息抜きでする話題ではなかった
思いついて書きなぐった。
「殿下。とある物語があるんですけど」
いつもは無駄な事を一切言わない側近が思い出したかのように息抜きとばかりに口を開いた。
「何だ?」
「珍しいな~」
「テオドール様がそんな話題をなさるなんて」
他の側近候補の者たちも同じようにいつもなら無駄口を叩かないと注意する堅物メガネの話に耳を傾ける。
「それは衆道の物語なのでそういうのを興味ない殿下たちは目を通さないと思いますが、とある国の第一王子の元に一人の少年が学園に転校してきます」
「衆道って……」
「へぇ~。転校と言う事はよほど優秀な人材で貴族に目を掛けられたんだな~」
衆道という言葉に苦手意識があったのか騎士団長の息子であるヴァルドが舌を出すのと同時に転入自体珍しいのでそういう場合は他国からの交換留学生か貴族の隠し子だと発覚した場合か庶民でも優秀で貴族が養子に迎える形だと知っている宰相の息子のキルヒアイスが口を挟む。
「最初は学園生活に慣れない少年を転入してきたと言う事で注目してきた生徒達だが、その中にたまたま第一王子が交ざっていて、少年の行動が新鮮味を帯びて、なぜか少年は自分と自分の側近の近くによく現れてその度に何らかの小さな事件が起きていて第一王子たちは巻き込まれるんだ」
「妙ですわね」
扇子を口元に持っていき、疑問というか疑心を抱くのは婚約者のマリエッタ。
相変わらずその仕草一つ一つ綺麗だなと見とれてしまうが、マリエッタの言葉を聞き洩らしてはいけないと慌てて気持ちを引き締め。
「マリエッタ?」
どうしたのと尋ねてみる。マリエッタは厳しい顔立ちで、その表情もいいなと思っていると。
「第一王子の傍によく現れて、その都度何かトラブルが起きる……本来ならそれに巻き込まれないように側近たちが第一王子から離れるように手を回すか。その少年が怪しいと警戒するはずです」
「それって……わざと事件を起こしているってことですよねっ⁉」
マリエッタの言葉に優秀なので貴族の養子に入ったオリヴァーが続く。
「真偽のほどはどうなのか分からないけど、そうやって何度も事件に巻き込まれるうちに王子と少年の間に繋がりが生まれるんだ。で、それに嫉妬した第一王子の婚約者がその少年に嫌がらせを行う」
「まっ!!」
「嫉妬……」
マリエッタの信じられないと言う声に、そんな怪しさ満載の少年と繋がりは生まれたくないなと顔を歪める。まあ、マリエッタに嫉妬はされたいけど、誤解をされるのはもっと嫌だなと考えを改める。
「で、その嫌がらせに健気に耐える様を見て愛が生まれて、そこから婚約者を断罪」
「断罪……悪いのはその第一王子だろうに……」
つい言葉を漏らすと。
「そう思いますよね」
とずっと物語を話していた堅物メガネ――テオドールがみんなに視線を向ける。
「で、最後第一王子は王位争いをし続けていた第二王子に王太子の座を譲るという宣言をして、争いあっていた兄弟は争いを止めて、実は第一王子はずっと毒を盛られていたのがピタッと終わる。第一王子はそれを知って、少年が幸福の使いだと伝えて物語は終了します」
「なんだそれは?」
「おかしいだろう!!」
「確かに男同士の間に子供が出来ないから玉座を譲るのは理に適っているが!!」
側近たちが次々に反論するのを聞いて。
「――ねえ、テオドール様」
ぱちんっ
扇子を鳴らしてマリエッタが周りを黙らせる。
「その少年は本当に殿下にとって幸福の使いなのかしら?」
今の今まで第一王子と言っていたのに殿下と言い直すさまに何か感じ取るモノがあったのか皆も黙って返答を待つ。
「察しがよいですね」
テオドールはそっと近づくように手招きをして、
「裏の設定があるのですが、その少年は第一王子から王位を遠ざけたいとある一派が送り込んだ刺客で、第一王子は婚約者の公爵令嬢が後ろにいるからこそ王太子候補に名が挙がっていたのです」
「………じゃあ、婚約者は嵌められた可能性もあって、冤罪という事も」
「まあ、そこらへんはぼかしてありましたが」
テオドールの言葉にもしそれが自分だったらと考える。
自分がマリエッタを蔑ろにして他の者に現を抜かすとは思えないが……うん。マリエッタと婚約した時有頂天になって踊ったのは恥ずかしいから言えないけど。
でも、こうやって聞かされると不思議と重なる事がある。
