第810話 2つ持ち
◆◇◆
中央の部隊が持ちこたえている間に、左翼と右翼の奇襲部隊で帝国の両翼を削ぎ、そこから挟み撃ちにするという戦術は、結果としては上手くいった。
しかしラテニア側にも大きな被害が出ている。
帝国側の指揮官であるリヒャルトは、後方から指揮をしているだけであったが、聖なる暴虐団の団長のワーヒドゥはずっと前線で戦い続けていたからだ。
これについては、ラテニア側も対策はしてはいた。
ヒッタイト高地での戦い以降、何度か帝国とは戦っているのだ。
帝国側の戦力がどんなものか、大体の所を把握している。
中でもひとりで場をひっくり返すような英雄ユニットの存在は、小隊長クラスの者にまでしっかり伝えられていた。
なので、ヴェリアスやレイミーがゾボロに1000の精鋭を差し向けた際に、そういった英雄に対抗できる者達を特別に送り込んでいる。
それは冒険者や四魔君主直属の部下などで構成されており、そこへ更にガークランの冒険者も加えられた。
冒険者の中にはオリハルコン級やミスリル級も交じっているので、帝国側に英雄クラスの者がいようと、十分対抗できる……そう思われた。
「クソッ! こいつ化け物かよ!!」
「無理に倒そうとしなくていい! 消耗を狙って少しずつダメージを与えて削っていけ!」
「そうは言っても、あいつを抑えるのは無理だぜ!」
「巨人族のおれでも力で押し切られる! まともに力でぶつかるなあ!」
集められた精鋭の中の精鋭達は、たったひとりの男を抑え込む事に四苦八苦していた。
逆に言えば、彼らが必死に抑え込んでいることで、ラテニアの中央部隊は瓦解せずに済んでいると言える。
「むんっ」
男が腕を振り回すと、ぶおんっという風の音と共に、殴られた巨漢のオーガ種族の戦士が吹き飛ばされる。
無駄に口上を上げることもなく、ただひたすらに敵を殴り倒しているこの男の名はワーヒドゥ。
ヒューマンでありながら、オーガや巨人族以上の力を見せつけている。
ヒューマンは基本的に、身体能力や魔力が高いとは言えない種族だ。
だがゴブリンに次いで数が多い種族と言われており、その母数の多さから上澄み部分には化け物が多く潜んでいる。
それは剣の才能であったり、魔術適性であったりと人によって様々だ。
ワーヒドゥの場合、生まれ持った強靭な肉体の他に、2つのスキルが聖なる暴虐団の団長と呼ばれるまでに至らしめた。
その2つのスキルとは、鉄の皮膚と怪力無双である。
どちらのスキルも読んで字の如くだが、鉄の皮膚によってワーヒドゥはろくに防御すらせずに、敵の刃物による攻撃を体に受ける事が出来る。
スキルと闘気術によって守られた肉体はダメージを負うことがなく、アイアンマンという二つ名の由来にもなっていた。
怪力無双は常時発動するパッシブスキルでありながら、自分の意思でも発動出来るアクティブスキルでもある。
どういう事かと言うと、常に筋力が強化した状態になっていながら、更にそこからもう1段階筋力を強化出来るのだ。
ただしこちらのアクティブで使用する方は、使用の際に体力や生命力を消耗する上、連続しての使用は出来ないという欠点もある。
だが2段階強化された筋力は、ただ殴るだけで相手の内臓を破裂させるほどの威力があった。
「…………」
「ゲッ、こっちに来やがった!」
「抑えろおおおお! なんとしてもそいつを本陣に近づかせるんじゃねえ!!」
恐ろしく高い身体能力を持つワーヒドゥに、ラテニアの精鋭達も魔術や呪符などを用いて、デバフを掛けている。
しかし当然ながら、ワーヒドゥも呪符で自分を強化しているので、強化具合としてはトントンと言った所だ。
いや、怪力無双が常時機能しているので、筋力の強化具合に関しては、デバフが掛かっても通常状態とそう変わらない。。
これまでどうにかワーヒドゥを抑えてきた精鋭達も、ひとりまたひとりと倒されていく。
「私の轟火球を何発も食らっているというのに、なんであんなにピンピンしてるのよ!」
「ええい、喚くな! こっちの攻撃が効いてない訳はねえんだ。少しでもダメージを与えておけば、奇襲部隊がその内――」
