第88話 地下迷宮
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ、タフすぎて時間がかかっちまったが、なかなかいい相手だったぜ」
額の汗を腕の袖部分で拭い、満足そうな影治。
結局ピー助が手助けに入ることもなく、岩で出来たゴーレム相手に拳だけで打ち勝つことに成功した。
「ぴぃ」
「おう、あんがとな。んで、あれが次のエリアへの転移装置か」
ボスを倒すと機能が復活するのか、ゴーレムを倒して少しすると少し離れた場所にあった転移装置が光を発し始める。
ゴーレムのドロップした魔石を回収した影治は、転移装置の方へと歩き出した。
ちなみに、ゴーレムは他にも体の一部と思われる岩の破片をドロップしていたが、流石に重いしでかいしで回収はしていない。
「草原、山と来て、次は何がくるやら」
ピー助を肩に乗せたまま、影治は転移装置の内部へと入る。
するとそこには、前と同じように上向きの三角ボタンがあった。
影治が触れることで転移装置は稼働し、中にいた者を次なるエリアへと導く。
「……なるほど。こりゃあまたいかにもって感じの所に出たな」
転移装置から出た影治が、周囲を見渡して感想を漏らす。
そこは人工的な石造りの部屋の中であり、窓などは一切ない。代わりに壁の上の方には等間隔に松明が配置されており、暗い室内を温かく揺らめく光で照らしていた。
「こうなるといかにもダンジョンって感じがするな。ちょっとテンション上がってきたぜ」
「ぴぃぴぃ」
「ん、何々? 早く先に進もうだって?」
どうやらテンションが上がっているのは影治だけではないようだ。
長い間地底空間で過ごしていたピー助にとって、こうした新しい場所は見るもの触れるもの全てが新鮮なのだろう。
「そうだな。じゃあ、早速行くか!」
意気揚々と最初の部屋を出ていく影治たち。
その先は影治が最初に予想したように迷宮構造になっており、何度も行き止まりに当たりつつも探索は続けられていった。
「お? あれもしかしてスライムか?」
その途中、ファンタジー作品やゲームではお馴染みのスライムにも遭遇している。
この世界でのスライムはぷよんとした光沢のある柔らかそうなスライムではなく、ジェリー状のどろどろとした粘液のような見た目をしていた。
「いかにも直接触れたらやばそうな相手だな。金属の武器だと腐食しそうな気もするが……このレッドボーンスピアならいけるか?」
試しに影治はレッドボーンスピアを手に取り、スライムの内部にある黒い核のようなもの目掛けて槍を突き刺す。
その核の部分はスライムの体内をそれなりの早さで移動できるようであったが、見事な影治の槍捌きは動き回る核らしきものを一発で突き刺すことに成功した。
「んー、損傷はしてないようだな。案外腐食したりとかはしねえのか?」
スライムの体液などで体が溶けるというのは、あくまで前世の空想世界の作品のイメージでしかない。
と、ここで影治の悪い部分が発動する。
実際にどうなのかを確かめる為、まだ残っていた別のスライムに素手のまま右手を突き刺してみたのだ。
「ぬぅ、やはり基本的には直接触れるものではないか」
素早く引き抜いたものの、影治の右手からはシューという音と共に白い煙が上がっている。
強い酸性の液体に触れたような反応だ。
すぐさま回復魔術で治す影治だが、何も腐食効果があるか試しただけではない。
その手にはしっかりとスライムの核が抜き取られており、それはスライムが塵になりドロップが現れた後も、変わらずそのまま影治の手に残り続けている。
実はこれまでもそうだったのだが、魔物を倒した際にその全てが完全に塵となって消える訳ではなかった。
こちらの攻撃によって切り取られた体の一部や血などは、魔物を倒した後も残り続けることがある。
「まさかこいつらの本体っぽい核を無事に抜き取れるとはな」
気になった影治は、その後も何体かスライムの核を抜き取る形で倒していったが、必ずしも核が残る訳でもないらしい。
