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ドラゴンアヴェンジャー  作者: PIAS
第2章 深き地の底にて
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第87話 シャーゲンの悪夢、再び 後編


「ふぅん……。2週間以上前にも悪魔の子が現れた……ねえ」


 その衛兵も詳しいことまでは知らないようだったが、シャーゲンの街の北門近くに悪魔の子とやらが現れ、衛兵や兵士たちと大立ち回りをしていたらしい。

 その者は当初は妖魔だと思われていたが、複数の属性の魔術を無詠唱で扱っていたことから、髪を染めた悪魔だと言われるようになったという。


「それでその悪魔の子とやらはどうなったのかしら?」


「わ、分からない……」


「あらそう? じゃあ次は右腕と左腕どっちがいいかしら?」


「そ、そうじゃない! 知らないんだ! 本当だ!」


「知らないということは、その場で殺したのではないんでしょう?」


「あ、ああ。そういえば、領主の館に運ばれていったって話を聞いた」


「領主の館ってのは、あの小高い丘の上に建っているあれかしら?」


「そ、そうだ」


 そこまで情報を聞き終えたセルマに、周囲を包囲していた民間人から石が投げつけられる。

 すでに拷問の最中に何度もそうした攻撃にも満たないようなちょっかいが出されており、その都度セルマは闇魔術の【見通せぬ闇】でもって邪魔者は排除された。


 兵士相手なら1発くらいは耐えられる攻撃魔術でも、戦闘能力を持たない民間人には殊の外効果がある。

 特にセルマのようなハイクラスの闇魔術を使える者の場合、低いクラスの魔術の威力も底上げされている。


 今のところ思い余って民衆がセルマに殺到するようなことはないものの、倒れた同胞の屍を超えて石を投げつけてくるような者は、まだまだ辺りにはいるようだ。


「まったく愚かな連中ね」


 何十何百もの敵意に晒されながらも、セルマは涼しい顔をして再び周囲の人間の排除を行う。

 だがその隙を突くようにして、先程までペラペラとお喋りをしていた男が背後から斬りかかる。

 男の狙いは無防備に見えるセルマの首だ。


「でも死を恐れず突っかかってこられるのは面倒極まりないわ」


 全く気を許していなかったセルマは、男が立ちあがる段階から既に気配で察しており、素早い身のこなしでもって振り返りざまに逆に男の首を刎ねる。


「うーん、最後に襲い掛かって来るような奴の言ったことだから、本当かどうかも分からないけれど……」


 セルマは城門を超えた東の方に見える小高い丘を見据える。


「でもあそこに領主の館があるのは間違いなさそうね」


 結局セルマはそのまま城門を突破し、街中を堂々と歩きながら領主館があるとされる小高い丘の方へと歩いていく。

 道中は散発的に衛兵や民間人、それからハンターなどが襲い掛かってきたが、それらは全て返り討ちにされた。

 血と恐怖と死をばらまきながら、セルマの地獄の歩みは止まらない。






「敵悪魔射程距離に入りました!」


「さあ、我の魔術を合図に遠慮なくぶちかましな! 【轟雷】」


 セルマが領主館へと続く入口部分へと辿り着くと、待ち構えていたミランダと魔術の使い手達による集中攻撃が行われた。

 元々前回影治が暴れ回った影響で、この街の防衛力は少々低下している。

 そこにきて姿を隠そうともしない悪魔の襲来。


 先んじて派遣した斥候が並大抵の悪魔ではないことを見抜き、そのことを上へと伝えた結果、この街の防衛隊の隊長やミランダらは戦力を集結させることにした。

 その道中の防衛については完全に捨てて民間人や衛兵達の好きにさせ、少しでも敵悪魔を消耗させる。

 そうして消耗した所で、配備を完了した兵士や魔術師、ハンター達によって包囲撃滅する。


 無数の魔術がセルマに向かって放たれ、辺りは火の海に包まれる。

 魔術師の数が揃っているような正規の軍では、属性効果が反発しあうことによる効果の軽減を防ぐために、得意な属性ごとに魔術師を編成して魔術も順番に発動させるのが理想だ。

