群馬の現実・群馬の夜空
「あんなとんがっている三条も、松田を前にしたら、頭上がらねえんだから不思議なもんだ。三条がおっかないように見えるが、実際に一番おっかないのは松田で、三条がおっかなくなったのは、松田の影響さ。」
霧降が「ふん」と鼻を鳴らしながら言った。
「自分も、そんな相手がいたのですが―。」
小岩剣は思わずニセコの事を思い出したが、それは言えなかった。
ただ、
「他人に奪われてしまいました。いやぁ、虚しい物です。何年もかけて築いた関係も、ボタン一つで全て無に帰る。虚しい世界だ。」
と、溜め息交じりに言った。
霧降は「余計な詮索はしねえ」と言った上で、
「お前、群馬で就職決めたらしいな。」
と言う。
「まだ、本決まりではなく、悩んでいるのですが―。」
「何を悩むんだよ。倉賀野の貨物だろ?いい職業じゃねえか。遠慮すんな。」
「DE10の機関士。まあ、いいのかなと―。」
「DE10?いや、違うんじゃねえ?」
霧降が首をかしげた。
「えっだって、倉賀野貨物の入換機はDE10ですよ?あれ、もしかして、DE11が来るのか?HD300はJR貨物の機関車だし―。」
「いや、知らねえのか?DE10もさすがにボロボロだから、北関東ロジスティクスにも、新型のハイブリッド機であるHD300か、DD200が投入される事になっている。」
「―。」
「本当に、知らなかったらしいな。軽く、高崎機関区見てみるか。」
と、一回り、ぐんま車両センターの方へ行く。
東三条通りの、高崎線との陸橋の側道から、ぐんま車両センターの方へ行く。
横目で八高線のキハ110が止まっている場所を見る。
そして、奥まったところ、DE10とDD51が止まっている場所に差し掛かると、そこにはDD51やDE10の姿は少なく、変わりに見掛けない車両が多数いた。
「見ろよ。」
と、霧降。
「予定よりも早く、新潟から来たか。あれが何か分かるか?」
「いいえ。」
「あれは、GV-E197系気動車。」
「気動車?2両編成ですから、八高線の辺りに投入予定で?」
「ああ。だが、よく見てみろ。」
小岩剣は違和感に気づいた。気動車なのに、窓が少ない。
「あれは事業用車ですね。検測車か何かで?」
と、小岩が言う。しかし、霧降は首を横に降る。
「じゃあ、どういう用途で。」
「解らねえのかよ。」
「まさか―。」
今まさに、DD51‐842がエンジンを止めた。
高崎に残る僅かなDD51の1両だ。
「ああ。今、DD51やDE10。そして、EF64やEF65がやっている事業列車の牽引を行うための、機関車を置き換えるために投入されることになっている車両だ。」
「―。」
「高崎には、特徴的な機関車が多数居るからな。だが、JRとしては、国鉄なんて黒歴史ってね。新幹線や新型車両の方が人気だろうから、昔の車両はポンポン潰してしまえってんだよ。」
「―。あの、SLは―。」
「生滅のコラボを見ただろ?」
「―。」
「SLだって、引退に追い込まれるだろう。せっかく群馬で暮らそうかと思った矢先なんだがな、ピックアップ用機関車がなければ、特に、横川行きのSLは走れなくなる。水上行きも、何かあっても助けに行けない。客車を使用したイベント列車も、アレが引っ張ることになる。SLもお払い箱だ。」
小岩剣は目の前が真っ暗になった。
赤城山南麓地区を駆け抜け、国道122号のワインディングエリアを走る、紅い稲妻と青い稲妻。
(俺、アヤの順序になり、後ろにシルバーの車が続いたら、上越回りのカシオペア紀行だなぁ。この編成は、AT入場だ。)
と三条神流、思う。
三条神流の携帯に連絡が入る。
「ほう。」
と、三条神流は言った。
(小岩も、群馬の現実を見ちまったのか。)
三条神流は前を走る赤いGR86に向かってパッシング。
「えっと、発光信号でっと。」
連合艦隊時代に使った発光信号を車のヘッドライトで行う。
「草木ニ一時停止ヲ求ム」
「了解」
と、やりつつ三条神流。
(小岩が今後の群馬の状況知ったからって何になるんだ?115が先日引退したって、だから何?だし俺。)
と思う。
とりあえずは草木へ一旦停車する。
「小岩が群馬の現実を知ったらしい。霧降め。余計なことを。」
三条神流は吐き捨てる。
「それだけ?トイレ済ませてさっさと行くよ。」
松田彩香は舌打ちする。
くだらないことで、手を煩わせるなと言うことだ。
それは最もだろう。
草木ドライブインを出発し、足尾銅山の町に入り、足尾本山駅跡から舟石峠駐車場まで行く林道を登り、舟石峠駐車場に入る。
「あーあっ。こういう道は、カンナの方が得意だよね。」
と、松田彩香。
草木で三条神流を前に出したが、松田彩香は目の前で、ラリーのように駆け抜ける三条神流のZD8型BRZに目を奪われていた。
BRZとGR86を並べ、星空を背景に写真を撮る。
「よし。赤と青のクロスロードっと。」
松田彩香がニヤリと笑った。
「なあ。お前、俺が群馬に逃げ帰って来て、最初に何を思った。」
と、三条神流。
「正直言うと、嬉しく思った。」
「お前とこうしていることもか?」
「同情でこうしているのではない。それは、カンナだって分かるっしょ?」
「俺はただ、群馬に戻ってきて、群馬に教えてもらったから。」
「何を?」
三条神流は一枚の札を出した。
上毛かるたの「つる舞う形の群馬県」の札。
「群馬で育った者は、ココロノツバサを持っているって。」
「ほほう。それで、ココロノツバサが私とこうしていろって命じるから、私とこうしていると?」
首を横に振る三条神流。
「解らねえ。が、お前と一緒にいると安心するから。」
「欠けた心を埋める道具って事か。いいわよ。それでも、私はね。でもね。私を弄ぶのは止めてよね。」
「弄ばれた俺が、同じ群馬で育った同胞にそんなことするか。それは、群馬に対する裏切りだ。」
「群馬に戻ってきたカンナを連れて、栃木県のここに来て、何発も殴って、何発も蹴って、夜が明けるまで、私の気が済むまで、目茶苦茶レイプしたのが懐かしい。もし、長野に行かなかったら、私とこうしている時間、増えていたかもね。」
三条神流、それに咳き込んだ。




