第83話 山岳地帯
「むう……。持ってくの邪魔だな」
ラッシュライノスはドロップとして魔石と角を残していた。
角は30センチくらいある立派なもので、見た目以上に軽い。
しかし現状ではすぐに何かに加工できる訳でもないし、どこかに売ることも出来ない状態。
仕方なく魔石だけ回収していくこととなった。
「んで、サイを倒してからあっちの方で何か光ってるようなんだが……」
最初にラッシュライノスがいた辺りから光が湧いているのが、昼間の明るい中でも確認出来る。
魔石を回収した影治は、光の発生源へと向かって歩いていく。
そこで判明したのは、光の発生源は筒状の円柱構造物の底面から放たれていた光によるものだということだった。
「なんじゃあ、こりゃあ」
形としては筒状であるが、左右両側が大きく開いた構造をしているので、そこから筒状の構造物の内部に入ることができる。
高さは3メートルほとで、内部は少し狭いエレベーターくらいの広さがあった。
「筒の部分は随分と硬いが、材質がよくわからんな」
コンコンッと筒の側面部を叩いてみたが、かなりの強度がありそうだということしか分からない。
続いて無属性魔術の【魔力感知】や【魔力調査】を試したところ、側面の壁部分や天井部からはほとんど魔力は感知できず、床面の光っている場所から強い魔力反応があることが判明した。
「恐らく何らかの魔術的装置なんだと思うが、どういう効果なのか分からん」
【魔力感知】は単に魔力の存在を感知するだけだし、【魔力調査】は魔力の性質が分かるだけで、これがどんな代物なのかを調べることは出来ない。
ただこれまで感じたことがない属性の魔力であることだけは分かった。
「……ここで拱手傍観していても仕方ない。中に踏み込んでみるか」
意を決した影治は、肩にピー助を載せたまま筒の内部へと踊りこむ。
だが特にこれといって何かが起こるということはなかった。
ふぅっと一安心した影治は、内側の壁の側面の一部が三角形の形に光っていることに気付く。
「なんかエレベーターのボタンみたいだな」
もうここまで来たのだからと、影治はそのまま三角形に光る壁に触れる。
すると床面から放たれていた光が強くなっていき、ふと気づくと筒の外の光景が変化していた。
「なるほど。こうやって移動していく訳か。というか、なんかこういった構造の場所に覚えがあるぞ……」
影治の脳裏に浮かんだのは、異世界もののライトノベル作品では定番であるダンジョンのことだった。
思えば最初の草原と森のエリアだって、ダンジョンだと言われれば納得出来てしまう。
「だとすると、このダンジョンはあの嘆きの穴にわざわざ落ちないと来れない訳か。……って、そうなるとこのダンジョンを上って行ったとして、果たして地上まで辿り着けるのか?」
ダンジョンに挑んでいるというワクワク感と共に、このまま先に進んで地上に戻れるのかという不安を覚える影治。
しかし少なくともあの地底部分から脱出できる道はないと、グレイスも言っていた。
ならば、望みを託してこのダンジョンタワーを上っていくしかない。
「そんでこっから先に行くには次の転移装置を探さんといかん訳か」
今影治がいる筒の内側の壁にも光る三角形の部分があるが、先程のような上向きの三角形ではなく、下向きの三角形をしている。
恐らく触れれば先ほどの森の中心部までは戻れるだろうが、更に上に行くには別の転移装置を探さないといけないのだろう。
「で、今度のエリアは山の上……と」
転移装置から外に出た影治は、見晴らしのいい風景にしばし見入る。
山の麓部分ではなく、すでにそれなりに登った見晴らしのいい場所に転移装置は設置されているようだ。
だが周囲の風景を眺めていく内に、この山の中から次の転移装置を探すという困難さに気付き、段々と表情が崩れていく。
