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再会の笛音

霧降要の働くカーショップ「マルシェ」に、三条神流のZD8型SUBARU BRZがオイル交換をするためやって来た。

昨年のレースデビュー以降、三条神流は走りに走った。

冬の間も可能な限りレースに参加し、昨年末には急遽だが、富士スピードウェイ でTOYOTA GAZOO Racing GR86/BRZ Cup 最終戦にスポット参戦もした。

三条神流はふと、自分のZD8型SUBARU BRZにJR貨物のEH200電気機関車のBlue Thunderのロゴを合成した写真を作り、それを霧降に見せた。

「はっはぁん。」

霧降は苦笑い。

「ホイールさ、赤のライン入ってるやつ入れた上で付ければいいかもな。ただ、ステッカーひとつのためにホイール変えるのは割に合わねえよ。でも、作って欲しいなら、作るよ。まっ、試してみる価値は、あるかもな。」

オイル交換なんて短時間で終わる。

三条神流がマルシェを出た。

それと入れ替わりに、霧降のスマホに連絡。

三条神流の相方である松田彩香かと思ったが違う。

だが、見覚えのある番号と名前。

「はい。霧降です。」

電話口の向こうから、微かな汽笛の音のような声が、掠れ掠れ聞こえてきた。

「おっお久しぶりです。霧降さんー。」

「小岩?小岩剣か?」

「はい。お久しぶりです。」

声を震わせながら、小岩剣は言う。

「なんだ懐かしいな!どうした!?」

「あのー。」


朝日が登る。

眠っていた町が、徐々に明るくなり始める。

午前5時30分頃。新潟を午前1時頃に出たEH200の貨物列車が、高崎の町にやって来る。

春になってもまだ、貨車と機関車には、コンテナの他に雪が載っていて、いかに上越国境の雪が深いかを物語っている。

つい20分前に、高崎線の始発は熱海を目指して高崎駅を後にしている。

この列車の後を追うように、高崎駅からは東京方面を目指し、高崎線の普通列車が発車していくが、新潟からの貨物列車は、高崎操車場でかなりの時間停車する。

機関車の交換と、多数の旅客列車で込み合う通勤時間帯を避けるための時間調整だ。

日が登ると、長い貨物列車が停る高崎操車場の周りの景色が見えてくる。

裾野は長し赤城山。

登る榛名のキャンプ村。

紅葉に映える妙義山。

上毛三山の姿だ。

気だるい朝。だが、徐々に高崎の町、県庁所在地の前橋、そして、群馬県の町が目覚め始める。

三条神流も目覚める。

前橋のタクシー会社で、朝の6時から夜中の1時までの隔日勤務を終えた明け番だ。

(昨日は、最後、前橋駅で終電逃した人を伊勢崎まで送った。青タンで6270円。まぁいい稼ぎだった。)

と、三条神流は思う。

今日は明け。明日は公休。

だから、今日は息抜きに遊びに行く。

同じ職場の幼馴染みと一緒に。

車移動が基本の群馬県。三条神流も、車を持っているが、今日はあちらが車を出す。

自分の車はSUBARUだが、あちらはTOYOTAだ。安定を求める者は群馬県に本社を置く、自動車メーカーSUBARUへ行く者が多い。

(東京へ出ても、安い賃金でこき使われて死ぬだけだ。)

と、三条神流は思う。

そして、TOYOTAの彼女も同じ考えだった。

噂の赤いTOYOTA GR86が見えた。

(いつ見ても、あいつの赤って、カッコいいな。)

と思う。

「おはようさん。って、昨日も会ったけどね。」

と、運転席の彼女、松田彩香。

「珍しいな。1台で行こうってのは。」

「たまには、ね?」

松田彩香。学生時代は、学年トップの成績を叩き出す程の秀才振りだったが、今はスポ車を乗り回す走り屋だ。鉄道マニアの大部隊にいたかつての面影はない。

群馬県民は派手な車が好きな者が多い。

ヤンキーならクラウン、セルシオ。

走り屋ならシルビア、RX‐7。

金の無い奴は、ワゴンRを下手に改造する。

(その改造費が有れば、中古で良い車買えるだろう。そういうのを、安物買いの銭失いってんだ。)

