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初陣

元々は自転車競技者の育成を目的としたコースである、群馬サイクルスポーツセンター。

峠を模したコースとして人気が高いが、元々自転車の走行を想定したコースが改修もされずそのまま自動車用に転用されているため、コース幅は狭くガードレールやエスケープゾーン設置などの防護設備も十分になされていないため、危険と隣りあわせだ。現に、競技イベントで走行中の車両がコースを外れて転覆し、ドライバーが死亡する事故も発生している。

今回の走行会では、本当に危ない箇所にシケインを設置し、物理的にかつ、強制的に車を減速させる等の安全確保をしているが、やはり危ない事に変わりはない。

準備をしてまず、加賀美のN-ONEで横乗り、その後、加賀美が小岩剣のN-ONEで見本を見せた後、加賀美が助手席に乗り実践。

その上で加賀美はOKと言ったが、再度、小岩剣の希望で、今度は加賀美が前を走る形で小岩剣は走る。そして、その後ろを玲愛が着いていく。

加賀美はレーシングスピードで群サイを攻める。小岩剣は当然離されると誰もが思った。

だが、実際には違った。

小岩剣のN-ONEは、加賀美のN-ONEについて行けているのだ。

(なるほど。頭いいね。ワンコ君。それにしても、完璧にラインをトレースしてる。これは才能かな?)

と、玲愛。

小岩剣は前を行く加賀美のN-ONEの走行ラインやブレーキングポイントをトレースしている。前を行く加賀美のN-ONEは確かに、中身はN-ONEオーナーズカップ仕様だが、車の大きさが変わっているわけでは無いので、小岩剣は(加賀美さんの車が行ったように走れば、どこかにぶつかるような事は無いし、加賀美さんの車と同じように走れば、それなりにいい走りが出来るのでは?)と考え、加賀美に引っ張って貰う形で走っているのだ。

そして、小岩剣は知らないが、N-ONEオーナーズカップ参加車両はエンジンのチューニングやECUのリミッター解除は認められていないため、加速性能はノーマルのN-ONEと何ら変わり無い。そのため、小岩剣が加賀美と同じタイミングでブレーキを扱い、同じタイミングでアクセルを踏み、同じようにステアリングを扱えば、加賀美と限りなく同じ走り方になって行くのだ。

最も、小岩剣本人はそんな事知る由もなく、加賀美に「わざわざ手加減しなくても。」と言ったのだから、加賀美は笑い転げ、玲愛や日奈子が、何がどうなっているのかを説明するが車の知識が無い小岩剣は理解出来ず四苦八苦する。

「それじゃ分からない。えーっと、つるぎ君?は電車好きだよね?」

と、加賀美は切り出すと「自分も鉄道には少し詳しい方」と言い、

「簡単に言うと、私のN-ONEは「トワイライトエクスプレス」を引っ張るEF81電気機関車で、つるぎ君のN-ONEは「日本海」を引っ張るEF81って感じかな。トワイライトエクスプレスのEF81はカラーリングこそ、海をイメージしたダークグリーンにトワイライトを表す金帯を巻いた専用色だけど、中身はなんら変わりない三電源式交直両用型電気機関車でしょ?その証拠に、「トワイライトエクスプレス」のEF81が「日本海」引っ張る事もあったでしょ?」

確かに、同じEF81でも、更新工事で内部機器の再整備・交換を行ったり、主電動機を車軸に装架する軸受をコロ軸受に取替えたりした車両もあるが、中身はそれ程変わってはいない。

なんとなく分かった。

強いて言えば、「トワイライトエクスプレス」や「日本海」の名前を出してほしく無かった。

「レースに出るためには、それに沿ったレギュレーションに合わせた車を作り、レース前にはちゃんと出来ているかをチェックする。今、加賀美がEF81を例え話に出したからそれに付け加えるような形になるが、100キロ以上の速度を出す場合に運転状況記録装置搭載が義務化されただろ?これの有無による、JR旅客会社とJR貨物が所有するEF81の最高速度の相違を区別するため、JR貨物所有の0番台に対して車両番号が元番号に600を加算する措置が取られたのと同じ。」

三条神流も加わる。

小岩剣は「なるほど」と頷く。

「ちなみにだけど、アヤと俺の車は何度も何度もマイナーチェンジしている。今の俺とアヤの車は最新モデルだが、霧降達の車は違うだろ?でも、同じBRZとハチロクだ。電気機関車ならば、霧降達はEF64の0番代。俺とアヤは1000番台のようなもんだな。こっちは少し違っている。が、BRZやハチロクのワンメークレースに出るからと言って、中身弄ることはそんなに無い。最も、スーパーGTになると話は別だが、ありゃ外側だけBRZやハチロクの被せてるだけだからなぁ。」

