第783話 応急処置※
翌朝。
どうやら昨日の雪は途中で止んでしまったようで、地面は濡れてはいたものの雪が積もったりはしていなかった。
ただ寒さは相変わらずで、特に朝ともなれば特にその傾向は強い。
「うー、相変わらず寒いわねえ。北国ってみんなこーなの?」
「これくらいで音を上げるようでは、某の故郷では一歩も外に出れんぞ」
「うげぇ。そんな寒い所だとあたしの自慢の羽も凍っちゃうじゃない!」
ガンテツの故郷シルディア幕府国は、シャルネイア大陸の北東部に位置している。
緯度的にはラテニアの最北端部より、シルディアの最南端部の方が北に位置している。
それに近くに山脈もあって国土の半分が山地になっているので、なおの事寒さの厳しい場所が多い。
「今後はこうした寒い地域に行く事もあるだろうし、ホープヒルキングダムのようにダンジョン内にもそういったエリアがある。少しずつこういった気候にも慣れていった方がいいぜ」
影治達にはドラゴンベースの他に、環境維持ボックスなどの魔導具も所持している。
なんだかんだで、ホープヒルキングダムの雪原エリアではこの魔導具を使用していたので、寒さについて体感する場面は少なかった。
今いる地域は結構な寒さではあるが、まつ毛が凍るような極寒の地ではない。
こうした場所で少しは寒さに慣れておくのもいいだろうと、朝食は態々外にテーブルなどをセットして取っている。
しかも敢えてドラゴンベースの環境維持機能は停止してあった。
寒さの事を気にしなければ、気分的にはこのような広い空の下で食べるのも悪くない。
特についこの間まで、洞窟タイプのダンジョンに篭っていた事もあって、文句を言いながらもティア達は外での朝食を済ませる。
「なー、エイジ。今日はあたいが運転してもいいか?」
「ああ、好きにしな」
目指すアドラーバーまでは後少し。
順調にいけば1時間もあれば到着する距離だ。
だがここで思わぬ事態が発生する。
「うわっ! うわわわわわっ!?」
運転席に座るエカテリーナから、慌てた声が響き渡る。
一体何が起こったのか。
それは運転席に座っていない、他のメンバー達にもある程度理解出来ていた。
恐らくはこの寒さと昨日の雪の影響で、路面が凍っていたのだろう。
ハンドルが効かなくなった状態で、慌ててハンドルを左右にきったせいか、車体がぐらんぐらんと左右に振られていた。
「エカテリーナ! 飛行モードをオンにしろ!!」
「あわ、あわわわっ! こ、これか!?」
慌てて居住区画から運転席に駆け付けた影治だが、ここに来るまでも車内が大きく振られていてまともに歩くのも大変な状況だった。
それでもどうにかエカテリーナに指示を送る。
すると慌てながらも魔導車の飛行機能をオンにさせた事で、路面の影響を完全に排除することに成功し、安定飛行に移った後に一旦ドラゴンベースを停止させた。
「ふぅぅぅ、助かったぜえ。これまで魔物との戦いであぶねえ場面は何度も経験してっけど、それとはまた違った恐怖があるぜ、これは」
「ううむ。俺としたことが、路面凍結のことをさっぱり考えてなかったな……。あんな年中春みたいな気候の所で暮らしてたせいか、そこまで考えが及ばなかったぜ」
一応ドラゴンベースには、環境維持ボックスと同じ機能も付与されている。
車体を中心にした一定範囲内の気温や湿度を、調整するというものだ。
しかし今回は路面が凍結していたので、いくら車体周辺が過ごしやすくなったところで意味はない。
空飛ぶ車というロマンの為に組み込んでおいた、【強化浮遊】による飛行機能がなければ、あのままハンドルを取られてえらい事故を起こしていたかもしれなかった。
「どうすんだよエイジ。これから日が昇っていけば、凍った場所も少しは溶けてくるだろうけどよ。ずっと空飛んだまま移動するか?」
「こっからならそう距離はねえからそれでもいいんだが、浮遊モードはエネルギーを結構食うからな……。ちょっと待ってろ、今応急処置をしてくる」