掴んでいた核が本体の崩壊と共に消えていくケースもあった。
「まあそもそもどんな大きな魔物でも、倒せば塵となって消えてドロップを残すってんだから、核が残ることくらい特に不思議でもなんでもないのかもな」
「ぴぃ?」
「あ? お前……これを食うつもりなのか?」
「ぴぃ!」
「いや、だがこれは魔物の体の一部だぞ?」
「ぴぃぴぴぃ」
「え? 魔物の体の一部なら今まで俺も食ってるだろうって? いやいや、でもこいつは明らかに無機物……って、確かダチョウなんかは石なんかも飲み込むんだよな。そんで食べたものを細かく砕く助けにするとかなんとか」
うろ覚えの知識を思い出す影治。
ピー助の圧が強いので、とりあえずひとつだけスライムの核をピー助へと差し出してみる。
「ぴょい」
嬉しそうに一口で飲み込むピー助。
すると岩塩の時とは違い美味しいと感じたのか、もっともっとくれとバサバサ羽をはばたかせる。
「なんだ? 残りの3個も欲しいのか? くいしんぼめ!」
そう言いながらも、影治はスライムの核をピー助へと素早く連続で投げ込んでいく。
それをこれまで見たこともないような機敏な動きで、全てキャッチしていくピー助。
「お、おおお!? よーーーしよしよしよしよしよし! ほぼ同時に投げたのによく全部地面に落ちる前に取れたな」
「ぴぃぴぃ!」
まるで曲芸を仕込んでいるかのように、影治はピー助を撫でながら褒める。
撫でられているピー助もドヤ顔をしつつ、幸せそうな表情だ。
ちなみにスライムの核は魔物から直接抜き取る以外にも、ドロップとしても低確率で入手出来ることがその後判明した。
不思議なのは、核を抜き取って消えないまま残ったスライムからも、核がドロップとして出たことだ。
つまり1体のスライムから2つの核を入手出来たことになる。
「まあ、そもそもピー助の餌にする以外、何の使い道があるかも分かんねーんだけどな」
影治としては、ただ小さくて持ち運びしやすいというので回収しているだけである。
それはさておき、ダンジョンをしばらく徘徊していると幾つか罠に遭遇することがあった。
「罠っつっても、そんな殺意満々な感じでもねえな」
ただそれらは対処可能な類の罠であり、落とし穴や壁から矢が噴き出だしてくるもの。天井から強酸性の液体が垂れてくるものなど、注意していれば影治なら対処できるものばかりだった。
「もっと慎重に行くなら、レッドボーンスピアで壁や床をつつきながら進むべきなんだろうが、時間もかかるし面倒くせえ。これくらい刺激があったほうが飽きずに丁度いい」
そう言ってのける有様。
実際影治はこれと似たようなことを前世で味わっている。
開祖以来、誰も到達することが叶わなかった神伝の頂。
息子にその頂へと至る才能を見出した父は、天井裏に潜んで吹き矢による不意打ちで奇襲してきたり、目隠しをしたまま真剣を手にした父の攻撃を躱させり特訓など、一歩間違うととんでもないことになる日々を過ごしていたのだ。
そんな影治にとって、この程度の罠ならば大して気にするほどではない。
それに罠といっても、完全に前兆や仕掛けが見えない訳ではなく、僅かに床が出っ張っていたり、壁に穴が開いていたりと注意深く観察すれば気付けるレベルだ。
魔物の方も、これまで同様にそこまで強い魔物は出現しない。
これまでだとボスの2体を別とすると、グレイスやグレイスの生み出したアンデッドがもっとも強かった。
この地下迷宮エリアでは、スライムの他には懐かしのゴブリンに加え、オークなどの人型の魔物がそれなりに出現する。
他にも蝙蝠やネズミなど、肉系を落とす魔物もいるので食料に困ることもないだろう。
「……ただ、毎回ドロップを捨てていくのがどうも尾を引かれるんだよなあ」
山岳エリアで作った竹籠は、それなりに持ち運べる物量を増やしはしたが、その多くが食料で占められている。
残りが魔石などの魔物ドロップであり、比較的小さいものだけを収納していた。
しかしこのままでは勿体ないと改めて思った影治は、新たな試みを始めることにする。