 しかし今回は間に合わせで集めたハンターの魔術師などもいるので、とにかく自分の得意な属性の魔術がここぞとばかりに撃ち込まれていった。


「……やったか!?」


 一通り魔術の攻撃が終わり、四方八方から魔術を受けたことによる砂埃が舞っている。

 つまりそれは、石畳部分をもぶち抜いて地面を抉り取るほどの攻撃が加えられたということだ。


 姿が見えぬ中、それでも魔力感知能力や特殊な技能を持つ者達は、少なくともまだ相手が死んでいないことだけは認識していた。


「……まさか、あれほどの集中魔術攻撃を受けて無事とは」


 ミランダも【魔力感知】によって、セルマがまだ死んでいないことを確認していた。

 未だ砂埃で敵の姿が定かではないものの、ミランダはこのままでは危険だという判断を下す。

 なのでトドメを刺すべく、再度攻撃の指示を出そうとしたところで、妙によく耳に響く悪魔の声が聞こえてくる。


「せっかく気合を入れて魔術抵抗大強化まで使用したというのに、防御陣も突破できないとは……。しかもおあつらえ向きににまとまってくれているのね、助かるわ」


 その言葉の意味を深く理解する前に、ミランダは一度口の奥に引っ込みかけた攻撃再開の指示を発する。


「皆の者、攻撃さいか――」


「【無放】」


 ミランダが指示を出すより早く、セルマが魔術を発動させる。

 それはクラスⅩ(・・・・)の無属性の特級攻撃魔術。

 【無放】は自分の体表面に圧縮した魔力を集め、それを一気に周囲に放つという自分を中心とした広範囲攻撃魔術だ。


 この魔術は無属性魔術でなおかつクラスⅩということもあり、魔力消費量がかなり多い。

 またその性質上、味方が近くにいると巻き込んでしまうので、あまり使われることのない魔術だ。


 だが周囲四方が全て敵という状況で、なおかつ発動の早い無属性魔術。おまけに広範囲攻撃魔術とくれば、今の場面ではかなり有効的な魔術と言えた。


「ば……かな……」


 セルマの放った【無放】は、周囲の兵士やハンターを建物ごと葬り去った。

 まるで強力な爆弾でも撃ち込まれたかのような光景だが、攻撃範囲は半球状に広がっていったので、地面部分はクレーターのようにはなっていない。


 だが周囲の地上部分は、強い衝撃によって何もかもが消し飛んでいた。

 半径200メートル以上という広範囲に渡り更地となっており、その範囲内に残っているのは術者であるセルマと、唯一生き延びたミランダだけだ。

 とはいえミランダもすでに瀕死状態に陥っている。

 このまま何も治療せずにいたら、数分を持たずして死を迎えるだろう。


「今のは……クラスⅧ? ……いや、まさか……クラスⅨ?」


 半死状態で先ほどの魔術について考察するミランダ。

 彼女はセルマとの接敵前に、自分含む周囲の者達に【魔術抵抗集団強化】を掛けていた。

 これはその名の通り【魔術抵抗強化】を集団に掛ける魔術で、1度に最高で200人まで対象にすることができる。


 しかしそんなことは無意味だと言わんばかりに、セルマの放った魔術はたった1発で多くの兵士の命を奪った。

 魔術攻撃の後、物理戦闘を仕掛けるために後方に控えていた兵士たちも、9割以上が死亡している。

 生き延びたのは、効果範囲外にいた一部の兵士たちだけだ。


「貴女があの轟雷を放っていた魔術師ね」


 衝撃的な魔術を目の前にして、若干現実逃避気味に魔術について考察していたミランダだったが、間近で聞こえてきた声に反応して魔術を行使しようとする。

 しかしその前にセルマが魔術を放つのが早かった。


「っと、【吸魔】」


 咄嗟に放ったセルマの【吸魔】は、相手のMPを吸収して自分のMPを僅かに回復させる闇属性の魔術だ。

 しかし吸収したMPを全て自分自身のものとすることは出来ないので、魔力回復手段としてはそこまで有用ではない。


 ただし、セルマは【吸魔】を同時詠唱で5つも発動させていた。

 そこまで重ねると吸収によるMP回復量もかなりのものとなるし、吸われる側からしたらその数倍以上のMPを失うことになる。


「くっ……」


 戦闘前に使用していた魔術と、先程の集中魔術攻撃によって大きくMPを消費していたミランダは、急激に魔力を失ったことで魔術の発動に失敗する。


「無駄よ。ところで、魂環の書はこの上にあるのかしら?」


「ッ! 貴様の狙いはあの書か!」


「どうやら間違ってなさそうですね。では、貴女の首は頂きますよ」


 最初に外街で散々やっていたように、尋問をすることなくセルマはあっさりとミランダの首を刎ね、髪を掴んだまま持ち歩く。

 大半の兵士を倒したとはいえ、まだまだ敵は残っている。


 普通であれば、あれほどの威力の魔術を見れば退くのが当然であるのだが、ことこの国においては事情が異なる。

 そのことを良く知っているセルマとしては、ここで時間をかけるつもりはなかった。


 実際に丘を登っている最中にも、生き残った兵士達が攻撃を仕掛けてきている。

 しかし彼らは【吸魔】の恰好の餌食となり、悉くMPを吸収されて逆にセルマに力を与えてしまう。


 こうして敵対するものを殲滅して領主館へと辿り着いたセルマは、館に向けて土産代わりにミランダの首を投げ込む。

 すると顔を真っ青にした領主グルグが顔を出した。


「今すぐここに魂環の書を持ってきなさい。それと、先日この街に現れた悪魔の子についての情報も寄こすのです」


 この要求に対しグルグは全力で従い、ただちに魂環の書がセルマの手へと渡り、悪魔の子についての情報を詳細に聞き取ることに成功する。






「嘆きの穴?」


「は、はい。昔からこの地にある深穴でして、どこに繋がってるのかなど一切が不明でして……」


「その穴に悪魔の子を放り込んだという訳ね?」


「あ、い、いや、そのですね。私としましても出来るだけ温情を与えたかったのですが、余りに狂暴で魔封丸によってかろうじて抑えていた状況でして、その、こちらとしても余裕が……」


「御託はいいです。私は先を急いでおりますので」


 しどろもどろに言い訳するグルグを後目に、セルマは悪魔の子(影治)を追って、自ら嘆きの穴へと飛び込んでいくのだった。


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