おおよその事はなんとなく分かった。

後はその中身がどう違うのか、それを知らなければならないだろう。

「あった。これ、お姉ちゃんからのプレゼント。」

と、玲愛は微笑みながら本を渡す。

かなり分厚く重い本だった。

「自動車整備士向けの教科書。カラー写真や図を用いていて、かなり分かりやすい。電車の例え話と合わせながら、これを読んで勉強すれば良い。レーシングテクニックも勉強しないとだけど、まずは型を作ってから。私達のやっているモータースポーツは、車を扱う場合、型破りな事をする事になる。でも、型破りするには、どんな形の型を作ればいいかを知り、型を作るにはどうすればいいかを勉強し、型を作る。しっかり型を作った段階で、どう破るかを考えて、型破り。その過程を踏まないと、ただのおバカさん。いやおサルさんね。お姉ちゃんとしては、可愛い弟のワンコ君を、下品なおサルさんにしたく無いし、させたく無い。」

なるほど。

分厚くて、ずっしりと重い本の中身は、車のメカニックに関する内容がぎっしり詰まっていた。

これを見て真っ先に思ったのは、(これら知識を頭に入れつつ、仕事で鉄道知識を頭に入れるとなると、頭がパンクするのでは?)と言う事で、会って間もない玲愛にいきなり弟にされたと言う事は、隅の方へ追いやられてしまった。

「玲愛ちゃん、どさくさ紛れにつるぎ君を弟にしちゃって。でもお姉さんと弟の車の差を考えると、差が開きすぎよ。」

と、加賀美は玲愛のロータス・エミーラを見て言う。

「そんなに違うのですか?」

やっと、玲愛に弟にされたと認識した小岩剣。だが、出て来たのはこんなセリフだ。

「うん。違う。これは横乗りでバトルしてその差を見た方がいい。」

三条神流は言いながら、玲愛と加賀美にやってやれと言う。

「そうね。ワンコ君は咲さんの助手席。私は前走る。」

と、玲愛。

実際に、ロータスとN-ONEのバトルをしたのだが、誰がどう見ても結果は見えていた。

ロータスの勝ちである。

「咲さんには、バカにしてるように聞こえるかもだけど、ロータス・エミーラはエンジンが後ろにあるミッドシップ。クルクルと小回りが効く。一気に加速する。車重も軽い。こういう車でヤンチャするのが良いよ。まぁ、N‐ONEのレースもあるから、頑張ればヤンチャ出来るかもしれないけど、私としては、お勧めできない。」

と、玲愛。加賀美も頷く。

その後、何度も加賀美に引っ張られる格好で、群サイを走った小岩剣。

走行会が終わった帰り際に、玲愛は加賀美に、「咲さんにとって、ワンコ君は何?」と聞いた。

「N-ONE乗りの後輩。」

と答えたが、

「違う。」

玲愛が言う。

「私も違うと見た。」

恵令奈も日奈子もだ。

「N-ONEだけでは、収まりそうに無い器に見える。もっと強い車に乗って、更に広い場所へ行く。そう見える。」

(何をバカなことをー)と、小岩剣はそれを聞きながら思った。

だが、それは小岩剣にはどうでもよくなった。

帰り際、夕陽に向かって走るのだが、先頭の三条神流のペースに皆着いて行けるが、小岩剣だけは着いていけない。

自分の前を走る、同じN-ONEの加賀美にさえ、着いていけない。

そして、N-ONEがおかしい。

アクセルを踏んでも加速しない。

「あっ!」

その時になって気づいた。

燃料が空になっている上、警告灯が付いている事に。

「加賀美さん!待ってー。」

と、涙を滲ませる小岩剣。

だが、誰も待ってはくれず、道端に立ち往生してしまった。

途方に暮れる中、皆とは流れ解散なので、そのまま別れてしまう。誰かに置いていかれることは、小岩剣のトラウマを蘇らせた。

涙を流す。

泣いているだけでは何もできないのだが。

30分くらい泣いて、日も暮れてしまった。

こんなところで泣いていても、誰も助けてはくれない。

だが、ガス欠した時の対処法すら分からず、電波の繋がりにくい中、なんとか調べ、警察とJAFを呼び、かなり派手な出費をしながらも、ついでにJAFに加入した。

(もう、置いて行かれたくない。置いて行かれないようにするにはー)

小岩剣、この日、新たなスタートラインに立つ。

それは、夢を無くした鉄道マニアの生き方を変えるきっかけでもあった。


例えば、自分の目指す物。やりたい事。なりたい自分。そうした物を持っていて、それを目指して頑張って来たけど、ある日突然、自分ではどうする事も出来ない事により、その全てが叶わぬ物になってしまい、自分さえも見失ってしまったなら、どうすれば良いのでしょうか。


その答えはまだ見つからない。

しかし、そのヒントを掴んだ今、小岩剣は新しい世界へと踏み出すのだった。


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