第85話 ガチンコバトル
「お、1体だけ魔石以外のもドロップしてんな」
それは岩の魔物の体の一部のような見た目をしており、大きさは拳より少し小さい程度の大きさをしている。
手に取ってみると、直前に戦っていた岩の魔物の鈍重さからすると思いの外軽い。
「……これもしかして?」
何かに気付いた影治は、手に取ったドロップをペロペロと舐め回す。
そして舌先から伝わってくる情報に、推測が間違っていなかったことを確信した。
「おっしゃ! 岩塩ゲットだぜ!」
岩の魔物はただの岩ではなく岩塩で出来ていたのか、ドロップしたものは岩塩そのものだった。
丁度塩が切れはじめていた影治にとって、またとない品だ。
「これ1つでもひとりで使うならそれなりの量はあるが、先を見越してもっと見つけておきたいところだな」
ニヤリと笑みを浮かべた影治は、山の頂上部に真っすぐ目指すのではなく、山の斜面を螺旋を描くようにして遠回りしながら登っていくことにした。
この辺りにまでくると高木もないので、獣道を通らずとも好きに移動することはできる。
「ぴぃぴぃ」
「ん? 岩塩を食べてみたいだって? おま、これは調味料だぞ? めっちゃしょっぱいぞ?」
「ぴぃ!」
「む、そうまで言うなら小さく砕いてやろう」
移動を再開する前に、ピー助が岩塩を食べてみたいという意志を伝え、それに渋々応じる影治。
どうやら影治が一口舐めただけで大きな反応をしていたので、気になったらしい。
「ぴぃぃぃっ!?」
しかし一度くちばしから口の中に岩塩を放り込んだピー助は、すぐさま小さな欠片ごと吐き出す。
「だから言っただろう。ってか、鳥ってそんな風に食ったもんを吐き出せんのか?」
「ぴぃぃ!」
「ああ、はいはい。水だな? ちょっと待っとれ」
土魔術で即席の器を作ると、影治はそこに水魔術で水を注ぎ込む。
影治はピー助が吐き出した行為を気にしていたが、そもそも他の動物となると味覚も異なってくる。
多くの種の鳥は旨味以外の味を感じることができ、味覚細胞が舌から上あご、喉の基部まで広がっているので、より味に敏感なのかもしれない。
小さめに砕いたとはいえ、親指の先ほどの岩塩はピー助にはきつかったようだ。
「な? だから言っただろ。好奇心でなんでも口にするもんじゃないって」
「ぴぃ……」
ピー助の好奇心のせいで少し出発が遅れたが、影治は遠回りして頂上を目指して歩き始めた。
道中では同じ岩の魔物から更に幾つか岩塩を入手することに成功。
高所から襲ってくる鳥の魔物なども蹴散らしながら、先へ進むこと数時間。
影治はようやく頂上部へと辿り着いた。
「で、あれがここのボスって訳か」
影治の視界の先にいたのは、大きな岩で出来た人型の魔物――ゴーレムだった。
頂上部はそれなりになだらかな平面になっており、戦うのに不便がない地形となっている。
3メートル近くあるあのゴーレムも、足を取られることなく動き回れることだろう。
「ガンス! ガンス!」
ゴーレムは影治に気付くと、妙な言葉を口走りながら影治へと迫ってくる。
それを見て影治も竹籠を近くに置き、少し距離を詰めて戦闘体制へと移行した。
ピー助も危なくなりそうだったら手を出そうと、少し離れた距離でふわふわと宙に浮かび上がる。
「人型相手となると、まずは殴り合ってみたくなるな」
そんなことを言いながら、自分の身長の倍以上の岩で出来たゴーレムに向かっていく影治。
両者共に近づいていっているので、すぐにも両者は交わることとなる。
当然ながら、体が大きくリーチの長いゴーレムの攻撃の方が先に届く。
「うははははっ!」
ブオンッというえぐい風の音を響かせながら、ゴーレムの右ストレートが打ち込まれる。
