内定報告
またも、小岩剣は群馬にやって来た。
今回は、卒業論文作成のための資料収集と取材のためだ。
小岩剣の卒業論文のテーマは「地方鉄道の現状と課題」。
扱う路線として、上信電鉄を事例にしていた。
(本当は、夜行列車の現状と課題って題でやりたくっても、夜行列車が「サンライズエクスプレス」以外に無い今、こうなってしまった。)
と、小岩は溜め息をつく。
高崎駅前の上信電鉄本社にて、卒論に必要な資料を貰い、午後は、高崎駅で利用者にアンケート調査を実施。
夜8時までそれを行って、駅前のファミレスの安い軽食で夕食を済ませ、高崎駅から徒歩で15分程度のゲストハウスに行き、寝台列車を彷彿させるドミトリー部屋で布団に包まりながら、資料を整理しつつ、ノートパソコンで資料を元に、卒論を書いていく。
深夜0時頃、小岩剣はこの日の作業を終えて就寝。
翌日は、下仁田駅まで行き、下仁田駅で駅員に取材。
梅雨がまもなく明けそうな初夏の兆しの中、利用者にアンケート調査。
昼飯を食べる時、おすすめの店は無いかと、取材しながら駅員に聞いて、テレビドラマにも登場した他、地元出身のタレントや有名人がお忍びで来店すると言う中華屋に行き、これまたおすすめと聞いたタンメンと餃子を注文。
注文を受けてから皮に包む餃子に、太麺で具は野菜と肉少なめというシンプルisベストというタンメンは、確かに絶品。
(美味しい。特別、バカみたいに「美味い!美味い!」って言いながら食うのではなく、素朴な美味しさのタンメンと餃子。東京では少なくなったように感じる。タンメン+〇〇って感じで、目茶苦茶な物作ってばかりだ。)
と、小岩剣は思う。
昼食後、また調査継続。
そして、夕方までそれを行った後、上信電鉄で高崎に戻って一泊。
何かを手にしようとしていたのだが、何を手にしたかったのか解らず、卒論の調査をし、車内の写真は撮ったが、疲れて、車内でダウン。翌日は、上州富岡駅での調査だ。
高崎に戻り、また、ファミレスで安い軽食で夕食。そして、ゲストハウスで、夜中まで、資料をまとめながら、卒論を執筆。
そして、また翌日。
上州富岡駅で前日と同じように、調査を行って、夕暮れ時、高崎駅に戻ってきた。
今日、高崎から帰る。
とりあえずは、卒論はなんとかなる。
だが、卒論の先、社会人になってどうなるのか、未だ分からない。
(俺、東京でタクシードライバーになって、何になるんだ?そんな仕事するのが、俺なのかな。好きでもない東京で、興味も無い、畑違いのタクシードライバーなんかやって、どうなるんだよ。)
と、思いながら、客待ちしているタクシーを見ていたら、ドライバーと目が合ってしまった。
慌てて視線を反らそうとして気付いた。
そのタクシーに乗っていたのは、三条神流だったと。
「あっ―。」
声をかけようとしたのだが、一歩遅く、三条神流のタクシーに客が乗り、三条神流は高崎駅を出て行ってしまった。
(三条さん、タクシーの運転手になったんだ。)
と、小岩剣は思いながら、高崎駅の改札を抜けた。
久々の列車旅で、三条神流は自分の行為を最低だと思った。
しかしながら、小岩剣の身を案じる思いに、偽りは無い。
小岩剣はその後も、群馬にやって来ているらしく、昨日も、上信電鉄の本社に行く姿を、元連合艦隊副司令の望月が見たと言う。
今、三条神流は仕事で高崎駅まで行く旅客を乗せたら、タクシープールのタクシーがガラガラなので、タクシー協会の誘導員に緊急措置として、本来なら前橋のタクシーが入れない高崎駅のタクシープールへ入るように誘導された。
黒いクラウン・スーパーデラックス。
これが、三条神流のタクシーだ。
関越交通のバスを見上げると、三条神流は溜め息。
やはり、まだバスへの未練があるのだろう。
ふと、改札口の方を見ると、歩行者と目が合った。慌てて視線を反らそうとして気付いた。相手は小岩剣だと。
声を掛けようかと思ったが、そこに旅客が乗るので対応する。
向かったのは群馬音楽センター。
短距離の客だった。
三条神流は1000円程度の営収を得ると、そのまま無線配車を受け、高崎総合医療センターから前橋の群馬県庁に行き、3000程度の営収。
「メシにしよう。遅くなったけど。」
と、利根川を渡って、石倉の「シャンゴ」に入り、シャンゴ風パスタを注文。
自分から、小岩剣に声をかけて、金は要らないから、夕飯食いに行こうって言えばよかったかなと思いながら平らげ、その後、車内で仮眠を取り、青タンの時間に数回短距離の旅客を乗せ、最後は前橋駅から榛東まで行く旅客を乗せて勤務終了だ。
5万円強の総営収。
