第96話 新たな模索
宝箱が置かれていた通路の行き止まりで夜営をした影治。
目を覚ましてみると、ちょっとした変化に気付く。
「あれ? ここにあった宝箱は?」
「グィ、グィィ……」
「え? 俺が寝てる間に消えたって?」
どうやらチェスが箱を回収したのではなく、魔物を倒した後消えてしまうように、塵となって消えていったらしい。
「ふうん……。ま、箱なんて今は特に必要ないけどな」
今は収納するにはチェスがいるし、わざわざ持ち運びにくい宝箱を回収する利点は薄い。
そういう仕組みなのかと納得した影治は、朝食の準備に取り掛かる。
どうも昨日回収した巨大蜘蛛がドロップした脚は食べられるようで、試しに1本というのでピー助に与えたら美味しそうに食べていた。
ただ影治も前世の島暮らしで昆虫食にはそれなりに慣れているとはいえ、積極的に食べようとは思っていない。
影治が自分用に用意したのは、山岳エリアで確保しておいたイノシシの肉だ。
多少痛んでも捨てずに食べるつもりではあるが、出来るだけ古いものから食べるようにしている。
このイノシシの肉も、一部は【水分摘出】で乾燥させてまだ残っているが、そのまま保存しているのはこれがラストだ。
「一応氷生成で生み出した氷で鮮度は保つようにしたけど、少し色が変色しはじめてたからな」
氷魔術は街に移動する間に身に着けていたが、まだ使用出来るのは氷を生み出す【氷生成】のみだ。
どうも転生した辺りが熱帯気候っぽいので、涼を取るためにもその内氷魔術を鍛えようか……などど考えながら、影治は朝食を作り終える。
イノシシの肉は岩塩と、草原地帯や山岳地帯で見つけた香草を軽く混ぜて炒めただけのものだ。
だが微かに旨味のある岩塩と、影治が散々そこらの草やら葉っぱやらをムシャムシャして発見した香草の組み合わせは悪くない。
「栄養バランスは悪そうだがなあ」
そんなことを言いながらも、残っていた少し多めのイノシシ肉を平らげた影治は、早速本日の探索を再開する。
薄暗い地底エリアを、【光魔術】の明かりで照らしながら前に進んでいく。
丁度今は無属性魔術と光魔術を訓練しているところなので、ある意味この地底エリアは丁度いい。
本来なら闇に紛れて襲ってくるような魔物達が、まぶしい位の光に照らされて赤裸々にされてしまっている。
襲ってくる魔物は最初に戦った巨大蜘蛛と巨大蜂――ジャイアントスパイダーとキラービーの他に、爪や牙の攻撃の他に超音波らしきもので攻撃してくるソニックバット。
それからスライムなんかも時折天井から落ちてきたりしていた。
しかしせっかくのスライムも、おやつ禁止令が出ているせいか、ピー助のテンションは低い。
「ううむ、これはまたキモイのが出てきたな」
影治が思わずそんな台詞を吐いたのは、一旦最初の転移装置の部屋に戻って別の通路をしばらく進んだ先で、新種の魔物を見つけた時だった。
その魔物は全長3メートルほどもある巨大な芋虫で、背中からは繊毛のような毛が生えており、それが見た目の気持ち悪さを助長している。
「まずは様子見……っと」
【光球】と【魔力弾】を放って様子を見る影治。
巨大芋虫は体の大きさ故に躱すこともできず、正面から魔術を受けながら影治へと接近してくる。
そしてある程度まで距離を縮めると、おもむろに口を開ける。
「口を開くともっときめぇな…………って!」
巨大芋虫が開けた丸い口の内側には、歯がずらりと並んでおり生理的嫌悪感を催す気持ち悪さがあった。
しかし今はそれどころではない。
開いた口から何か液体のようなものが放たれたのだ。
「グィッ!」
慌てて避けたため、背後にいたチェスが代わりにその液体を受けてしまった。
