第97話 滅神剣
今回の研究はこれまでで一番難航していた。
新しい属性の魔術を覚える時や、魔石融合術を練習していた時もそうだったが、それらの時はあくまで試行錯誤しているといった実感があったのだ。
それが今回はまるっきり感じられないでいる。
「魔石融合術は魔力は使うけど魔術ではないんだよなあ。謎の力を合わせて魔石を融合するイメージ、ふたつの魔石の魔力がひとつになるイメージ、魔力以外の雑味を消し去るようなイメージなんかを重ね合わせることで上手くいった。しかし今回はイメージがどうもまとまらん……」
見た目などの形状はイメージ出来る。
そしてそれで敵を焼き切るようなイメージも。
だがその先がどうも上手くいかない。
「なあピー助。光の剣を生み出す魔術ってあるか?」
「ぴぃ? ぴぃぃ!」
どうにも行き詰った影治は、光繋がりでピー助に質問してみる。
ピー助は先にも進まずゆっくりとしたペースの影治の歩みを不満に思うこともなく、おやつ禁止期間が解除されたことで時折スライム核をつまんでは喜んでいた。
ダメ元で質問した影治は、そんなピー助から予想外に「多分使えるよ」という回答をもらう。
「お、マジか!? 少なくとも俺が使えるクラスⅢまでにはなかった魔術だな。ちょっと見せてくれるか?」
「ぴぃ」
いいよとばかりに、ピー助は魔術を発動させる。
ピー助も魔術発動の際に魔術言語を唱えることはない。
というか、発音できる器官がないのだ。
この点は恐らく無詠唱で発動してるのだろうと思われるが、これが魔物になるとまた話が異なってくる。
魔物の中にも魔術言語なしで魔術を使ってくる奴がいるのだが、どうもそいつらをよく観察していると、魔術発動の段階で不自然な魔力の揺らぎのようなものがあるのだ。
……などと少し関係ないことにまで思考が飛んでいた影治だが、しっかりとピー助が使った魔術を舐めるように観察している。
というか、今も発動状態のままピー助の右翼の先からは光の剣が伸びている。
それは例のブンブンという音が鳴ることもなく、形状も蛍光灯型というよりは普通に剣の形をしていた。
「おお、確かに光の剣だな。俺のイメージしてたのとはちょいと違うが」
「ぴぃぃぴ?」
そーなの? と小首を傾げたピー助だが、別に影治のイメージのことなど余り気にならない様子で、そこいらを跳ね回ったりしながら剣を振るっている。
「暴れるのはいいが、俺やチェスを斬りつけないようにな。それで、光の剣を生み出す魔術ということは……そのまま『光の剣』! ……では発動しないようだな。となると、『光剣!』」
グレイスからはグレイス自身が使える魔術以外の話も色々聞いているが、光の剣を生み出す魔術というのは聞いていない。
だが魔術言語=日本語を話せる影治であれば、イメージする魔術名を試していけば何かしらヒットする可能性はあった。
今もその方法が上手くいったようだ。
「む? 発動は出来なかったが、『光剣』と唱えた時に手応えがあった。この魔術名が分かっていながら発動出来ない感じは、熟練度不足の時の奴だな」
ただ魔術言語で光剣と言うだけだと、何の反応も起こらない。
そこに魔術を発動させる意思と魔術のイメージを重ねることで、何かしら反応を受け取ることが出来る。
今回の場合、あと少しで使えそうかも? という感覚を影治は覚えていた。
「少し遠回りかもしれんが、先に光魔術の光剣を修得するか」
クラスⅢまで光魔術を使える影治が、後少しで使えそうという感覚があるというなら、光剣は恐らくクラスⅣの魔術なのだろう。
どっちみちクラスⅣ魔術の修得はしておきたかったので、ここで足止めして訓練するのも悪くない。
元々天使系の種族のせいか、魂環の書で適性を吸い取られたとはいえ光属性は他の属性よりしっくりときていた影治。
これまでの訓練も相まって、それから数日後にはクラスⅣの光魔術【光剣】を発動させることに成功した。
「ぴぃぃい!」
「……合格点が頂けたようで何より」
影治が【光剣】を発動した横では、ピー助が満足そうにしたり顔をしている。
別に手本を見せてもらったくらいで、これといって指導を受けた訳でもないのだが、師匠面をしているピー助。
ちなみに影治も最初発動した時はピー助と同じ普通の剣の形をしていたが、それから何度か試した結果、蛍光灯のような細長い棒状の光の剣に変形させることに成功している。
「これはただの光魔術だが、これを基にすればなんだかいけそうな気がすんぜ」
これまで掴めなかった、とっかかりの部分をようやく掴んだ影治。
無駄になるかもと思った【光剣】の修得だが、思いのほかこれがしっくりときているように影治には感じられていた。
「要は光剣を発動する際に、謎の力を混入しながらイメージを固める感じだよな」
ここからは進捗が早かった。
【光剣】を修得してから2日後には、当初思い描いていたものが完成する。
「ぐ……、完成したはいいが、これは今までになく魔力を消費しやがるな」
影治の手には、見た目的には【光剣】の棒バージョンと似たようなものが握られている。
しかし少し観察すれば、それがただの光魔術でないことは明らかだった。
属性としては光属性になるのかもしれないが、それだけではない何らかの力が発せられているのだ。
だがその力を維持する為に、剣を出している間はこれまでに影治が体験したことがないほどの多量の魔力が吸われている。
これは使用者である影治にはよく分かるのだが、発動するのに必要な謎の力が不足しており、それを補うために魔力が大量に消費されているためだった。
「これまでMP不足を感じた経験はなかったが、このままだと30分持つか持たないかといった所だな」
1度MPが枯渇するとどうなるのか、経験してみたいとも思う影治。
だが、この巨大なダムからじゃんじゃん水が放流されているかのような状態では、少し止めるのが遅かっただけで、魔力枯渇どころか完全に尽きて生命力まで持っていかれかねない。
その辺は試すまでもなく、体感的に危険性が予想出来た。
「まあそんだけこの光の剣の威力は凄い……ハズだ。とりあえずこいつは神をも討ち滅ぼす光の剣。『滅神剣』と名付けよう!」
新たに奥の手を開発した影治は、名前を付けると同時に発動を一旦取りやめる。
途端、魔力の消費は収まったのだが、何もしていないというのに肉体的な疲れまでも影治は感じていた。
しかも【体力回復】でも回復できない類の疲れだ。
「ぐっ……、謎の力を酷使するとこういった弊害も起こるのか。まさに最後の切り札といったところか」
これまで魔石融合術を使いまくっても、ここまでの影響がでることはなかった。
それだけ滅神剣使用による、謎の力の消耗が激しいのだろう。
その後影治は少し休みを挟み、実戦での滅神剣の運用を試した。
影治が滅神剣の研究をする前。地底エリアを数日探索していた時に、とある魔物と出会っている。
その魔物は全長2メートルほどの大きさの甲虫であり、外骨格が非常に発達したアーマードビートルと呼ばれている魔物だった。
手持ちの剣がそこまで切れ味がよくないせいもあったが、影治の技術を持ってしても容易に切り裂くことができない程の、鉄と同等かそれ以上の硬さの外骨格だった。
しかし滅神剣を手に斬りかかった影治は、まるで熱したバターナイフでバターを切り取るかのように、あっさりと外骨格を切ることに成功する。
この成果に満足した影治は、長らく利用していた研究場所を片付け、再び地底エリアの探索に戻るのだった。