一足先に勤務を終えていた松田彩香が、首を長くして待っていた。
「行く?明け公でしょ?」
「行く。赤城山。」
「んで、4時頃から8時か9時までラブホで仮眠して、城ヶ崎でラーメン食って、草木。」
「しれぇーっとラブホって言うなよ。」
松田彩香のロードスターND5RCが先行で、赤城山へ向かう。
県道4号線。通称、赤城道路のヒルクライムだ。
松田彩香のGR86はグリップがメイン。三条神流のZD8型BRZはドリフトもするのだが、最近はドリフトをあまり好き好んでやらず、グリップで、峠道を攻めるか、気持ちよくドライブするのがメインだ。
(ドリフトなんかやったら、タイヤが無駄に減るし、路面汚れる。おまけにうるせえ。)
と、三条神流は思うのだが、これには、タイヤの価格が高いと言う要因の他、タイヤスモークやタイヤのカスによる環境汚染の防止と言う物もある。
赤城山山頂に登ると、一旦休息。
「今夜は星キレイね。」
と、松田が言う。
「ああ。あっそうだ。今日、小岩に会ったよ。」
三条神流が思い出す。
「どこで?」
「高崎駅でね。なんか、死にそうな面してたよ。」
「そう。」
「気分転換に、体験入隊させるか?赤城サンダーバーズに。」
「それは楽しそうね。車、買っていたらの話だけど。」
と、松田彩香は笑った。
赤城サンダーバーズ。
鉄道マニアから走り屋に転向した、松田彩香が立ち上げた車好きの同好会であった「赤城レッドサンダー」に、三条神流が「赤城ブルーサンダー」を名乗って入った事で形成された、走り屋のチームだ。
メンバーは、旧連合艦隊の者も居るのだが、ほとんどは、単独で走っていた車好きの寄せ集めだ。
だから、集まる日も、土日が主体である。
ちなみに日付けが変わって、今日は土曜。なので、明日は昼食時か草木ドライブインで、メンバーが集まる予定だ。
集まった後、草木ダムのダム湖を一周走って流れ解散。
時折、赤城山の峠を集団で走る事もあるのだが、マイペース重視のチームなのでユルユルだが、これでもモータースポーツに参戦する程の戦力を持っている。
チーム名がなぜ「サンダーバーズ」なのか、これには小岩剣の影響がある。
赤城道路を何往復かし、麓に降りると、予定より30分程早いが、ラブホに二人で入り、シャワーを浴びて、そのままダブルベッドへ二人で潜り込み、翌朝8時頃、小岩剣からの電話でお互い目が覚めた。
「うぃっ?」
「あっおはようございます。小岩です。」
「ああ小岩か。昨日はすまなかったな。見かけたんだけど―。」
互い、肌着で寝ていた松田彩香と三条神流。
三条神流の上に松田彩香が乗っかる形であったが、三条神流は小岩剣の電話に出ていた。
「いえ。こちらこそ、何も言わず、申し訳ございません。それで、今日、お電話させていただいた件なのですが、えっと、倉賀野の北関東ロジスティクスってご存知でしょうか?」
「ああ。JR貨物のグループ企業だ。倉賀野貨物ターミナルの入換や荷役をメインにやっているんだが、それがどうした?」
小岩剣は、三条神流が松田彩香と下着姿で同衾状態とは知らず、
「実は、内定を頂いたのです。」
と言った。
「ホントかっ!?痛っ!」
三条神流が驚いて飛び起きようとして、松田彩香の額に自分の額が激突して悶絶する。
「あの?」
「あっああ失礼。ちょっと、ビビって頭ぶつけた。そりゃ、おめでとう!」
「昨夜、連絡を貰いまして、それで、東京都内の企業の内定を全部蹴って、北関東ロジスティクスへと考えております。」
「そうか。そうなったら、群馬に移住することになるだろう。」
「はい。その際は、また、お世話になります。よろしくお願いします。」
と、小岩剣が言った時、松田彩香が三条神流の頬をつついて「代われ」と言う。
「もし?」
「あっえっと、松田さんで?」
「ええ。おめでとう!群馬で待ってるよ。」
「あっいや、その、報告のために連絡したので、まだ決めたというのでは―。」
「迷うことないよ。鉄道関連企業で、しかも、群馬でしょ?」
「ええ。」
「どういう理由で受けたのか知らないけどさ、群馬に来たいってんなら、歓迎するよ。まぁ、確かに、私は彼氏持ちだし、今も―」
松田彩香がそう言って初めて、小岩剣は「あっ!」と慌てふためく。
「あっあぁ、取り込み中でしたか。申し訳ございません!その、また時を改めます!取り込み中失礼しました!」
と、慌てて電話を切ったので、松田彩香は「ニシシ」と笑った。
「あいつ初心だぜきっと。」
「別に切らせなくったって―。」
「私と一緒に寝ている状態で、何の話をしようってんの?」
「えっと―。」