第84話 ピー助の生態
トビリスを撃退した影治はそのまま移動を続け、その日の夜には目指す山との結合部に辿り着いていた。
この山には動物らしきものもいるのだが、魔物もかなりいるようで定期的に襲われながらの山歩きである。
「今日はここで休むぞ」
「ぴぃ」
今日の夕食は、蛇の魔物からドロップした蛇肉をさっと塩を振って炒めたものと、道中で採取した種別が分からないナッツ類を塩と油で炒めたものだ。
「ううむ、大分節制はしているが塩がもう尽きそうだな……」
影治がベルトポーチに入れて持ち歩いていた塩は、元々非常用のものだった。
この世界に転生した当初は塩なしで暮らしていたので、最悪なくてもしばらく問題はないのだが、一度味わってしまった味の濃い食べ物は中々忘れられないものだ。
「ぴぃ?」
「お前は水だけでも大丈夫だからいいよな」
「ぴぃ! ぴぃ!」
「なになに? 水だけでも大丈夫だけど、ご飯も食べたい?」
「ぴぃぃい」
ピー助と出会ってしばらくのあいだは食事を取ることがなかったので、そういう謎生物なんだろうと思っていた影治。
しかしこの山岳地帯に来てから試しに食べ物を与えてみたところ、普通に物を食べられることが判明した。
それほど大量に食べる訳ではないのだが、最近では簡単に焼いただけの肉などが与えられている。
「さて、食事も終わったことだし今日の成果を確認してみるか。……【見通せぬ闇】」
今日も一日中、闇魔術と無属性魔術を使いながら移動していた影治。
その成果がようやく表れたようで、影治はクラスⅡの闇魔術である【見通せぬ闇】の発動に成功した。
これは一定範囲の空間に闇を生み出し、その中にいる者にダメージを与えるという闇の初級範囲攻撃魔術だ。
「どれどれ……」
物好きな影治は次に、食事が終わって休んでいたピー助から少し離れ、態々自分を中心に【見通せぬ闇】を発動させてみる。
「ん、む……。こんなもんか」
【見通せぬ闇】はクラスⅡの魔術であるが、範囲攻撃であるせいか、クラスⅠの【闇球】とそう大きくダメージに違いはなさそうだ。
だがとりあえずの目標だった、クラスⅡ闇魔術を修得した影治は満足そうだ。
「闇魔術はこれで一旦止めて、次は火魔術と引き続き無属性魔術の訓練だな。早く無属性魔術のクラスⅣを使用できるようになりたいぜ」
グレイスからは、クラスⅣの無属性魔術に【身体強化】があることを教わっている。
魔術だけでなく物理戦闘も行う影治にとって、非常に興味をそそられる魔術だ。
「ま、今日は大人しく寝ておくか。ピー助、あとは頼んだぞ」
「ぴぃ!」
ピー助が仲間になったことで、影治の夜の負担は大分軽減されている。
魔物が蔓延るこの場所でも、影治はそれなりに体を休めることが出来るようになっていた。
翌日からは、予定通り闇魔術から火魔術に切り替えて移動しながらの訓練を行う影治。
とはいえ、周囲には木や草が生えているので迂闊に炎を発生するのも危険だ。
そこで影治はクラスⅢの火魔術である【乾燥】を、そこいらで使いまくっていた。
これは衣服や木材などを乾燥させることが出来る魔術で、影治が連発しまくったせいで通り道にあった木々は若干しおれている。
ただもう1つのクラスⅢの火魔術である【火耐性強化】も挟んでいるので、木々への影響はちょっとした乾期が訪れた程度のものだろう。
影治がクラスⅢに拘って使っていたのは、より上位の魔術を覚えるには出来るだけ高位の魔術を使った方がいいのでは? という思い込みによるものだ。
魔力オバケである影治にとって、クラスⅠだろうがクラスⅢだろうが1日中使い続けられるという点で変わりない。
「お、そろそろ森を抜けるみてえだ」
