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内定式

「はい。今後、お世話になります。よろしくお願い致します。」

小岩剣は、北関東ロジスティクスの内定を受けると連絡した。

差し当って、内定式を行うので倉賀野に来いと連絡を受ける。

内定式当日。

小岩剣はリクルートスーツを着用して出掛ける。

「群馬で生きるのかぁ。」

と、出かけに母親に言われる。

「ああ。親父や母ちゃんみたいに、自衛官や外交官にはなれず、自分の好き勝手で、群馬での生活をすることにしちまった。」

「いいんじゃないの?自分がやりたいって思ったことなら。」

「ああ。それに、群馬で大勢、仲間を作ったからなぁ。」 

その時、小岩剣の自宅前を、見覚えのある顔の奴が通りかかる。

「あれ?広瀬?」

それは、小岩剣の同級生の広瀬まりもだった。

二人並んで、駅まで行く。

「彼氏と別れちゃった。」

「―。」

「小岩君はどこへ行くの?やっぱり青森?」

と、広瀬が言うのに、

「群馬だ。」

と答えたのだから、広瀬は驚いた。そして、小岩は逆に、

「おまえこそ、どこへ行くんだ?」

と聞く。

「それが、なんたる偶然か、同じ群馬なのよね。」

「ほう。これからお出掛け?」

「違う。就職する場所が、群馬なの。」

「どこさ。」

「高崎市役所。何だかよくわからず、適当に受けてて、内定を貰う事だけを目的にして就活していて、気が付いたら、高崎市役所に就職することになった。」

「ふーん。奇遇だなぁ。俺も、高崎だよ。って言っても、中心から外れた倉賀野。あそこの貨物駅でHD300の機関士さ。」

駅の階段を登る。

ICカードにチャージして、改札を抜け、ホームに降りる。

2面3線で、中線と貨物用側線と保線用の側線がある典型的な高崎線の駅。

上野方面行きの特急「スワローあかぎ」が、中線の2番線に入線してくる。

(185系の「あかぎ」の方が、乗り易かったのにな。)

と、小岩剣が思った時、高崎行きの下り列車が入線してきた。

E233系の10両編成。

セミクロスシートの車内。小岩剣と広瀬まりもは、クロスシートに向かい合わせで座るが、小岩剣は通路側。広瀬まりもは窓側。

「地方公務員の資格は取得したものの、行き着いた先は群馬だった。一応、行ったことある場所だけど―。」

「俺は寝台列車の車掌って夢すら叶わず、青森で鉄道員って夢も無くし、鉄道から逃げ出して、行き着いた先が、群馬の貨物列車の仕事。」

「―。」

田園地帯を進み、熊谷で秩父鉄道と出会う。

ちょうど、秩父鉄道のSL「パレオエクスプレス」が秩父鉄道のホームに入線中で、あちらは観光客がひしめき合っている。

熊谷を発車し、熊谷貨物ターミナルを通過。

熊谷貨物ターミナルからは三ケ尻線で秩父鉄道へ乗り入れる石炭列車が運行していたが、数年前に廃止され、石炭列車が止まっていた秩父鉄道のヤードの線路は剥がされてしまった。

熊谷貨物ターミナルの反対側を見ると、陽炎の向こうに、微かに赤城山の姿が見えてくる。それが少しずつ大きくなっていき、群馬に近づくと感じるが、それに比例して、広瀬の表情が曇ってきた。

それでも、高崎市役所では無理矢理にでも笑顔を創ろうだろう。

(手間ぁ取らせやがる。)

と、小岩剣。

「一つ忠告。群馬で生きるなら、最低限、車か原チャリは必需品だぞ。」

「車?小岩君、車―。」

「あるよ。新車の軽がね。ついでに、車のメンテナンスのショップ情報から不動産情報まで入手済み。」

「そう、なんだ。」

「あのさぁ、そっちが終わった後、メシでも食いに行かねえか?」

「えっ?」

「いや、終わったら高崎の不動産屋に行くんでね。」

神流川を渡る。

いよいよ、群馬県に入った。

「群馬って、ネットで散々、変なネタにされて言われているじゃん?最近ではテレビでも。大学で群馬って言った途端、変なこと言われて、いじられた。」

「だからなんだ?俺は群馬、好きだぜ。」

「―。」

「とにもかくにも、気が向いたらでいい。終わったら連絡よこせ。高崎で待ってるから。」

まもなく、倉賀野である。

倉賀野で列車を降りる時、小岩剣は何の迷いもなく、ドア横のボタンを押して、ドアを開けて降りた。

(もう、手馴れたもんだ。)

