青を見上げる日常
荷物は戻ってきた。鎌ではなかったことがいつまでも引っ掛かる、ただこの鞄はどうも自分のものらしい。
警察官との話も終わり僕は誘導されるまま事件現場を離れた。
全て打ち明けた、当然自分が死神であることを隠しながら。
あの時間どこにいたか、何をしていたのか。
この手のことを説明すれば全て解るのだが面倒なことになりそうだったので避けた。現場を振り返ると集まっていた人々が興味を無くしたのか少しずつ各々の帰るべき場所に向けて歩き始めていた。
僕は彼女が買い物からの帰宅途中であることを願いながらあのマンションに向かった。結果的にすれ違うことさえできなかった。
「ちょっと、鍵鍵。」
階段の手摺に手を掛けた瞬間、恐らく大家であろう人物の声が聞こえた。
鍵を受け取るという行動でさえ疲れを感じる程この姿になってから時間が経過しているらしい。この鍵の部屋がある階層は二階だった。
大家に小さく礼し、改めて階段に向かった。
謎が多く濃い一日だったと思った。周りから生きた人間の視線を受けたのは初めてだった。当然話したことも。
明日何が起こるのか、1人になるとこんなにも不安になった。
鍵に彫られた番号の部屋をただ探した。
普通なら変に思われても不思議ではない程必死に。
鍵を色々なパターンで解錠しようとする。マンション特有の蛍光灯の不安定な灯りと、偶然にも自分以外の人間が誰1人としていないこの階層が与える不気味さで手元が狂う。
やっとの想いで鍵を開けることができた。すぐさま玄関に飛び込み、照明のあるであろうリビングに向けて駆け出そうとしたその時、廊下との段差に気付かず大きな音を立て倒れてしまった。
忘れかけていた怪我も痛みが全て思い出させてくれた。
恐怖と痛み、大抵の死神にはないであろう2つが人間になれば揃ってしまうこと、僕は今それを理解した。もう移動できない、したくない掌以外にも痛みを感じながら仰向けに体制を変え深く呼吸した。
ゆっくりと瞼を閉じて意識を切り離した。
姿はどうあれ状況が異なろうと、この暗闇は落ち着く。力が抜けていく。
その後どれだけの時間が経ったろう、背中が猛烈に痛い。
まばらながら扉の外を通っていく人の足音や鳥の鳴き声が聞こえる。
足音が過ぎるのを待ち、外に出る。
眩しい、外はすっかり朝になっていた。僕は生まれて初めて頭上の青を見上げた、この瞬間新たな日常の始まりを感じた。