ダムサンデー
三条神流のスマホから海上自衛隊の起床ラッパ、松田彩香のスマホから富山地方鉄道で使用されていた鉄道唱歌チャイムが流れ、二人は起きる。
歯磨きして、服を着る。
「大間々で朝マック?」
と、松田彩香。
「だな。」
三条神流も頷く。
笠懸の両毛線の線路沿いのラブホから、大間々方面へ出発する。
昨夜は、普段より少し激しく来た松田彩香。三条神流は少し身体が火照る。
南条美穂に抱かれた時には感じなかった、全身を電気が走るような感覚を覚えた。
松田彩香には、その感覚が心地良いらしい。
三条神流も同じだった。
笠懸から大間々のマックまで来て朝食にすると、店の前を通過した青いN-ONEに反応する。
が、それよりも今日は、ブリキの玩具のようなクラシックカーが多い。
朝食後、草木ドライブインに向かうが、やはり国道122号には、クラシックカーが多く、おまけに少し古めかしい建屋が多い大間々の街を走ると、まるでZD8型BRZとGR86が過去にタイムスリップしたかに思える程。
100均の交差点から対岸道路に迂回。
この先の大間々警察署の先の交差点が渋滞ポイントなので、それを避けるのだ。
そして、上神梅駅でまた2台並べて写真撮影後、水沼駅まで国道122号を走ってから対岸道路に戻り、草木ダムまでのワインディングを走り込む。
草木ダムを一気に登って、草木湖畔のワインディングを攻めていると、ダム湖の反対側に草木ドライブインが見える。
草木湖の真ん中辺りにかかる、草木橋を一気に渡って国道122号に戻って、草木ドライブインに入ると、小岩剣がなぜかN-ONEを押しているのに気付いた。
「驚いたなぁ。」
三条神流が言う。
「ダムサンに来たんか?」
「ダムサン?」
小岩剣は首をかしげる。
「草木ドライブインで、毎月第1日曜日に行われるクラシックカーミーティングだよ。(現在は場所を変更して実施中)草木ダムサンデーって言うんだ。ここ、草木ドライブインは、草木湖に沿うワインディングロードを走りに来た人たちのオアシスみたいな場所でね。俺も、その一人っちゃ一人なんだが。」
三条神流は自分の青いBRZに目をやる。
小岩剣は、どこかブルートレインを思い出させる車体色の三条神流の車には親しみがある。
(松田さんの赤い車が、三条さんの青い車の前を走っていたら「あけぼの」を思い出すかもな。)
と、思いながら、
「三条さんの車って、何でしたっけ?SUBARUのインプレッサ?」
と言う。
「あっあぁー惜しいなぁ。インプレッサと同じ SUBARUなんだけどね。ZD8型BRZって言っても何のこっちゃだろう?」
「まぁ―。でも、力強そうです。えっと、その―。あっEF64!EF64のような、無骨で、力持ちの車に見えます。」
「ロクヨンとは驚きだ。こいつは、FRだ。雪道だろうが、悪路だろうが、平気のへいざって訳にはいかないが、サーキットのレースでも活躍できるし、スーパーGTにも出ている車だ。おまけに、実用的でラクとくりゃ、車好きのお父さん御用達の車にもなる。チンケな車しか望まねえような連中は、そのへんのボンクラみたいな軽ワゴンを転がしてるだけで十分かもしれねえが、群馬みたいな、派手な車好きが多い場所だとな。ところで―。」
と、三条神流は話を変えた。
「車、押していたけど、どうしたんだ?」
「あっえっと、その―。ブリキの玩具のような車が、入ってこようとして、道の真ん中で止まってしまって動かなくなってしまって、そしたら、別の人に押されてエンジンがかかって動き出したのです。それで、自分の車でも起きるのかなと。」
小岩剣、首を傾げる。
「ぶっ。あっははは!ギャッ!」
