第784話 すれ違い
アドラーバーの街は、これまでのラテニアの都市と比べて一目見て妖魔と分かる者の割合が少なかった。
影治たちからすると、こちらの方が見慣れた街の光景と言える。
建物の方式も独特なテイストのある他の都市と比べると、馴染みのある様式の建物が多い。
「まずは宿の確保は出来たが、余り長居するつもりもねえからこのままエリーの所に向かうぞ」
情報収集をしながら宿を確保した影治たちは、その足ですぐにエリーの屋敷へと向かう事にした。
場所も既に調べてある。
この街では……というよりラテニアではエリーの名は四魔君主と同じ位有名で、街の誰しもが彼女の事を知っていた。
街の中央には遠目にも目立つ城があるのだが、この城にエリーは暮らしていない。
この城は四魔君主のひとり、ヴェリアスの居城なのだが、忙しくあちこち廻っている事が多かった。
エリーの屋敷は街の南東部にあり、影治達が今向かっている場所もそこである。
「街の中の様子は、アーカースとそう代わりないようですね」
「うん? ああ、確かにこれといって淀んだ雰囲気はねえな」
リュシェルが言っているのは、住民の種族やら建物の形式のことではなく、街の人々の様子だった。
この街にも帝国が攻めてきたという話は伝わってはいたが、何百年と繰り返されたことなので、今更それでどうこう騒ぎ立てる人はいない。
「衛兵の方達の様子が少しおかしいと思ったのですけど、その原因を市民は知らないようですわね」
「兵士達には前線の戦況が伝えられているのかもしれません」
リュシェルの推測が正しいとすれば、衛兵が物々しい様子だったということは、戦況が芳しくない可能性があるということだ。
街の人からはそこら辺の情報を得ることは出来なかったので、手持ちの情報だけであれこれ話しながらしばらく歩いていると、ようやく目的の場所が見えてきた。
「ここか」
エリーの屋敷はラテニアの有名人が済む場所にしては、華やかさの欠片もない建物だった。
外装に手を掛けていないのか、むき出しの石づくりの建物は無骨に過ぎる。
周囲を覆う高い壁とその無骨な建物の組み合わせは、まるで刑務所のようですらあった。
「よお、ここがエリーの屋敷で合ってるか?」
「……そうだが、お前達は何者だ?」
いかめしい外観のエリーの屋敷の正面まで回り込むと、そこには2名の守衛が入り口を守っていた。
その内の片方に影治は話し掛ける。
「俺達はドラゴンアヴェンジャーっつう、冒険者パーティーだ。ヴェリアスから俺らの話が通ってねえか?」
「……なるほど、お前達がそうか。話は聞いている。だが生憎とエリー様は現在屋敷を留守にしておられる」
「その言い方だと、ちょっと買い物に出かけたとかいう感じじゃあなさそうだな」
「しっかりと予定が決まっていないのでな。我々もいつお帰りになるか分からないのだ」
「そいつは困ったな。エリーは何時頃出ていったんだ?」
遥かラテニアの北部までやってきたというのに、目的の人物は留守。
しかもいつ帰ってくるか分からないとなれば、この街でただずっと待ち続ける訳にもいかない。
「屋敷を発たれたのは3日前だが、その際にしばらくは帰ってこれないかもしれないと仰っておられた」
「……そうか。じゃあ、帰ってきたら俺らが訪ねた事を伝えといてくれ。今回はこれで失礼する」
1~2日程度なら待ってもいいと思った影治だが、話を聞くにどうやらそんなすぐに帰って来そうにはない。
仕方なく踵を返し、エリーの屋敷を後にする。
「目的の人物と会えませんでしたが、これからどうなさいますか?」
「いねえもんはしょうがねえ。今日はもうあと2、3時間で日も暮れてくるだろうし、1泊だけしてニューホープに帰還する」
「えー、そんなすぐに帰っちゃうのー?」
「平時なら少し位滞在してもよかったんだけどな。ニューホープに戻ったら、レイノルズや影忍から情報を集める。その情報次第で今後どう動くか決めるつもりだ」
もう何年も戦争状態にあるが、このようにラテニア内の各街で話題に上がるほどの、本格的な帝国の侵攻となるとしょっちゅう起こる訳ではない。
小競り合いはしょっちゅう発生しているが、軽く聞き込みしてみたところ、前回の大規模な侵攻は8年も前だと言う。
「ではこの後はいつものように、自由時間でしょうか?」
「ああ、短い間だが楽しんでいってくれ」