と、見るからに安い軽ワゴンを派手派手に装飾して居るのを見る度に、三条神流は思う。

「今日は白衣観音。観光資格取ったから、その練習。」

「あそ。それで、俺は客役?」

「そういうこと。えっと、これ今日の行程表。やるのは、高崎駅東口―白衣観音下車観光―少林山達磨寺―磯部温泉着の観光。」

「朝の食事時間は無し。午前8時30分高崎駅発。磯部温泉で終了。昼飯はその後。ふーん。OK。」

青く澄み渡った群馬の空。

烏川を渡る橋の上から見る観音山に、白衣大観音が群馬の空へと立っていた。

ここは上州群馬だ。


桶川駅から、高崎線の普通列車に乗る。

E231系のボックスシートに座ったと同時にドアが閉まる。母校の中学校を横目に、住み慣れた桶川の町を離れる。

小岩剣は、今の今までずっと、なんとなくで生きてきた。生きる世界、愛する人、みんな無くなった。だけど自殺するのも割に合わず。だから、とりあえずで生きてきた。

だが、それが出来るのは学生の間。来年からは、そうは行かない。嫌でも社会に出ることになる。

だが、そんな状態で就活したところで無駄だ。

このままではNEETだ。

(中学の時、学校で見たNEETを扱ったアニメで、路面電車の運転手を目指していたが、路面電車が無くなったため、夢無くしてNEETになったって人が出ててムカついた。だが、このままだと、それと同じだ。東京のタクシー運転手の内定はあるけど、俺のやりたい事じゃ無い。)

小岩剣、溜め息。

JR貨物を受けた伝手で紹介された、JR貨物の関連企業の書類選考やSPI、健康診断の結果、面接試験に進むことになった時に初めて、小岩剣はその企業のある場所が群馬県と知り、高校生の頃に群馬で自分の失くした記憶を取り戻すヒントをくれた、群馬帝国帝都防衛連合艦隊を思い出し、司令長官の霧降に連絡を取り、小岩剣は今、再び群馬へ向かっているのだ。

熊谷を過ぎて、籠原で前5両を切り離す。

上野東京ラインを経由し、東海道線内から遥々、高崎線までやって来た長距離普通列車は、神流川を渡り、いよいよ、上州群馬に足を踏み入れる。

(JRのやることは意味不明だ。やれ、長距離夜行列車は事故やトラブルでの運転抑止に伴う遅れが生じれば、他社関内での遅れがそのまま持ち込まれてしまうと言う事があるって言いながら、上野東京ラインを作って前橋―熱海間の長距離普通列車を作る。その結果、長距離夜行列車の遅れ問題のように、東海道線でのトラブルが、関係のない東北本線や高崎線、酷いと常磐線にまで波及することが多々ある。長距離夜行列車の廃止には車両の老朽化問題や高速交通網の発展で時代遅れってのもあるが、だったらサンライズエクスプレスのような成功例を元に、なんで安定した乗車率を誇っていた「北陸」を、新幹線開業前に廃止する。新幹線開業後なら解かるが。「あけぼの」だって「日本海」だって、サンライズのようにすれば、まだ生き残れただろうに。)

と、小岩剣不貞腐れる。

倉賀野駅に停車すると、今度、面接に行く企業の持つ、貨物引込線に入る貨物列車が止まっていた。そして、倉賀野を発車すると、それを牽引してきたらしき、新鶴見機関区所属のEF210がゆっくりと、高崎操車場の構内を走り、高崎機関区へ向かって行くのを追い抜いて、高崎機関区を通過した。ようやく、高崎駅に着く。

ホームに降りて周囲を見回す。

(なんだこりゃ。)

と、小岩は困惑する。

駅の構内は、最近流行りの「生滅!」とか言う漫画アニメとのコラボイベントのため、あちらこちらが小岩剣の知る物とは変わってしまっていたのだ。

今日はSLも運転されるので、かつての特急ホームに、C61‐20の姿があった他、南側の高崎車両センターからは、入換機関車の汽笛の音が聞こえる。

それを撮影するまばらな人の中に、見覚えのある人を見つけた。

「霧降さん!」

霧降要。

群馬を拠点に活動する鉄道マニアの大部隊、「群馬帝国帝都防衛連合艦隊」の指揮官の男。

霧降は「あれ?」っと言ったが、小岩剣のぎこちない陸軍式敬礼で苦笑いを浮かべながら、

「よく戻ってきた。群馬帝国へようこそ!」

と答えた。

入換機関車の推進で、12系客車が入線して来ると、それにC61-20が連結される。

「久しぶりだな。SLに乗るのは。」

と、霧降要。

12系客車に乗り込む。だが、その車内もまた、「生滅!」とのコラボイベントのために滅茶苦茶になっていて、小岩剣は困惑する。

4両編成の客車。前にはC61-20。後ろにEF65-501を連結したプッシュプル方式の列車。

前から3両目の客車に座る。

12系客車の発電機の音を突き破って、SLの汽笛が轟き、列車は発車した。

「就活と卒論のためって言ったな。」

と、霧降要。

「ええ。」

「何で群馬に?青森で無く?」

「ー。」

小岩剣、苦い顔をする。

「悪い。聞かんとこう。」

「なんとなく、ですね。」

「ー。なら、ちょうどいい奴が群馬に戻って来てんだよ。覚えているだろ?」

「まさかー。」

「そうだ。」

と、霧降要はとある者に連絡を取った。


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