と、小岩剣は思った。


松田彩香はこの日、東京でハイヤーとして使われていたトヨタ・カムリに乗っていた。

「ピピピーーーーッ!」

無線配車を知らせるブザー音が、IP端末から流れる。

「よっと。」

迎車ボタンを押し、松田彩香は無線情報を取得する。

「えーっと、小岩様。必着配車13時30分。迎え先、倉賀野駅北口。」

倉賀野駅北口に向いながら、無線配車で呼び出した奴が誰か、なんとなく予想が付いた。

(倉賀野?小岩。そうなると、きっと。)

思いながら倉賀野駅に行くと思った通り。

松田彩香の予想通りの顔の客が待っていた。

「失礼ですが、お名前を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

日本交通スタンダードマニュアル通りに接客する。相手が知り合いでも関係無しだ。

一方で、接客される側の小岩剣は、就活で日本交通グループは受けていたが、肝心な日本交通スタンダードマニュアルを詳しくは知らないし、ドライバーは知っていても、来た車が高級車のカムリだったのだから、腰が抜けた。

(えっこれ、タクシーなのか?)

と、思いながら乗り込む。

「パシュッ!」と自動でドアが閉まる。

「ご乗車ありがとうございます。どちらまでお送りいたしましょうか?」

「えっと、その―。」

トギマギしながら、

「高崎―。高崎の、望月不動産まで―。」

と言う。

「はい。望月不動産でございますね。かしこまりました。ご指定のコースはございますか?」

「えっと―。道、知らないので―。」

「では、操車場の横の道抜けていきますね。申し送れました。私、日本交通の松田でございます。安全運転で参ります。念のためシートベルトの着用をお願いします。」

高崎操車場の横の公道を一気に進む。

「松田さん、この車って―。」

「タクシーですよ。ちょっとお高い車だから、誤解されるのですが。」

横の高崎操車場の線路に、DD51が単機で止まっていた。842号機だった。

小岩剣、それを見て言った。

「DD51、どうなってしまうので―。」

「運命には抗えないでしょう。ちなみに、EF65-501が今夜、旅立つそうです。来月には、DD51-895がー。」

だが、その時、松田彩香の目が一瞬だけ寂し気になった。

小岩剣は誰かから連絡を受けた。

そして、

「あの、松田さん。ちょっと寄り道してもらえませんか?」

と言う。

「どちらに?」

「高崎市役所です。その後、望月不動産へお願いします。」

高崎市役所の車寄せに入り、小岩剣は広瀬まりもを見つけた。

「おい。乗りな。不動産屋に行くんだけど。」

「えっ―。」

広瀬まりもも、カムリのタクシーに驚いた。

だが、ドライバーを見て、広瀬まりもはどこの誰か分かった。

「お久しぶりです。松田さん。」

「あら?広瀬さん?久しぶりですね。その後、お変わりないですか?」

「まっまぁ。」

「じゃあ、望月不動産の方へ向かいますね。」

小岩剣の幼馴染みの広瀬まりもが、高崎市役所の内定式を終えたので、一緒に不動産屋を見に行こうと言うことにしたのだろう。

松田彩香はそう思いながら、下車地で二人を見送った。


高崎市芝塚町の望月不動産前で、松田彩香の乗務するカムリのタクシーを降りる。

「もう、飯食ったんだろ?」

と、望月が言う。

「ええ。あっあと、彼女にも物件を紹介してください。」

「ああ、誰かと思ったら広瀬さんか。その後変わりないか?」

望月もまた、広瀬まりもを覚えていた。

それに、広瀬も驚きながら、

「あまり変わったことは無いです。強いて言えば、彼氏と別れた後、今日の今日で小岩君に出会して、一緒の日程で内定式をして、今、ここにいるって感じです。」

と言い、自分は、高崎市役所に務めることになったと伝える。

「そうか。」

「それで、言われるまま―。まっ群馬で住むので早めに調べておけばいいかなと。」

「まず群馬は地代が安いし、家賃相場も意外と安い値段の物もあるが、気をつけねえと変な物件があるし、最近はジャカジャンジャンな外人が寄生してる事もある。ウチは外人には物件紹介して無い。ちなみに、小岩の物件は1LDKで2万弱。まぁこの物件はちょっと、ワケありなんだがな。同じアパートで2万5千円で1LDKでロフト付きの部屋が空いている。高崎の中心部は3万以上するのが多いな。ボロアパートとか、安い物件は、郊外に多い。」