火魔術と無属性魔術を乱発しながら移動していた影治は、ようやく目的地である隣の山頂部にあった高木が生えていない場所に辿り着く。
この先も植物自体は生えているのだが、草や低木が主となる。
所々に可憐な白い花が生えており、見る者の眼を癒やす。
「ぴぃ」
「おいおいピー助。突然肩から降りたと思ったらお食事か?」
まるで赤ん坊がそこらに落ちてるものを何でも口に入れるかのように、ピー助が白い花びらを嘴でむしり取っている。
「ぴぃぃ……」
だが少し食べてみて気に入らなかったのか、ぶるぶると顔を振ってすぐに定位置に戻っていった。
「食に目覚めたのか知らんが、あんま何でも口にするもんじゃねえぞ?」
「ぴぃぃ」
つぶらなピー助の瞳からは、反省しているかどうかいまいち分かりにくい。
実際魔力的繋がりでピー助から影治が受けとった感情は、食に対する好奇心だった。
また同じようなことがあれば、同じことを繰り返しそうである。
ただ幸いというべきか、この辺りには他にピー助の好奇心を刺激するものはなかったようで、そのまま頂上部へと向かう――途中に魔物に襲われた。
「妙な色をしてるが岩の魔物か?」
ソレは肉のようなピンク系の色をした岩から、4本の足と頭部が生えた姿をしていた。
現れたのは3体と少なめで、見た目的に生身の拳で殴ってはいけない姿をしている。
大きさは手足が数十センチで、胴体部の長さが120センチといったところだ。
「ふむ……。いっちょやってみるか」
しかし影治は構わず岩の魔物へと突っ込んでいき、右腕を突き出す。
ゴツッという音と、微かに岩の魔物を押し出すことに成功するが、同時に岩の魔物も前足で殴りかかってきていた。
「ごふっ……。いーいパンチ持ってんじゃねえか」
完全に避ける動作をすて、相打ち覚悟で撃ちこまれた魔物のパンチをまともに食らう影治。
こちらは先ほど影治が打ち込んだ突きとは対照的に、2メートル近く吹き飛ばされていた。
「ぴぃ!」
「だーいじょうぶ、心配すんなって」
前世の世界では、殴られた勢いでこんだけ吹っ飛んだとなると、人体に深刻なダメージが残っていてしかるべき攻撃だろう。
しかし魔物を倒してきた経験が活きているのか、影治も大分タフになっていた。
綺麗に受け身を取ると、即座に回復魔術でダメージを取り除く。
ちなみに殴った方の右手には損傷はない。
岩式の部位鍛錬によって、影治の拳は生半可なことでは壊れないくらいに強くなっているのだ。
「ぴぃぃ?」
「今のはちょっと試しただけだ。どうもこいつらは動きも遅いようだし、新しく覚えた闇魔術を試しみるか」
別に亀のように鈍いという訳ではないのだが、それでも胴体部分が重いのか動きは鈍重だ。
影治は常に距離を取りながら、闇魔術を何度も使用していく。
「流石に岩相手に【闇眠】は通じないか。魔術ならワンチャンありかもとは思ったんだが……」
影治が使えるクラスⅡの闇魔術には、攻撃以外の魔術が2つある。
その内の1つである【闇眠】は何度使用しても効果が現れなかったが、もう一つの【覆いかぶさる闇】について案外あっさりと効果が表れた。
「おお……あの鈍重な動きが更に鈍くなったな」
【覆いかぶさる闇】はデバフ系の魔術であり、対象の敏捷を下げる効果がある。
影治が必至に闇魔術を訓練していたのも、【闇球】などの攻撃魔術よりデバフ効果のある【覆いかぶさる闇】が気になっていたからだ。
ただ攻撃魔術の方も、動きが鈍くなった岩の魔物達相手に試している。
10発以上撃ち込まないと倒せなかったので、結構タフな魔物だった。
だがその見返りとしてドロップしたものは、影治のテンションを大きく上げることになる。