ラテニアの冒険者の男がそういった所で、帝国の後方部隊がいる辺りに強力な範囲攻撃魔術が放たれた。
その余りの威力に、冒険者の男は口をポカンと開けながら遠くを見つめる。
それは無口で、何事にも動じなさそうに見えるワーヒドゥも同じだった。
流石にポカンと口を開けて呆然とはしていないが、戦場の空気が一気に変わった事を敏感に感じ取っている。
「……何があろうと押し進む」
事態の大きな変化に一瞬どうするか考えるワーヒドゥだが、すぐに考えるのを止めて、当初の予定通りにこのまま敵中央部隊の殲滅を続ける事にした。
脳筋……とはまたちょっと違うのだが、ワーヒドゥは融通が利かないというか、制御する人がいないと、指示された事をとにかくこなそうとする。
帝国中央の部隊が半壊したことで、ラテニア兵の指揮は向上していたが、ワーヒドゥを相手にしている精鋭達は未だにお通夜モードのままだ。
そのまま更にひとりずつ精鋭が屠られていくと、このままでは抑えられないと思ったラテニア側が、一般兵の中でもタフで頑健な連中を集め始めた。
「いいか、勝利はすぐ目の前だ! ガルダ殿やローズ殿が合流すれば、あの化け物とてどうにでもなる!!」
余り表立って活動する事がないガルダとローズだが、両者共に300年以上もラテニアで暮らしているので、知る人ぞ知る強者といった認識でそれなりに名が知られている。
ドラゴンアヴェンジャーの名前も少しは広まっているが、知名度で言えばまだまだ敵わない。
「…………」
相変わらず余計な口を叩かず、黙々と戦闘を続けていたワーヒドゥが、背後を振り返る。
先ほど範囲攻撃魔術が放たれた時は、2回目の魔術が放たれるとすぐにまた前に振り返ったが、今回は動きを止めジッと背後を振り向いたままだ。
「……何だ? 俺達に背を向けて攻撃を誘おうってのか?」
「そう見せかけてカウンターを企んでるんじゃ……」
「そんな事言うとる場合か! ダメージが蓄積して、ポーションでも飲もうとしてるのかもしれん。今こそ魔術攻撃の機会じゃぞ!」
「そう言われても、もう魔力もほとんどないんだってば……」
迂闊に近接戦を仕掛けにいっても、返り討ちにされるのは目に見えている。
魔術師組も、今は少しでも魔力の回復に励んでいる所で、せっかくの機会だというのに、ろくに攻撃を仕掛けることも出来ずにいた。
「ソレガシ。あいつはわたしがやる」
「ふむ、シャウラと同じ格闘タイプか。それもかなりの強さと見た。やれるのか?」
「もんだいない」
ワーヒドゥが後ろに振り向いたのは、後方から迫ってくる強者の気配を感じとったからだった。
それも1人や2人といったものではない。
数人の小集団ではあるが、誰もが油断ならない実力の持ち主であると、本能的にワーヒドゥは感じ取っていた。
「ならば我らは周囲の帝国兵を蹴散らすとしよう」
「シャウラ。不満かもしれませんが、フォローはさせてもらいますよ」
敵陣を突破してここまでやってきたリュシェル達は、先を進んでいたシャウラが足を止めたことで、ようやく一つ所に固まって戦うことになった。
周りには彼ら以外にトレント系やゴーレム系の魔物もいて、既に帝国兵と戦闘状態に入っている。
更にここでリュシェルは、【樹霊召喚】で植物の精霊も召喚した。
この魔術で召喚される植物の精霊は、種類が固定されていない。
前回牛魔窟のボス戦で召喚した際は、マンドラゴラのような見た目をした精霊が召喚に応じていた。
そして今回召喚されたのは、きのこの見た目をした精霊だ。
「何が出来るのか分かりませんが、襲い掛かってくる敵を倒してください」
「ぷしゅぅ~」
リュシェルの曖昧な指示に従い、召喚されたきのこ精霊が頭部から胞子を吹き出す。
それはそのまま帝国兵の方に飛んでいくと、途端に兵士達が苦しみの声を上げ始める。
「しね」
一方シャウラは相手と決めたワーヒドゥに、殴りかかろうとしていた。
見た目は少女にしか見えないが、纏っている闘気を見ればただの少女ではない事は一目瞭然だ。
これまで前に進みながら戦い続けたワーヒドゥであったが、ここで初めて後ろを向いて戦う事となった。