ゲラゲラと笑いだした松田彩香の尻に、三条神流が「黙れ!」と本気で回し蹴りを食らわせた。
「それは、押しがけっていって、旧車なんかで使われる物だよ。タイヤが動く力を、シャフトやギアを介してエンジンに伝えてエンジンをかけるんだ。エンストしちゃったり、バッテリーが弱っちまった時に使うんだよ。今の車では無理だけどね。」
と、説明する。
「痛てて。ところで、今日は何しに?」
蹴られた尻を抑えながら松田彩香が聞く。
「えっと―。特に用事はありませんが、なんとなく―。家にいても、欝になるだけですし―。」
「青森には?」
三条神流が聞いたのだが、その瞬間、小岩剣は顔色を悪くした。
「青森にも、居場所無いので―。」
と、小岩剣は言った後、
「姉さんも、おじさんも、いないのに帰ってどうすんだよ。何がココロノツバサだ。」
と、ボソっと言った。
だが、三条神流はそれを聞き逃さなかった。
「小岩。ちょっと―。」
と、三条神流が小岩剣を連れて、売店の裏手に行く。
松田彩香もその後を付ける。
草木湖の湖面を眺めながら歩き、売店の裏手。
こちらには、人気も無い。
階段があって、そこを登って見ると、目の前に蓮華台があって、その上にお釈迦様の像が横になっていた。
「寝釈迦ですか?」
「ああ。と言っても、これはレプリカだけど。本物はあの山の中にある。」
三条神流は言いながら、本物がある山を指す。
「でも、静かで良いですねこっち側は。」
「お前、青森で何があった?」
「えっ―。」
「群馬に来るのはいいんだが、気になってな。お前の生まれ故郷の青森に行ったが、昔に、お前から聞いた物とはまるで雰囲気が一致しなくてな。まっその手のことは青森だけじゃなく、群馬でもよくある話だ。それにしても、随分と青森の話題を避けるものだからさ。」
「それは―。」
「ウウォッホン!」
と、咳払いをする声。
「なんだ?後輩を口説くにしたって、相手いるだろお前。」
と、霧降要。
「るせぇな。」
「お前とアヤの車があったのに、どこにも姿がねぇとくりゃ、ここでくだらねえ話してるか、アヤとヤッてるかだろうなってよ。そしたらなんだ?後輩の男に手を出すつもりかよ。それも、アヤの目の前で。」
「いや、ただ、ここだったら―。」
「ここだったらなんだ?」
霧降が言う。
「その、なんで青森ではなく、群馬に入り浸るのかって聞いていた。ここだったら、何の気無しに、言えるんじゃねえかって―。」
「それを、小岩は望んでいるのか?」
「―。俺、アヤに同じこと、されたもんでね。拉致されるわ、逆レイプされるわ、仕舞いには、足尾銅山でいろいろされるわ―。」
「あまり、言いたくないことだってあるんじゃねえのか?強引に聞いたところで、どうするつもりだ?」
霧降はどうやら、三条神流を止めに来たらしい。
三条神流も溜め息を吐いた。
「すまねえな。三条の奴、気になり始めると、止まらねえ事があるからな。」
霧降が詫びる。
「いっいえ。あの、三条さんの身に何かあったのですか?」
逆に小岩が聞いた。
「その―。今、松田さんに同じことをされたと、三条さん―。」
「弱ったな。」
霧降は頭を掻いたが、「話してもいいよ」と三条神流が言う。
「俺の事を話さないで、小岩の過去を根掘り葉掘り聞くのは無作法って物だ。」
「そうか。にしては、かなり強引に聞こうとしているように見えたんだがな。」
霧降は鼻で笑いながら言うと、三条神流の過去を話す。
「そうだったのですか―。」
と答える小岩剣。
「まっ、そういうことがあったんだよ三条には。」
と、霧降は言う。
「それで、お前の過去だが、無理に腹を割って話せとは言わんよ。話したかったらでいいさ。ただ、話したほうが楽になることもあるからな。」
