草木ドライブイン
三条神流と松田彩香は、富士見のラブホから出発し、赤城道路を経由して赤城山の南麓、からっ風街道を走る。
三条神流の横目に、東急5000系電車通称「青蛙」と東急デハ3499の姿が写る。
これは保存会の手により、この地に保存されることになった車両だ。
このうち、「青蛙」はなんと、三条神流がかつて就職していたアルピコ交通で保存されていたものだったのだが、三条神流が諸事情により、アルピコ交通を辞めて群馬に帰って来たのとほとんど同じ時に、保存されていたアルピコ交通新島々線の新村駅から搬出され、この地にやって来たのだ。
(まっあんな陰湿な地で、ボロボロのサビサビにされていくのなら、この、鶴舞う地で希望を持って余生を送って欲しい。まあ、新村駅と違って、アクセス悪いから、誰かに見てもらえるかはちょっとなって思うが、群馬には、長野に無い、いや、全国どこ探してもここにしかない物がある。小岩剣の言っていた物を、俺達群馬県民は、群馬に生まれた時から持っている。だから、希望を持って余生を送れよ。)
と、ミラー越しに遠ざかる「青蛙」を見ながら思う。
からっ風街道は、赤城山の南麓地区に広がる赤城高原の標高の高い場所を東西に走る。
なので、南を見ると、関東平野の大パノラマが広がっている。
視界を遮る物が無いので、夏の今の時期は難しいのだが、冬になると、肉眼で熊谷市のセメント工場の煙突、桶川市のビュータワーまで見えるし、夜、双眼鏡を使うと、東京スカイツリーまで見える事がある。
からっ風街道を走り、大間々の町に入ると、ガソリンスタンドで給油し、そのまま、スタンド裏の砂利の駐車場に車を停める。
朝食兼、昼食だ。
近年オープンした、アニオタの店主が始めたラーメン屋で、開店前から行列が出来る人気店である。
「開店一番乗りは確保したね。でも―。」
と、松田彩香が言う。何せ、数分後には別の客が並び始め、開店時間には10人程が並んでいた。
ラーメンを食べ終えて店を出る時にも10人近く並んでいる。
そして、その中に、顔なじみの車好きの姿もあった。
「先に草木に行きます。」
と告げ、三条神流と松田彩香は国道122号に進路を取り、わたらせ渓谷鉄道に沿って走る。
銅街道と呼ばれる国道122号は、大間々の町を抜けると渡良瀬渓谷に沿うワインディングロードになる。
神戸駅方面への脇道に入り、一度、渡良瀬川の対岸に渡ると、草木ダムのダム湖畔の交通量の少ない道へ入り、ここを軽く攻め、草木ダムのダム湖を渡り、国道122号に戻ると、国道沿いの道の駅「草木ドライブイン」に入る。
ここは、車好きに対してはオープンで、空いている時ならば無料でオフ会区画を貸し出してくれる程だ。
かなりの時間、一緒にいるだけに、三条神流か松田彩香どちらかが欠けていると違和感がある。
しかし、そう言いながら、まだ、キスもしたこと無いのだから不思議なものだ。
(まっ周りの奴らはもうとっくの昔にしたと思ってんだろうな。)
と、三条神流はニヤニヤしながら思う。
「よもぎまんじゅう買ったよ。みんな来たら分け合うだけ買ったから。」
と、松田彩香が言う。
「ほーいっ。」
三条神流が答えた時、改めて小岩剣が連絡してきた。
屋外に出て応える。
「先程は失礼致しました。」
と、小岩剣は相変わらず三条神流に対して腰がかなり低い。
(元カノの両親相手でも、俺はこんな腰は低く無かったな。)
と、三条神流は思いながら、
「わざわざ内定の報告を入れるとは、どういう風の吹き回しだ?」
と聞く。
「えっと―。その、なんて言えば言いか―。群馬ってどんなところかって、群馬に行けば、なんとかなるかと―。」
「何を言ってんだか解らねえが―。」
ドライブインに、赤いS660と白いS660が入ってきたのを横目にやり取りする。
「自分の、生まれ故郷も、何もかも、無くしてしまって、どうすればいいのか解らなくて。でも、群馬に行けば、何とかなるかと思って、こんなことを―。」
「お前、生まれ故郷の他に、何かデカイ物を無くしたんじゃねえのか?また記憶か?」
「いえ。ただ―。」
「ただ?」
「無駄になりました。思い出した事が。」
「そりゃ、故郷があんな事になったんだからな。」
「―。俺、一度、青森に帰ろうかと思うのです。」
「何の為に?」
「解りません。ただ、ココロノツバサというものがあるのだったら、群馬ではなく、青森でなんとかしてくれると、私は信じています。」
「お前、本当に、何があったんだ?」
だが、最後の最後まで、小岩剣は何があったのかを言わなかった。
電話を終えた。
「なんだよあいつ?意味分かんねえ。」
と、三条神流は舌打ちした。