それをしゃがんで躱しながら、その拳圧の凄さに影治の口からは思わず笑い声が漏れた。
当然ただ笑って躱しただけではない。
しゃがみ込んだ態勢から地を蹴るようにして前方へと一気に踏み込み、ゴーレムが右腕を引き戻すより前に、懐へと飛び込んでいく。
「破拳!」
ようやく攻撃範囲まで近づけた影治は、四之宮流古武術の当身技である破拳を放つ。
打ち込んだ部分から内部へと浸透し、破裂するような力の流れを作る柔法の技であり、これを生身の人間に打つと、下手したら内臓が破裂するような結果になる。
「ガンス!」
しかし岩の体で出来たゴーレムの内部を破壊することは叶わず、すぐさま打ち下ろしの左腕が影治に向けられる。
その攻撃を影治は、ゴーレムの股の下を潜り抜けて背中側に回り込むことで回避する。
「ハッ! 一撃はでかそうだが、動きは大したことなさそうだな!」
慌ててゴーレムが振り向くまでの間に、影治は人体であったら急所となる部位に打撃を放っていく。
それが効いているのか、打撃を打ちこむ度に「ガンス!」と悲鳴のようなものを上げるゴーレム。
その後も延々と両者の殴り合いは続く。
否、影治は攻撃をほとんど躱しているので、殴り合いというよりは一方的に殴っているだけだった。
まだ成長期に入る前の少年の背丈である影治が、3メートル近くある巨漢のゴーレム相手に一方的に殴り続ける。
それは的が小さく機敏に動き回る影治に対し、鈍重なゴーレムが対応しきれないからであった。
「ぶぼぁ!?」
ただ完全にノーダメという訳にはいかず、何度かゴーレムの攻撃をもらってしまう場面もあった。
その攻撃の威力はトラックにはねられた時のソレと大差ないものだ。
影治は今回の戦闘で【覆いかぶさる闇】も使用せず、ダメージを受けた時の回復魔術以外は魔術を使用せずに戦っている。
丁度いい物理系の人型の魔物がいたので、魔術なしでどれだけやれるのかを量るのに丁度いいと判断したからだ。
元々影治は魔術などというものがない前世においても、異才を放っていた。
四之宮流古武術の伝位の中でも最高峰である神伝には至っていないものの、無手術と剣術に於いては父より真伝を言い渡されている。
真伝とは神伝に次ぐ伝位であり、理を超える段階へと至る途中とされている。
こう動かせば力が乗る、こう動かせば相手に効果的にダメージが伝わる。
そういった理合いを突き止めてたどり着けるのが極伝であり、そこから一歩はみ出たのが真伝だ。
ここまで来ると、理屈に合わない効果を発揮することができる。
1000年以上の歴史を持つとされる四之宮流古武術に於いても、真伝まで辿り着けるのは100年や200年にひとりといった割合だ。
影治の父もその数少ない真伝のひとりであるのだが、息子である影治にはそれ以上の才能があると気付き、幼い頃より鬼のような鍛錬を施していた。
それは最早児童虐待というレベルを超えて、拷問レベルの内容であった。
影治の類まれなる才能がなければ、五体満足で成人を迎えることはできなかったであろう。
影治が高校卒業後に家を飛び出したのも、そのような家庭事情が原因である。
しかしそうして得た武術の力は、ゴーレムを相手に遺憾なく発揮されていた。
それも無理やりやらされていたという認識だった武術なのに、影治は楽しそうに戦っている。
本人は否定するかもしれないが、派手に殴り飛ばされても笑いながらすぐに立ち向かっていく姿は、戦いを楽しんでいるようにしか見えない。
どつきどつかれの激しい戦闘は、1時間近くも続くことになる。
そして最後にその場に立っていたのは、右腕を天に突きつけてドヤ顔をしている影治であった。