第90話 落とし穴の先に
魔石融合術を編み出した影治は、意気揚々と地下迷宮エリアの攻略に挑む。
迷宮内に出現する魔物や罠については、影治にとってそれほど脅威ではない。
人型の魔物はオーク種までしか出てこないし、それも下位から中位程度のオーク種までだ。
「ここがダンジョンなのは間違いないと思うんだが、いまんところはそこまで難度が高くなさそうだよな。まあこの先さらに上に上って行けば変わるかもしんねえけど」
影治本人にはまだそれほど自覚はないが、戦闘能力においてはこの世界基準でも既にそれなりの域に達している。
それは何より、四之宮流古武術による技と最上位種族による種族特性。それに魔物をそれなりに倒してきたことが組み合わさった結果だ。
そういった訳で戦闘力に関しては今のところ問題はないのだが、迷宮の突破はそう簡単にはいかない。
それなりに複雑な迷路状になっているというのも理由の1つだが、他にもあと1つ問題点があった。
「……複数の階層に跨ってるから、余計探索しづらいな」
この地下迷宮エリアは、RPGではよく見かけるような複層構造になっている。
階段で上り下りする場所もあれば、スロープ状になっていて徐々に高さが変わっていく場所もあった。
「ピー助はどっち行ったらいいかとか分かるか?」
「ぴぃ? ぴぃぃ……」
「そっか。まあ、そうだよな」
影治は元々記憶力にも優れており、その特性は転生してからも保持されている。
それに加え影治は、元々初めて行った所からでも迷わずに帰ってこれる方向感覚もあった。
それでも未だ地下迷宮エリアのボスの所に辿り着けないのは、単純にこの階層が広いからだ。
幸いにも、ネズミや蝙蝠の魔物が落とすドロップの肉に、時折通路の隅っこに生えているキノコなどもあるので、食料にはそれほど困らない。
影治は水魔術で水を生み出しているが、水も所々に壁からしみ出した水が溜まったような小さな池があったりするので、煮沸するなりすれば飲用も出来るだろう。
「っと、魔物のお出ましだ」
影治の視界の端に捕らえたのは、天井の隅っこら這い寄って来ていた赤色のジェリー状のスライムだ。
影治はこれまで他に緑色と茶色のジェリースライムと戦っているが、特に色による違いは感じていない。
どれも手を突っ込んで各を引き抜いてしまえば、それで終わりだ。
またジェリースライムに関してはピー助も戦闘に参加させている。
これは当人からの申し入れであり、これまでもおやつ代わりにジェリースライムの核を啄んでいた。
たまに啄んでる途中でジェリースライムが塵となり、飲み込んだ核が体内で消えることもあるようだが、なんでものど越しが良いとのことでそれでも別に構わないらしい。
「ぴぃぃ」
今も颯爽と飛んでいき、スライムへと嘴を向ける。
しかし直前にジェリースライムが急な動きを見せたせいか、核をついばむのに失敗するピー助。
ただし、嘴の先でつつくのには成功しており、ジェリースライムの体内から外れた核がコロコロと地下迷宮の床を転がっていく。
「ぴ!」
それを慌てて追うピー助。
影治も仕方ないなという目でそんなピー助を見ていたが、ふとあることに気付いて慌ててピー助の下に駆け寄る。
「ピー助! そっちは罠が――」
「ぴぃ?」
慌てて駆け寄った影治だったが、時はすでに遅かったようだ。
パカリッと開いた床部分に、影治とピー助が飲み込まれていく。
「ぴ、ぴぃぃぃぃぃっ!?」
「慌てるな! 俺にしがみついとけ!」
元々ふわーっと空を飛べるピー助であったが、床を歩いていた時に突然床が消えたので、混乱して飛べることを忘れていたようだ。
慌てたように影治に必死にしがみつく。
「だあああぁぁっせいや!」
穴はかなり深かったようで、15メートルくらいの高さを落下した影治。
しかし全身を使って衝撃を極力和らげる着地法と、強化された身体能力とによって落下によるダメージはほとんど抑えることに成功する。