どうやら腐食性などはないようで、無機物であるチェスは問題なかったようだ。
ただ液体の色はいかにも毒といった紫色をしており、影治がまともに食らっていたら毒に侵されていたかもしれない。
ちなみにピー助はチェスの上から飛び降りていたので、こちらも問題はなかった。
「ふむ。口から吐き出される液体に注意……と」
その後も新種の魔物の能力を量りつつ、クラスⅠの初級攻撃魔術を中心に、魔術を撃ち続けていく影治。
最近は初級攻撃魔術に何発耐えるかによって、魔物の強さを推し量るようになっていた。
「クラスⅠとはいえ、10発以上当ててるのに倒せないか。こいつはそれなりに強い魔物なのかもしれん」
強いといってもあくまでゴブリンやオークと比べてであり、1体相手にするだけなら影治なら余裕だ。
だがこいつが集団で襲ってきた時のことも考えて、能力は調べておいた方がいい。
実際、攻撃力を調べてみようと体当たり攻撃をまともに食らってみたが、体がでかいだけあってかなりの威力があった。
しかも毒は口から吐き出す液体だけでなく、背中から生えてる毛にも含まれているらしい。
体当たりを食らうと共に少し毒を受けてしまった影治は、すぐに【毒治癒】で治療を行う。
「やっぱ奥に行くと魔物も強くなってくるんかねえ」
なんだかんだで無事に倒し終えた影治だったが、クラスⅠの魔術だけを使っていたので、それなりに戦闘には時間がかかっていた。
強さ的には最初の草原と森エリアのボス、ラッシュライノスに近い。
あちらはボスのせいか耐久が高かったが、ラッシュライノスの突進と巨大芋虫――ポイゾネスキャタピラーの体当たりはそこまで威力に遜色なかった。
「まあ火球縛りをしてるせいでもあるんだが、他にも威力の高い攻撃方法を身に着けたいところだな」
ここでまた影治の悪い部分が出てしまったようだ。
ダンジョンに突入して以来、ちょこちょこ足を止めて別のことにのめりこんでいた影治だったが、地底エリアでもまたそれが発動してしまった。
今回の目的は威力の高い攻撃方法の模索。
今も無属性魔術と光魔術についてはクラスⅣの修得の為に、移動しながら魔術を行使しまくっている。
だがそれ以外にも光を用いた必殺技のようなものが出来ないものか、影治は試行錯誤していた。
「やっぱ光の剣ってのはかっちょいいよな」
某有名SF作品に登場したり、ファンタジー作品やゲームでもお馴染みと言える光の剣。
せっかく魔術が存在する世界に来たのだから、影治は是非ともそれを再現したいと躍起になる。
「だがただの光の剣ではダメだ。強大な敵を……神をも討ち滅ぼす光の剣…………」
宗教関係者に聞かれたら、白い目で見られるどころか神敵として討伐されかねない物騒な台詞を吐きながら、影治は研究に没頭していく。
それというのも自らの内に眠る謎の力を、魔石融合術を編み出した時に知覚出来た影響が大きい。
あの力はただ魔石融合にのみ用いられるべきものではない。
他にも何か使い道があるはずだ。
その想いが影治には燻っていた。
だが魔力と比べ極僅かにしか感じ取れないその力は、感じ取ることそのものも難しかったが、それを操作するとなると更に難しい。
「しかし上手くいけば、一足飛びに高威力の攻撃方法が手に入るかもしれん」
無論研究中も並行して無属性魔術と光魔術の訓練は行っているのだが、こちらは積み重ねれば効果が表れていくとはいえ、時間が掛かりすぎる。
すでに謎の力のとっかかりを魔石融合術で得ているとはいえ、新たな何かを生み出すのは中々に難しい。
ここまで地底エリアの探索は途中まで進んでいたのだが、影治はまたしても予期せぬ長期間滞在をすることとなった。