第93話 ゴブリンジェネラル
その後の地下迷宮の探索は順調に進んだ。
新しく使えるようになったクラスⅣの火魔術は、これまでのものとは威力が一気に上がっているようで、【火球】を放り込んでいるだけですぐに戦闘が終了してしまう。
これは影治のMPが膨大なおかげで取れる戦い方だが、途中からは他の属性も鍛えるため、敢えて火魔術を使わずに戦ったりもしていた。
そうして先へ先へと進んで行った先。
それは階層的に、これまでで一番高い位置にあるであろう階層だ。
流石に影治も穴に落ちたり階段や高低差のある場所を移動しているので、実際にここが最上部かは確認できない。
だが、目の前に聳える大きな両開きの石の扉は、いかにもこの先にボスがいますよと主張しているかのようだ。
「いかにもそれらしい扉じゃねえか。ピー助、チェス! お前達は余り前に出ないで無理はすんなよ?」
「ぴぃ」
「グィィ」
すでに扉の前で小休憩を取り終えていた影治は、珍妙な仲間たちに声を掛けると石の扉を押し開く。
3メートル近くある大きさの割に、石扉は意外とすんなりと開いた。
開いた扉から見える範囲内に、魔物の姿はない。
しんと静まり返った部屋の中を、カツンカツン……という影治の足音だけが響く。
室内はかなり広く、学校の体育館ほどあった。
学校の体育館というと、バスケット用のラインが描かれていたりするものだが、この部屋にも似たようなものが描かれている。
もっともそれはバスケットのコートラインではなく、いわゆる魔法陣と呼ばれるものだ。
そして影治達が部屋の中程まで進むと、背後の石扉が自動で閉じ、部屋の床に描かれていた魔法陣が光を放ち始める。
「おいでなすったな」
扉が自動で閉じた辺りからこんな感じになるだろうと予想していた影治に、動揺は見られない。
例え魔法陣によって呼び出されたのが、大量のゴブリン軍団であってもだ。
「……前に潰したゴブリン村だとリーダー格だった奴が、下っ端みたいな位置に沢山並んでやがるな」
影治もそれなりの数のゴブリンと戦ってきたが、軍団ごと呼び出されたゴブリン達の前衛から中衛辺りまでは、見たことのある奴らが並んでいた。
しかし後方となると、元々後衛のゴブリンメイジ以外の見たことない種類のゴブリンが控えている。
特に目立つのは最後方にいる指揮官らしきゴブリンで、こいつはゴブリンの癖に背丈が2メートル以上もあり、周囲のゴブリンと比べてもひとつ浮いている。
そいつの周りには金属の鎧をがっちり着込み、剣と盾を構えるゴブリンが指揮官のゴブリンを守るように布陣していた。
「なるべく後ろに流さないようにすっけど、そっちに行った奴は処分しちゃっていいぞー」
「ぴぃ!」
すでに影治の指示通り、扉付近まで下がっていたピー助とチェス。
戦闘の際に一番狙われるのはやはり人間である影治なのだが、ピー助達が狙われることもある。
しかし今回はそれなりに距離が離れているので、比較的安心だ。
「さあって、戦闘開始だ! 【火球】」
影治も今回は一番威力のある火魔術を惜しみなく使用していく。
今は光魔術の方も訓練しているのだが、生憎そちらはまだクラスⅢまでしか使えないので、今回は火魔術メインとなるだろう。
影治の火魔術は前衛のゴブリン達を次々吹き飛ばし、味方を盾にして魔術攻撃を潜り抜けてきたゴブリンには、影治が直々に剣を振るっていく。
とにかく休む暇なく連続で魔術を放ち続ける影治の殲滅力は凄まじく、僅か数分で30体あまりのゴブリンを倒していた。
だが……
「なっ、マジかよ!」
ある程度ゴブリンを減らすと再び魔法陣が光り輝き、殲滅したゴブリンの前衛部隊が再度呼び出される。
普通なら士気が落ちかねないこの状況に、しかし影治は逆に歯を剥き出しにして嗤う。
「きちんとドロップもあるようだし、おいおい。こいつぁ、ボーナスタイムか?」
これまで多くの魔物を倒してきた影治は、以前より身体能力が向上していると感じていた。
ただそれはほんの微々たる成長であり、ゲームのようにレベルが上がった! 力が5上がった! とかいった感じには程遠い。
そういった魔物を経験値として見る目とは別に、ドロップをきっちり落としてくれるというのも影治にとっては朗報だった。
なんせ、今ならチェスがいるので、ドロップを余さず回収することもできるのだ。
これでもか! という程に【火球】をぶち込みまくり、時折入口の方に流れていったゴブリンには、別途別の魔術で仕留める。
