国道50号
(化けの皮被ったって、意味無いのに。知らないなら知らないから教えてくださいって言えばいいのよ。知らなくて当然なんだから。だって、つるぎ君は今日、初めて参加したんだから。)
と、松田彩香は思う。
関越自動車道の前橋インター近くのオートバックス。ここが目的地だ。
だが、目的地のオートバックスへ先に到着していたのは小岩剣だった。
「およ?」
松田彩香は首をかしげる。
「よかった。ここで合っていたかぁ。」
と、小岩剣はほっとした顔になった。
「―。お前、知らねえなら知らねえってハナっから言えよ。だいたい、知らなくて当然なんだからさ。」
三条神流が言う。
「いや、あの、その―。」
小岩剣は目が泳いだ。
その時、ちょうど別の車も到着する。
「あっあれは同じHONDAの車ですよね。」
「―。S660。お前のN‐ONEと同じエンジン積んでいる軽自動車なんだが、まぁかなり速いぜ。」
三条神流は溜め息混じりに言った。
「お前、無理に自分を偽らなくたっていいだぞ。化けの皮被っても、どうせバレんだし、嫌われないように生きようとしても、そうしているって気付かれたらアジャパーだ。みんなから嫌われる。」
「どうしても、不安で―。また、みんなに、嫌われて、蚊帳の外に置かれて、記憶の無い昔に戻ってしまうのではないかって―。いや、思い出さない方がラクだったのかな。」
小岩剣がそう言ったので、三条神流はまた気になる。
が、松田彩香が止める。
「何かあったの?」
と、松田彩香が聞く。
「いえ。何も。ただ、その―。」
「どうしたの?」
「東京のタクシー会社の内定、全部蹴っちゃいました。今、手元にあるのは、群馬の内定だけです。」
「そう、なんだ。タクシー会社さんで、喧嘩しちゃったの?」
「いえ、懇親会に行ったのですが、そもそも気が乗らなくて、挙句、酔った先輩や内定者の悪ノリに絡まれて、ケンカになって、嫌になって、蹴っちゃいました。あいつらとは、どうも相性が合わなかったので―。」
松田彩香は優しい目をしながら、小岩剣に何かあったのかを聞いた。
(こいつって、お姉さん気質だなぁ。俺には凶暴だけど。)
と、三条神流は苦笑いしながら思う。
「ああ。だから、群馬で誰かに嫌われたり、変な噂たてられたら嫌だから、無理に、化けの皮を被っていたのね。でも、それはあまり良く無いよ。」
「はっはい。その、スミマセン。」
「謝らなくていいんだよ。」
(こいつはしっかり者に見えて、実はガキなんだよなぁ。)
と、三条神流は松田彩香と小岩剣の会話を見ながら思う。
カー用品を見て歩くメンツ。ファッション店で服を見て歩くようだ。
三条神流は切れかけのウォッシャー液を買う。
そして、その後は国道50号を西へ走って、ワム地下まで行く。
だが、小岩剣はまたも場所が分からないらしい。今度ばかりは、ワム地下などと検索しても見つからない。
「場所はここ。この道をまっすぐ行き、右側。」
と、三条神流は大雑把な場所を教えた。
「よし。行こう!着いたら焼肉だ!」
と、皆は車に飛び乗るが、三条神流は「腹ブロ!待たなくていい。とっとと行け!」と言い、小岩剣が他のメンツに混じって出て行くのを確認した。
小岩剣を叩き出すようにして、先に行かせた三条神流。腹なんて痛くも無かった。
「ワザとやった。群馬で生きていくのなら、俺達ばかりに頼っているようじゃダメだ。せめて、俺達だけじゃなく、ADMのメンバーとも上手くやってもらわないと、狭い視野のまま、群馬で生きることになるからな。」
と言った。
「でしょうね。カンナがやらなかったら、私が腹痛を偽ったよ。」
松田彩香もそうするつもりだったらしい。
「小岩が都内のタクシーの内定蹴ったのは正解だと思うよ。あいつは今になって「本当に良かったのかな」って思ってんだろうが、決める前に分かったんだから良かったんだよ。俺みたいに、一時の感情に流されて長野行って、酷い目に遭ったんじゃ無いんだから。入社前にそういう事されたんなら、そこには行くなってことさ。あいつは、群馬で新しい生活をした方がいい。東京なんか出たって、低賃金でこき使われて死ぬだけだ。ただ―。」
