つるぎ
それからまた数週間の間、小岩剣を特に高崎付近で見かけたと言う声が聞かれた。
今日は、連合艦隊時代のメンバーを集めて夕食会。三条神流も松田彩香に言われて参加する。
三条神流は今、一人、からっ風街道を駆け抜ける。
(幼い見た目や、群馬県議員の父、軍属の祖先、戦国武将の先祖、そうなるとだ、何をやってもとばっちり喰らって痛い目にばかり合わされた。そんな奴らは何度払っても寄ってくる。ハエやゴキブリのようにね。また、とばっちり喰らって、バカにされ、バカと同列にされた。だから周りの奴らから距離を置いていた。自分に壁を作った。誰も入ってこられない壁をね。そして、そんな俺を皆こう言った。「サイボーグ」って。アヤだけは壁を破って来たが。)
ZD8型BRZは、からっ風街道を風のように走る。車内には、オルゴールのような音楽。三条神流と松田彩香のハマっていたエロゲのBGMだ。
(アヤが鳥羽莉なら、俺は涼月だ。涼月が永遠を求めるあまり、生理やら成長やらを止めて、人形に思いこがれたように、俺はー。バカと同列にされて、バカと同じなら、「サイボーグ」でいいと思った途端。皮肉なことに身体が成長を初めてしまった。どんどん変化していく身体を止めようとした。でも止まらない。そして、そんな自分の身体を嫌いになってしまった。どうにかして体型維持のために、食事制限をしたり、サバゲーをしたり、運動をしたり。中年脂肪が付くのが嫌だから、脂肪を減らす効果のある緑茶をがぶ飲みして、腹を下す。でも、止まらない。そんな俺を嘲笑うような「カロリーゼロ理論」が流行り出して、それにキレた。俺のことを馬鹿にしているのか!って。そして、ずっと変わらぬ姿のアニメのキャラ、観音様、人形に恋い焦がれ、神社の境内なんかで一人になると、そのまま、何もない永遠がある天上の世界へ吸い込まれてしまいたいなんて思うようになった。バカだよな俺。その結果、安曇野で同じ考えの元カノと知り合って、だから余計に惚れ込んでしまった。でも、鬱になって群馬に逃げ出して、それで自分は人間なんだって実感した。)
三条神流は、からっ風街道から脇道へ入る。
どこまでも広がる関東平野の彼方に、埼玉県の山々。
赤城高原の標高の高い場所から脇道を、前橋方面へ降りていくと、関東平野へ向かって飛んで行くように感じる。
風車のある公園が付随している道の駅が見えて来た。グリーンフラワー牧場と言うらしい。
風車の袂の駐車場に、赤いロードスターがいる。松田彩香だ。
風車の周りを歩くと、松田彩香が少し離れた東屋で紅茶を飲んでいた。
それを見た途端、三条神流は自分でも何か分からぬ感情が芽生えた。
「からっ風は気持ちよかった?」
と、松田彩香が微笑みながら、三条神流の分の紅茶を注ぐ。
「アヤ、お前はー、俺が機関士をしているSLの車掌、または、補機の機関士にー。」
「ー。」
松田彩香、項垂れた。
「私は、カンナが滅茶苦茶になって、あの人に惚れ込んで、それでカンナが幸せならー。」
「違う。俺はー」
三条神流、何が言いたいかわからない。
「カンナ。私、タクシー運転手なんてね。私は、カンナが戻って欲しいって願ったのよ。カンナが聞いたら、バカかって言う。私もバカになった。赤城山で、赤城姫に会って、願ったのよ。」
「ー。すまなかった。アヤ。」
「何が?私はー。」
三条神流、目を泳がせる。
松田彩香も、言葉が出てこないらしい。
三条神流、ストレートで紅茶を飲む。
時計を見て、「あっそろそろか。」と松田彩香が言う。
(アヤ、すまない。俺のせいで、どんな苦しい思いをしたんだ。アヤ。俺のバカに、アヤを巻き込んでしまった。俺がアヤと一緒に居るのは、アヤに対してやっちまった事への贖罪だ。本当に、申し訳ない)