などと、望月が物件情報を説明する。

広瀬まりもはとりあえず、数件程、情報を貰って保留という形を取らせてもらい、次いで、小岩剣の要件になる。

小岩剣の要件は、保留していた物件を契約することだった。

初期費用は後日、振り込む。

「お前は知り合いだ。不動産介入やら礼金やらは要らねえから、敷金だけ忘れんな。あと、掃除はこっちでやっておく。三河が住んでいた時のまま残っている家電も、そのまま使っていい。ガス台は1口しかないが―。」

「構いません。」

「分かった。んじゃ、交渉成立!」

「ありがとうございます。」


勤務を終えた三条神流。

JPNタクシーで接触事故を起こしたため、またも、クラウン・スーパーデラックスでの乗務。

だが、このクラウンもまた、東京の日本交通グループの会社からやって来た車両だ。

(すばる交通って会社から来たって聞いたな。走行は50万近いけど、いい走りする。)

と、三条神流は思いながら、洗車してエンジンを切る。

(すばる交通時代の整備点検が行き届いていたって証しだろうな。50万キロ走ってるポンコツだけに、確かにガタが来ているのは否めないけど。)

納金しようと事務所に行こうとしたら、カムリが帰ってきた。

松田彩香の乗務する車だ。

カムリの燃料はレギュラーガソリンなので、ガソリンスタンドでガソリンを入れるついでに、洗車機に放り込んで洗車も終えている。

「水洗いだけだけど、結構綺麗になるもよね車って。」

と言う。普段乗りしているGR86が、TGR GR86/BRZ Cupのためのパーツの関係から、洗車機に入りにくいため、洗車するのが大変だと言う嫌味も含まれていた。

翌日が明けで、その翌日が仕事の場合は、さっさと帰って寝てしまう。

今夜はそのつもりだ。

次の出番の時は、明けの翌日が公休なので、赤城山に繰り出す。

「つるぎ君を乗せたよ。」

と、帰り際、松田彩香が言う。

「ほう。じゃあ驚いただろ?カムリなんかで乗り付けりゃ。」

「ええ。腰が抜けてて面白かった!あっそういえば、女の子が途中で合流したよ。あの片割れの―。」

「三奈美つばさ?」

「違うよ。女の子よ。広瀬さん。」

「ああ。そういや居たなそんなの。」

「高崎市役所の内定式だったらしいよ。降り際に「今度、遊びにおいで。出来れば、就職する前に。」って言っといた。」

そんな話をして、二人は帰路に着く。

三条神流は帰宅すると、軽くシャワーを浴びて、寝てしまう。

8時頃に起きると、小岩剣から連絡があった。

「明後日は草木、行きますか?」

と。

「行くつもり。」

「了解です。」

「俺とアヤは城ヶ崎行ってから行くよ。まっいつものコースさ。」

と、三条神流は言った。


埼玉で小岩剣は返事を受け取ると、広瀬まりもに、

「昨日の帰りに話した、明後日のお出掛けは、連合艦隊の今の姿が見られるよ。」

と連絡。

「未だ、連合艦隊は鉄道?」

「さぁ、どうかなぁ。」

ふと、自分のN‐ONEを見ると汚れていた。

(いくら、群馬に行くといえ、この状態で行くのはなぁ―。)

と、小岩剣は思いながら、ガソリンを入れるためスタンドに向かう。

(洗車っていくらするんだろ?洗車機でやっても、手洗い頼んでも高いような―。)

スタンドに着き、給油しながら横目で、洗車機の洗車代金を見る。

(一番安くて300円か。うーむ。)

その小さな出費すら、抑えたい気持ちは、今も変わらない。

(コーヒー一杯我慢するか。)

と、小岩剣は決めて、300円のシャンプー洗車をすることにした。

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