「待ってたわ! シャウラ、一緒に北国のグルメを堪能するわよ!」
「おーう!」
「ぴぃーー!」
ニューホープからかなり北上し、かなり気候の異なる場所までやってきた。
そうなると、必然的に植生や食文化も変わってくる。
ここに来るまでの間にも、色々とそういったものを試してはきたのだが、同じ地域ですら街によって特産が異なったりするものだ。
食に偏りすぎてはいるが、ティアやシャウラはすっかり旅の楽しみ方を見つけていた。
それは影治も同様で、旅先で武器屋やら鍛冶屋やらによって、武器を買い漁るのがすっかり趣味になっていた。
この日の自由行動時間中にも、長い爪が生えた鉄甲を発見して喜び勇んで購入している。
似たような武器はこれまでも見た事はあったが、今回発見したのはとにかく爪が長い。
3本伸びた爪の長さは1メートル近くもある。
ぶっちゃけ実用性が低そうな武器ではあるが、そこに影治は製作者のロマンを感じ取った。
「おおぉ……。見てくれ! こう見えて意外と造りはしっかりしていて、装着した感覚も悪くねえ。試し斬りもさせてもらったけど、切れ味も思ってた以上でな! ま、それは俺の腕のおかげもあるんだろうが、それにしても独特の武器の重さのバランスを求められるピーキーな所が、マニア心をくすぐられるぜえ」
「う、うむ……。確かに切れ味は……その思ったより悪くなさそうじゃの」
今は自由行動時間となってバラバラに行動していたが、ウルザミィやガンテツなどは影治と行動を共にしていた。
しかし両者とも影治の趣味は理解できないようで、ひとりチェスだけが「グィィ」と理解を示していた。
そんなこんなでアドラーバーでの短い時を過ごした影治達は、翌日になってゲートキーの登録ポイントを設定してから、ニューホープに帰還した。
「お帰りなさいませ、エイジ様。帰還早々に慌ただしいのですが、幾つか報告したい事がございます」
ゲートキーに登録されているバベル内のポイントに帰還した影治達は、早々にグルシャスによって出迎えられた。
さしもの影治も、長旅の疲れというものがないでもなかったが、久々の帰還という事で自室に戻るのではなくすぐにグルシャスと共に別室に移動する。
他のみんなとはここで一旦解散しているので、部屋には影治とグルシャスしかいない。
「それで? 報告ってのはなんだ?」
「はい。ご承知かとは思いますが、ラテニアに帝国が攻め込んできたようです」
「ううむ、お前は優秀だな。まさにそれは俺が今求めていた情報だぜ」
「お褒めに預かり光栄でございます。今もレイノルズ、影忍共に情報を収集中でありますが、これまでに判明した情報をお伝えします」
「ああ、頼む」
グルシャスは今でこそ忠実な影治の僕となっているが、元はロチーナ専制公国の諜報組織、レイノルズにて天翼という役職で活動していた。
そしてレイノルズではハベイシア帝国について、昔から要警戒対象として諜報員を派遣している。
古来より活動しているレイノルズの根は大陸全土に及んでいた。
「まず今回の帝国の動きは、これまでにない程壮大なものです。我々はハベイシアが王国だった時代から、警戒対象としてハベイシアに諜報員を送っていましたが、ここまで大きな動きは初めての事です」
レイノルズの歴史は古い。
何せ古代のホープヒル王国の流れを連綿と受け継ぐ、ロチーナ専制公国が興した組織である。
また寿命が1000年、2000年という天使が多く在籍しているので、過去からの情報伝達も途切れにくい。
そうして伝えられてきた情報の中に、これほどまで大規模な軍事行動はなかった。
「その概要ですが、まず北方面軍と東方面軍のほぼ全軍が出撃したとのことです。更には数十万にも上る傭兵に、聖なる暴虐団もほぼ全団員が参加。更には帝国北部を中心に第2種神兵召集が発せられており、150万近い神兵が集められました」
「150万……だと?」
「はい。それと四将軍からも3人加わっております」
「……なるほど、確かにとんでもねえ規模だな」
余りに数が多すぎて、影治にも具体的なイメージが沸かないでいる。
神兵だけで、以前ガンダルシアに押し寄せてきた数のおよそ10倍。
それに加え専業軍人である方面軍や傭兵たちも加わり、総数は200万を軽く超えるという。
渋面の影治を前に、グルシャスの報告はまだ続く。