時折仕留めきれずにピー助がトドメをさすこともあったが、概ねこの戦い方は安定して続けることができた。
【火球】を何十発も撃ちこみ、数百体のゴブリンを仕留めていく。
無論、後衛のゴブリンからの魔術もビュンビュン飛んでくるのだが、【魔力の壁】と【魔術抵抗強化】によって、影治にダメージはほとんどない。
あっても回復魔術ですぐ治る程度だ。
またゴブリンアーチャー達からは矢が射かけられているが、こちらも魔術や身のこなし、或いは剣で切り落とすなりして対処している。
「マーダマダマダマダマダマダ…………マダアアアアァァッッ!!」
テンションが上がっているのか、【火球】を連打している影治は大分イケイケだ。
しかし調子に乗って魔術を撃ちまくっているうちに、ついに限度を迎えてしまう瞬間が訪れる。
――影治のMP不足ではなく、召喚されてくるゴブリンのストック切れという形となって。
「ああん、なんだあ? もうしまいかあ?」
なんとなくボスの指揮官ゴブリンを仕留めたら終わりかなと思い、最後までボス周りには攻撃を加えていなかった影治。
しかしいまや前衛も中衛も壊滅し、後衛から矢や魔術攻撃をしてくる面倒臭い奴も排除されている。
残っているのは、体の大きい指揮官ゴブリンとその親衛隊達だけだ。
「BJDGUJ”K(JS!!」
この状態になるまで、ひたすら物量作戦で押し切ろうと指示を出していた指揮官ゴブリン。
しかし頼みの綱の兵隊が全て討ち取られてしまい、結局最後に出した指示は全軍突撃だった。
確かに距離を取っていては【火球】をただ食らうだけだ。
それなら肉薄して勝機を掴み取るしかない。
「む? なかなか統制が取れているな」
金属鎧をまとった騎士のようなゴブリン――ゴブリンナイト達は、単独で攻撃を仕掛けるような真似はせず、連携を取って攻撃を仕掛けてくる。
それも指揮官ゴブリンの指示によるものだ。
「下手すりゃ上で戦った兵士達より良い連携じゃあねえか」
街で戦った者にはハンターも含まれていたが、途中からは駆けつけてきた衛兵や兵士達が主となっていた。
その時よりも今の方が攻撃の圧が強く、隙は少ない。
「だが個々の技が未熟すぎる。これは街の兵士達も大体同じだったな」
口ではそんなことを言いながら、着実に1体ずつ切り捨てていく影治。
取り巻きを全て屠った影治は、最後に指揮官ゴブリンとのタイマンバトルに突入する。
「ふむ、ただ図体がでかいだけのパワー系かと思いきや、騎士ゴブリンよりは強いか」
この時の影治には知る由もないが、この体の大きなゴブリンはゴブリンジェネラルという名前で、ゴブリンの中では脅威度が高めだ。
なお通常のゴブリンジェネラルには味方を指揮する能力はなく、今回のはダンジョンボスとして与えられた能力だった。
ハンターギルドや冒険者ギルドでは、魔物の脅威度によって魔術のようにクラス分けがされており、このゴブリンジェネラルはクラスⅥに位置している。
目安としては、クラスⅥの魔物が1体現れるだけで一般的な村なら壊滅的な被害を受ける程だ。
ちなみに取り巻きにいた、影治が騎士ゴブリンと呼んでいたゴブリンナイトは、クラスⅣとなっている。
「こいつも全身金属鎧でやりにくいな。背丈のせいもあって、首を掻っ切るのも難しいか」
身長150センチくらいの今の影治からすると、2メートル超えのゴブリンジェネラル相手だと首より上が狙いにくい。
フルプレートアーマーのような、全身ガッチリ覆う形式ではないものの、上半身と下半身が金属装備で覆われているので攻撃も通し辛い。
「んなら通すしかねえよなあ……鎧通し!」
影治は手にしたレッドボーンソードを、心臓部へと突き立てる。
魔物とはいえど、体の構造にそう大きな違いがないことは、すでに知っていた。
だが当然ながら鎧は体を守るための装備であり、心臓部付近もしっかりと守られている。
「HF(”DAX!?」
しかし影治が剣で放った突きは、鎧を通して直接ゴブリンジェネラルの心臓まで届く。
そのことに驚きの声を上げるゴブリンジェネラル。
普通の人間ならその時点で心臓が破裂するようなダメージであったが、流石にこのクラスの魔物となるとそう簡単には死なない。
「チィ、流石にしぶといぜぇ」
舌打ちしながらも、続けて四之宮流古武術の技の1つである鎧通しを放っていくことで、心臓部にダメージを蓄積させていく。
そして……
「FHGGQAADF!!」
最後に断末魔の叫び声を上げると、ゴブリンジェネラルの巨大な肉体は床へと倒れていくのだった。