「ただ?」
「なんで、青森じゃなくって群馬なんだってのが気になる。大阪でもないし。」
「それも、おいおい、聞けばいいじゃん?無理に聞き出さなくたって。」
「そうだな。」
「うん。じゃっ行こっか。」
「あっ―あの―。」
三条神流は顔を引き攣らせながら言う。
「トっトイレ行きたい。今度はマジで腹ブロしたらしい―。」
松田彩香は溜め息をつき、
「はいはい。用済ませたらこれ飲んで。正露丸!」
「うわ、臭ぇヤツだ。」
「文句言わない!」
三条神流が用を達するのに5分かかり、三条神流と松田彩香は国道50号を諦め、目の前の前橋インターから高速道路に乗り、高崎ジャンクションから北関東自動車道を一気に駆け抜ける。
一方で、どうするか迷ってしまい、少し出遅れる格好になった小岩剣は、言われた通り、国道50号線をひたすら走るが、やはり単独になっていた。
途中で日が暮れて夜になった。
前橋の街を離れる。
ヘットライト点灯。
一応、両親には「群馬で1泊してから帰る」と伝えてあるし、カプセルホテルの予約も済ませた。
前橋から目的地まで約40キロ。まあまあ遠い。途中でガソリンを入れておいたほうが良さそうだ。
赤城山でSNS上のグループに入っているので、いざとなったらそちらで連絡可能であるが、一人で夜の群馬を走るのは初めてで不安だった。
一応、この道をまっすぐ行けとは言われているのだが、知らない場所、知らない道というのはどうしても不安になる。
そして、油断していた。
上武道路の交差点の先で国道50号は片側2車線から1車線になる。
大慌てで車線変更。
「おっとっと。」
なんとか流れに乗って、車を進める。
前橋の中心から上武道路までは2車線だったのもあり、まだ、町中のようだったが、1車線になると、途端に田舎道になったように感じる。
西久保町交差点近くのガソリンスタンドに入る。
「えっと、レギュラーを千円分―。」
と一度言ったのだが、
「車は、群馬で生きるには必需品だからな。ケチったら、死ぬからな。」と言う、三条神流のセリフを思い出した。
「あっスミマセン。えっと、レギュラー10リッター現金で―。」
と言い直す。
「はい。レギュラー10ですね。窓はお拭きしてよろしいでしょうか?」
「お願いします。」
直ぐに給油は終わった。
(10Lだから。1650円だな。)
と、直ぐに計算し、店員に2000円渡す。そして、350円のお釣り。
発進すると、パッシングされ譲ってもらう。
そして、ハザードで答えた時気付いた。
霧降のBRZだったと。
(三条め。小岩を一人でワムまで行かせようとしていたのか。)
と、霧降は思う。
小岩剣は、後が霧降のBRZと解かると安心したのだが、信号の兼ね合いでまた、単独になる。
またも国道50号は2車線になった。
そして、どうにか、目的地にたどり着けた。
国道沿いの複合商業施設の地下駐車場。
ここに集合することになっている。
ここの名称は「ワム地下」と言うらしいが、なぜ「ワム」なのか、小岩剣には何となくわかった。
地下駐車場の直上に、小さな鉄道公園のような物があって、そこに、貨車移動機とワム80000貨車が2両連結の、計3両編成の貨物列車のような形で保存されているのを見つけた。
「無事に着いたようだな。」
と、そこに居た三条神流に言われる。
「あっもう皆さんお揃いで―。」
「いや、俺とアヤは高速使った。俺がその―。」
と、三条神流は腹を抑えて言った。
「あの、このスイッチャーって?」
「倉賀野にいた奴だよ。DB252。倉賀野でずっと隠居していたんだが、松本でほったらかしにされていたワムと一緒に、ここで保存されることになったんだ。」
「やっぱり。なんか、見覚えあると思ったら。」
「貨車のワムからとって、地下駐車場を「ワム地下」って呼ぶようになったんさ。タキだったら、タキ地下だったかもしれねえぜ。おっ、みんな揃ったか。夕飯行くぞ。」
地下駐車場からゾロゾロと、メンツが出てきた。そして、複合商業施設の敷地内の牛丼屋で夕飯だ。