「ぴぃっ! ぴぃっ!」
「おうおう、怖かったか。でもお前自力で飛べるだろ?」
「ぴ……、ぴぃ……」
影治が指摘すると、恥ずかしそうにふわふわ浮いてそこらをうろうろするピー助。
「にしても、元々階段を幾つか上ってはいたがこれでまた最初の階層からやり直しか?」
やれやれと思いながらも、【治癒】で落下時に受けたダメージを癒やした影治は、辺りを探索して現在位置を確認することにした。
……のだが、
「あれ? この辺の構造見覚えないな?」
いかに影治の記憶力と方向感覚が優れていても、立体的な迷宮の構造を把握するのは難しい。
ただ通路や分岐などからして、これまで通ったことがない場所を移動していることだけは分かる。
「もしかしてここが正解ルートなのかあ? にしちゃあ、1度罠に落ちないといけないって作りなら、大分性質が悪いダンジョンだぜ」
ぶつくさ言いながら歩いていると、影治の耳に妙な音が聞こえてくる。
グィィィ……、グィィィィ…………。
それはまるで立て付けの悪い戸を開け閉めしているような音だ。
確かにこの地下迷宮には部屋状になっている場所は幾つもあったが、入り口部分に扉がついた箇所などは1つもなかった。
「あの音はボス部屋に通じる扉の音か?」
慎重に足を前へと運んでいく影治。
周囲に罠らしきものは見当たらない。
ただまっすぐ続く通路を先へと進んでいくと、やがて十字路へと差し掛かる。
そこに音の原因が存在していた。
「……」
「グィィ……」
「…………」
「バコッ……バコッ……」
そこにいたのは足が4本付いた箱……のような何かであった。
断言出来ないのは、その箱が一人でに動いているからだ。
「なんだ? 瘴気を発していない辺り、魔物ではなさそうなんだが……」
ゴーレムであれば、人型以外にもこういった形状のものがいてもおかしくはない。
それでも、山岳エリアのボスを見た感じだと、ゴーレムと言えど瘴気は発しているので魔物との区別はつく。
しかし目の前の動く箱からは、魔物の気配は一切感じない。
外装部分には飾りが施されており、4本足がなければ普通に宝箱に見える。
「グィィィィ……」
しばし見つめ合っていた両者だったが、謎箱はゆっくりと影治の方へを歩み寄ってくる。
その足取りは、4本脚を途中で折り曲げながら移動するというもので、その歩く様子を見て影治は以前ネットでみた軍用に開発されたロボットのことを思い出した。
あれは長方形の箱の短辺方向に進んで歩いていたが、こちらは長辺部分を前にして歩いてきている。
「あっちよりは大分滑らかに動いているが、どこか気持ち悪い足運びだな」
ぬるりとした感じでほとんど足音も立てずに移動してくるので、あまり接近されてるという意識が湧きにくい。
「グィィッ!」
影治の眼前まで移動してきた謎箱は、体の前面部分を影治に見せつける。
謎箱の前面部には、紫色の宝石のようなものが嵌めこまれていた。
それは色的にも魔石に少し似ていたが、恐らくは違う物質だろう。
謎箱はその宝石部分を見せつけるように、腰を揺らすような動きで見せつけてくる。
「なんだ? その宝石を自慢したいのか?」
「グィィ、グィィ」
影治がそう尋ねると、まるで返事をするかのように体を左右に揺する謎箱。
その反応を見て、もしや言葉が通じているのかと思った影治は、更に質問を重ねてみる。
「その宝石を取って欲しいのか?」
「グィィ、グィィ」
「……触れてほしいのか?」
「バコッバコッ!」
影治がそう尋ねると、まるでその通りだ! と言わんばかりに箱をバカバカッと開閉させる謎箱。
「良くは分からんが、試してみるか」
動く箱といえば、ミミックという魔物が有名だ。
しかし明らかな魔物の気配は感じ取れなかったので、影治は好奇心に負けて謎箱前部についている宝石へと手を伸ばした。