まだまだ魔導車開発は始まったばかりであり、こうした実際に使用した際に発生した問題を調整していく事で、より完成品に近づく。
今回は旅先ということで、一度組み直すような手間はかけられない。
付与魔術によって魔法陣が付与された魔導具に、更に追記で付与魔術を使っても失敗してしまう。
なので今回はクラスⅢ氷魔術の【氷上歩行】の魔導具を作成し、それを運転席から発動させられるように出来る簡単な仕組みを取り付けた。
【氷上歩行】は凍った水の上だけでなく、固く凍り付いた雪だろうと滑らず移動することが出来る、地味に便利な魔術だ。
それを4つのタイヤの傍に取り付け、そこから純ミスリル製の魔力導線を運転席までつなげ、簡単なスイッチ部分もやっつけ仕事で取り付ける。
常に発動する必要もない機能なので、状況に応じてこのスイッチでオンオフ出来るようにした。
「よし、こんなもんだろ。ぶっつけ本番になるが、これでまた滑りちらかす事があったら、そん時はまた飛行機能でしのいでくれ」
「ああ、分かった。1度経験してっから、次はもっとスマートに対処できると思うぜ」
このドラゴンベースの設計は影治が1から携わったものであり、構造を知り尽くしているので突然の車体改造にもそれほど時間はかからなかった。
とはいえ、スリップ防止機能を取り付けるのに数時間ほど足止めを食らってしまう。
そのため1時間で到着するところが、影治達がアドラーバーの街に到着したのは昼も過ぎた時間帯であった。
「身分証の提示を」
そう告げてきた守衛の男は、グレーの髪と橙に近い瞳の色をしており、見た目的にはヒューマンのように見える。
人通りの少ない街道側にある門とはいえ、付近の村などから訪れる者もそれなりにいるので、辺りには人々のざわめきが絶えない。
そうした人々達も、妖魔の国ラテニアにしてはヒューマン系の姿が多く見える。
しかし実のところ彼らの半数くらいはヒューマンではなく、北東部を支配する吸血鬼達であった。
そして残りの半数がヒューマンであり、ラテニアでのヒューマン人口の大半はこの北東地域で暮らしている。
彼らは吸血鬼とは持ちつ持たれつといった関係を築いており、血を吸わせてもらう代わりにヒューマンを守ったり対価を支払ったりしていた。
「ほらよ」
影治達がギルド証を提示すると、それらの材質が軒並みレアメタルである事に気づき、クールな態度をしていた守衛も驚きを露わにする。
「これは……! もしや、お前達はラヴェリアの冒険者か?」
高位の冒険者というのは、必ずしも誰からも敬われるという訳ではないが、一目置かれる存在ではあった。
そして一定以上の強さが保証されているという事なので、高位の冒険者につっかかっていく者などはそうはいない。
酔っ払った冒険者であっても、我に返ってしまうほどの印籠効果がある。
だというのに、守衛の男は険しい目つきを影治達に向けてきた。
その態度は明らかに好意的には見えない。
「いや? 俺らは南の……カウワンの方から来た冒険者だ。ドラゴンアヴェンジャーってパーティー、知らねえか?」
「むっ、ドラゴンアヴェンジャーだと? その名前は上から聞かされている。……そうか、失礼な態度を取ってしまった。謝罪する」
「あー、そんな気にするこたあねえ。それと、こいつらは冒険者じゃあねえから入街料を支払おう。幾らだ?」
「あなた達から料金を徴収するつもりはない。どうぞ、中へ」
「ん、そうか? なら通らせてもらおう」
これまでの守衛の態度に疑問を覚えながらも、影治達は街に踏み入る。
思えば順番待ちをしていた時の守衛たちの様子は、どこか物々しい雰囲気があった。
この街の近くで、何か事件でも起こっていたのかもしれない。
そう思いながら、新たな街に着いた時の基本行動。
宿探しを始めることになった。