と、霧降は言った後、松田彩香に「仲間に入れてやれよ。」と言う。
「あのさ、よかったらでいいんだけど、私のチームに入らない?体験入隊って形で。」
と、松田彩香は言う。
「チームって、連合艦隊は―。」
「連合艦隊はもう消滅しているんだよ。それで、今は、私が主体となって車好きの同好会のような事をやっているんだよ。車の車種は問わないし、小岩君の気晴らしになればって思ってね。」
松田彩香の誘いに、小岩剣は乗ることにした。どうせ群馬で生きるとなれば、群馬の土地勘や人脈形成の上で、何かと都合がいいと思ったからである。
売店の前に戻ると、ダークグリーンのN-ONEの姿を見つける。
「トワイライト・エクスプレスの登場だ。」
と、三条神流。
「見えねえか?」
「えっええ。確かに。」
小岩剣、頷く。
しかし、小岩剣は本家「トワイライト・エクスプレス」が通過する沿線にはいたのだが、肝心な「トワイライト・エクスプレス」が走っている姿を見た事はない。
理由として、「トワイライト・エクスプレス」が小岩剣のいた青森を通過する時間は未明の時間。その時間はいつも寝ていたからだ。なので、小岩剣が見た「トワイライト・エクスプレス」に関係する車両は、専用のカラーリングを纏うEF81のみ。それも、運用の都合から、「トワイライト・エクスプレス」では無く、「日本海」を牽引する姿だ。
なので、ダークグリーンのN-ONEが、自分の青いN-ONEと縦列駐車すると、青森から大阪に行く「日本海」に見えてしまった。
大きく溜め息を吐く小岩剣。
「本当は、加賀美咲って言う人さ。俺とアヤは、勝手にTRX呼ばわりしているだけ。」
と、三条神流は言った。
「えーっと。」
小岩剣、加賀美に挨拶しようにもビビる。
「トワイライト・エクスプレスは勝手にこの二人が呼んでいるだけよ。どっちの呼び方でもいいよ。どうせ、本名みんな知らないんだからさ。」
加賀美は笑う。
「瑞風先輩。」
と、小岩剣は加賀美を呼ぶ。
予想外の呼び方に、加賀美は驚く。
三条神流は、「瑞風」が何を示しているか分かった。本家「トワイライト・エクスプレス」が2015年に姿を消した後、二代目として生まれた、新型豪華寝台列車の名前である。
(いいよな。「TRX」は、姉さんの人生の列車だ。姉さんは、函館本線の急行「ニセコ」から名前を貰って、青森で育ち、大阪でバスガイドになって、彼氏作ってデキ婚。俺は、そんな物とは縁も無い。)
と、小岩剣は溜め息。
加賀美のN-ONEと、小岩剣のN-ONEを見比べると、カラーリングの他にも何ヶ所か異なる部分がある。
運転席を見ると、加賀美のN-ONEは、シフトノブの形状からCVT車と分かるが、内装には何かパイプのようなものが、籠か檻のように張り巡らされていた。
加賀美から、「レースに出るため」と、自分は何をどうカスタムしたかを言われるが、素人の小岩剣には宇宙人との会話だ。
まして、エンジンオイルの粘度とか、ミッションオイルとか、ロールバーとか言われたところで、何の話か分からない。
が、加賀美と宇宙人との会話になった事で、小岩剣は「自分は鉄道の事しか分からない。タクシー会社からも内定貰っているけど、車のこと分からなければ、入社後困るな。」と気付いた。
だが、それと同時に、「自分は群馬で石に齧りついても、無理矢理にでも生きるしか無い。でなければNEETになって、最後は死ぬ」と思ってしまった。
自分の青いN-ONEと縦列駐車する、ダークグリーンのN-ONE。
三条神流と松田彩香には「トワイライト・エクスプレス」と呼ばれるのだが、小岩剣に対しては、豪華寝台特急としての姿ではなく、現実を突きつける存在になってしまった。