三条神流は、松田彩香の背中を見ながら思う。
霧降要の青いZC6型BRZ STI Sportが、高崎の群馬音楽センター付近を走る。
先程まで、白衣観音付近の山道をBRZで攻め込んでいた。
(あれ?)と思う霧降。
歩道を歩く、小岩剣を見つけた。
「プップーッ!」とクラクションを鳴らすと、小岩剣が振り向いた。
霧降要、車外に出る。
「よっ!」
「ああ、霧降さん!」
「何してんだ?」
「卒論、書いてました。おかげさまで、大分捗りました。」
小岩剣、なんとか笑顔。だが、見事に小岩剣の腹が鳴った。
「飯、食ってねえのか?」
霧降が心配する。
「いや、昼は、一応はファミレスで一品物を―。」
「―。帰りの電車は?」
「まだ、決めてません。」
「そうか。なら、晩飯行くか?奢ってやる。」
「えっでも―。」
小岩剣は遠慮するが、
「遠慮するなって。」
と、半ば強引に誘う。
高崎問屋町のばりきやで、連合艦隊時代のメンバーでラーメン会。三条神流と松田彩香も、霧降要に遅れること数分後、紺色のZD8型BRZ Rと、紅いGR86でやって来た。
「あれっ?」
三条神流が小岩剣を見つけて言う。
「どっどうも―。」
小岩剣がぎこちない挨拶をした。
「久しぶりに連合艦隊の面子で集まれる奴を集めて、一緒にラーメン喰おうって言うから、出てきたが、まさか、小岩が居るとは驚いた。」
「卒論のため、高崎市立図書館に篭っていて、ちょうど帰ろうかと思ったところで、霧降さんに一緒にどうだと言われまして。」
小岩剣は相変わらず、三条神流に対して緊張しながら話す。
「いや、シンフォニーロードを死にそうな面して歩いてやがって、「昼飯にロクなもん食ってねえ」って言うから、俺が奢ってやるって誘ったんだよ。」
霧降が言う。
三条神流の隣りに松田彩香が座り、向かいに小岩剣が座る。
「卒論は何書いているの?」
と、松田彩香。
「えっと、上信電鉄を事例に、地方鉄道の現状と課題についてです。」
「そう。上手くいってる?」
「はい。おかげさまで、まもなく書き終わりそうです。」
頼んだ物が運ばれてきた。
三条神流は物も言わずにさっさと食べ始める。
食べながら、霧降が小岩剣を拾った状況を推察する。
(死にそうな顔して歩いていただと?でも、見たところ卒論やりに群馬へ来たのは嘘ではない。が、なんで群馬なんだ?埼玉や青森なら分かるが。そもそも、こいつは夜行列車専門。地方鉄道の現状と課題って、畑違いじゃねえのか?ますます分からねえ。確かに群馬は、上毛電気鉄道や上信電鉄もあるが、地方鉄道の現状と課題なら、埼玉の秩父鉄道だっていいし、秩父鉄道の方がやりやすいだろ。しかも、貨物輸送もしているって、他の鉄道とは違う面だってー)
「あの―。」
小岩剣が聞くので慌てる三条神流は、ぶっきらぼうに、
「なんだ?」
と聞く。
「群馬では、SUBARU車が人気なのですか?」
「いや、そんなこと無い。まあ、群馬はSUBARUのお膝元ではあるんだが、偶然そう見えているだけだよ。」
(なんで車の話?)
と思う三条神流。
「まっ群馬は車無いと生活できねえような場所だからな。おまけに、派手な車が好きな奴が多い。ヤンキーならクラウン、セルシオ。走り屋ならシルビア、RX‐7。金の無い奴は、ワゴンRを下手に改造するのさ。」
「電車を利用することは?」
「俺は無い。」
バッサリ切り捨てる三条神流。
「車移動が基本だからな。群馬なんて。」
「車社会よ群馬は本当に。」
松田彩香も付け足す。
食べ終えると、三条神流と松田彩香はさっさとBRZとGR86に乗る。
「俺は今夜、アヤとデート。って言っても、わたらせ渓谷沿いから足尾銅山まで走るだけなんだけどね。」
と、三条神流は言うと、松田彩香に続いて店を出て行った。