「こいつは長期戦を覚悟した方がいいな。やあってやるぜえ!」
やれやれと息をついた影治は、自分に喝を入れるように大きな声を上げる。
あくまでダンジョン内の不自然な環境にしか過ぎないが、影治が発した大きな声は山彦となって辺りに轟くのだった。
「ふうむ。最初は雄大な山の風景を見てこらあかんと思ったが、案外なんとかなりそうか」
額の汗を拭いながら、影治がポツリと呟く。
あれから2日が経過し、その間に新しいエリアを探索していた影治。
この山には所々に獣道のようなものが通っており、それが山道として機能しているらしいことが分かってきていた。
こんな場所のダンジョン内の山に人が登る訳もないだろうから、この獣道は予め用意されていた……というかそう設計されていたんじゃないか? と影治は予想している。
もしこの獣道とは無関係な場所に次の転移装置がある場合、それこそひとりで山狩りする勢いで探さないと見つからないだろう。
「一応、怪しい場所はあるんだよなあ」
道中に木が開けた見晴らしのいい場所が何か所かあったのだが、影治の言う怪しい場所とはそこから見える隣の山の頂上部のことだ。
この辺りの山はそれなりに標高が高そうな感じがするのに、どうも森林限界というのが存在していない。
それ故、影治はこのエリアに転移して以来、ずっと木が鬱蒼と茂る山道を移動していた。
だが隣の山の山頂部付近だけは高木が生えておらず、明らかに何かありそうな感じがしている。
そこに向かうには恐らく2つのルートがあって、一つは今の山を下りながら隣の山の麓から頂上を目指すルート。
そしてもう1つが、今影治が進んでいる今の山の尾根部分を伝って、隣の山まで向かうというルートだ。
とはいえ、周囲に木が茂っていて視界が効かないので、影治は時折木の上に上って目的地の隣の山の位置を確かめながら、移動していた。
「ぴぃ!」
「む? 敵か!?」
山道を歩いていると、不意にピー助が鳴き声を上げる。
その直後、樹上から数匹の魔物が飛び掛かってきた。
「おわっと!」
襲い掛かってきたのはムササビのような見た目の魔物で、トビリスと呼ばれる魔物だった。
体長は50センチほどで少し大きく、鋭い爪を生やしている。
瘴気を放っていることと、眼がランランと赤く艶めいているのを除けば、ペットとして飼っても良いくらい、見た目的には可愛らしい。
だが集団で滑空してくるトビリスは殺意に満ちており、上手く空中で軌道を調整しながら、ほぼ同時に影治の頭部めがけて飛んでいく。
「ぴ、ぴぃ!」
「うわっ!?」
それほど危険な魔物という訳でもなかったのだが、一直線に向かってくるトビリスにびびったのか、肩に乗っていたピー助が咄嗟に光魔術を使用する。
それは攻撃用の光魔術ではなく単なる強い光を放つだけの魔術だったようだが、突然間近で強烈な光が発生したので、一瞬影治は視界を失ってしまう。
「グルルルッ!?」
だがそれは影治目掛けて飛んできたトビリスも同じらしく、そのほとんどが影治を見失って見当違いの場所に着地していく。
しかしその内の一匹が、落下しながらも手足をジタバタ振り回していた結果、影治の頬部分に爪をかすらせることに成功していた。
「ぬっ……。ピー助なあ、お前は大丈夫かもしれんが、今みたいに間近で強く光らせるのはなしにしてくれよ?」
「ぴぃ……」
しばし視界が戻るまでの間、周囲の気配を窺いながら立ち止まる影治。
だがトビリスはその状態の影治に襲い掛かったりはせず、再び樹を上っていく。
ちなみにピー助はしょぼんとした顔で影治を見つめていた。
「だがまあ奴らの手口は分かった。あとはどーとでもなるだろうよ」
自信満々にそう言ってのけた影治は、有言実行とばかりに次の滑空攻撃を見事捌ききって、その全てを返り討ちにすることに成功するのだった。