前側の2~4両分と見られる。一応、定期の特急列車は今でも僅かにあるのだが、それでも、寂しく見える。
突端式の駅の一番奥まで行くと、入口が塞がれた跨線橋のような物があった。ホームには、連絡船乗り場と→と共に描かれていた跡があった。
「青函連絡船の跡だね。」
と松田彩香。
「ああ。かつて、東京方面から来た寝台特急や昼行特急で北海道へ向かう旅客の多くは、こっちへ来て、この跨線橋を渡って―。」
三条神流は視線を跨線橋の方向へ向ける。
「連絡船に乗って海峡を渡ったのだろう。そして、時は流れて青函トンネルが出来ると、人の流れはここでスイッチバックする形になり、「白鳥」「スーパー白鳥」のように、直接北海道へ行く列車で行く場合もあれば、ここでそういった列車に乗り換えるようになった。連絡船から青函トンネルへ移り変わっても、ここは、交通の要衝ってことだったんだが―。」
「今のこの駅の様子は、なんて言えばいいのか。そう。取り残されて、忘れ去られ、見捨てられた姿。」
ようやく、改札口へ向かう。
だが、ホームや跨線橋の雰囲気とは裏腹に、やけにモダンな駅舎の中のギャップに違和感を覚える。
駅の中の立食いそば屋で昼食を済ませると、二人は津軽線に乗る。
13時19分発、津軽線三厩行きのディーゼル車がホームに来たのだが、三条神流は「えっ?」と言った。
ディーゼル車に見えないディーゼル車が1両のみと言う編成の列車だったからだ。
GV‐E400系と言うらしい、電気式気動車だそうだ。
「あれっ?キハ40じゃない。」
松田彩香も津軽線はキハ40が2両と言う情報を持ってきていたので、これには困惑する。
どうやら、先行営業運転として、たまたまここへ来たらしい。
乗ってみたらまたも三条神流は、「なんだこりゃ」と言った。
LEDの車内灯が眩しすぎて、目がチカチカしてしまったのだ。
そして、車内は、高崎線のE233系やE231系のような、無機質なセミクロスシートで、クロスシートは片方が2人がけ。もう片方は4人がけ。
ロングシート部分に座ったが、硬い。
クロスシートも硬い。
列車は青森駅を出た。
少しして、津軽線に入ると、車両基地らしき場所を走るが、線路をソーラーパネルが覆い、その奥にDD14が1両置き去りにされ、車両検修庫だけは一応稼動しているようだが、酷く寂れている。
左は田園。右は陸奥湾。
海沿いを走る。
(小岩の奴、ここで生まれたんだな。でも、これじゃあ―。)