自分は第一王子で側室の子供だ。元は王妃の侍女をしていた母だったが、王妃が子供を流産して産めないかもしれないと医師に申告されたから側室になった経緯があるのだが、その後の治療がよかったのか王妃は無事妊娠、第二王子を出産したのだ。
で、その頃にはすでに王太子教育をしていた自分は王妃に存在を脅かされて、毒を盛られる事が多くなったので急遽公爵令嬢のマリエッタと婚約して、マリエッタの実家の支援を受けて安全を維持しているのだ。
ちなみに王太子教育は弟が生まれた時点で中断して、どちらが王に相応しいか見定められている途中だ。そんな状況でこの物語のような事が起きたら………。
身震いがした。
そんな都合のいい結果になるわけないだろうになんてご都合主義な話なんだ。
……第一、今も毒を盛られているがマリエッタの家が派遣してくれた従者達のおかげで助かっているし、側近もマリエッタの家の派閥だ。
「その物語の第一王子は婚約者の恩を仇で返しているのだな。私ならそんな事をしないのに」
「殿下……」
マリエッタの嬉しそうな視線を受けて、こちらが嬉しくなってしまう。
「まあ、そこらへんは所詮物語ですけどね。いい教材だと思いませんか?」
テオドールの言葉に。
「確かに、そんな手段で動かれてもこの教材があれば対策はとれるな」
「そうですね。そんなあからさまなハニートラップは避けるように動けるし」
「もし、そんな怪しい人材が近づいたら裏で調べようと思えるしな」
側近達の言葉にそこまで自分とマリエッタを大事に思ってくれるのだなと嬉しく思う。
「まあ、いくらなんでも」
にやにや
キルヒアイスはどこか揶揄うように。
「マリエッタ様大好きな殿下が引っかかるとは思えないですけどね~」
「キルヒアイス!!」
「確かに!!」
「引っかかったら媚薬とか洗脳を疑いますね」
ヴァルドとオリヴァーの言葉に、顔が赤くなる。
マリエッタも同じように顔を赤らめているのが視界の端で映る。
そんな様をテオドールはどこか満足げに見つめて、
「さて、気分転換の話はおしまいにして、作業の続きをしましょうか」
「ああ、そうだった」
「さてと」
学園の生徒会として運営会議中だった。この学園生活の結果次第で私か弟のどちらが王に相応しいか決まる。
「さて次の課題は……」
資料をめくって止まる。
…………偶然だろうか。とある貴族の庶子が転入してくるという報告書だった。
「「「「………」」」」
その場にいた者全員。その怖すぎる偶然に青ざめたのだった。
『所詮ご都合主義だからね――』
いつも通り生徒会で会議をしている途中でいきなり、そんな声が聞こえて眩暈に襲われた。
必死に悟られないように気を配り、そっと椅子に体重を掛けてリラックスをする。
眩暈と共に襲い掛かったのは前世の記憶。
そこの世界で自分には妹が居て、妹はびーえるげぇむとやらに嵌っていた。
そのげぇむにはなぜか自分と同じような顔の人物が居て、それどころか殿下含む側近も攻略対象(?)とやらでいた。
妹は勝手に部屋に入り浸って、俺の部屋の方がテレビ画面が大きいからとげぇむをしていた。
で、げぇむの主人公が王子を含む側近と恋愛をしていき、王子以外の攻略対象(?)とやらとくっつくと間もなく王子が死んで第二王子が即位する仕様になっていた。
で、悪役令嬢(?)のマリエッタ嬢が必ず死んでいた。
意味が分からないとつい妹と共に隠しキャラの第二王子を攻略していたら謎が全て解けてきた。
主人公は第二王子の用意した刺客で、第一王子から王太子候補を退かせるために送り込まれて、邪魔者のマリエッタ嬢を遠ざけて、他の攻略対象だと毒見役が居なくなって王子は殺されるのだ。
ちなみに第二王子を攻略すると男同士でも子供が生まれる秘術が見つかるというご都合主義で、そんな設定に眉を顰めたものだ。
つい文句を言ったら。
『所詮ご都合主義だからね――』
と妹は笑いながら攻略していった。
で、そこまで思い出して、このままでは危ないのではと思い至った。
そんな胡散臭いと思いつつもあるかもしれない事態に備えるために普段行わない息抜きという形でそのげぇむの内容を大まかに語り考えてもらった。
いくらなんでもあり得ないと殿下とマリエッタ嬢の仲睦まじさをほのぼのと見つめていたが。
(思い出した自分を褒めたい……)
会議の資料にげぇむの主人公の設定がそこにはあったのだった。
偶然にしては出来過ぎているそれに恐ろしく思いつつも思い出した事で対策をとれると胸を撫で下ろしたのだった。
側近の堅物メガネの名前を途中で変更したのでどこか間違っているかも