第782話 今はまだ
「帝国軍が攻め込んできただって!?」
影治たちがラテニアの首都アーカースに滞在していたのは、ほんの数日のことである。
普段の街の様子がどんなものかを知るには短すぎる期間であったが、ダンジョンから戻ってきた影治達が街の雰囲気がおかしいと気付ける位に、平時とは様相が違っていた。
そこで情報収集のために聞き込みを行ったのだが、その理由はすぐに判明する。
帝国軍が攻めこんできたというのだ。
これは一般市民の間にもすでに広まっている情報のようだったが、だからといって悲壮に暮れたり怯えている様子の者はいない。
影治達は以前、内乱中のガンダルシア王国の街を体験しているが、それと比べると慌てたり取り乱している人の姿が少ないように見える。
その事を尋ねると、こともなげにオークの男はこう言った。
「そりゃあ俺らは帝国とはしょっちゅう戦ってるからな。今回はちょっと規模がでけぇって話だが、すでに四魔君主の方々も出陣したって話だ。心配いらねえよ」
男の言葉はその男個人だけの感想というだけでなく、市民全体の感想であった。
幾人か情報を尋ねてみたが、皆同じような反応を返してくる。
「どうなさいます? エイジ様」
心配そうな表情で尋ねるリュシェル。
そのような表情を浮かべているのは、影治と帝国の確執を知っているからだ。
帝国が攻め込んできていると聞いた影治の表情は、一瞬怒りを通り越して無表情になっていた。
ここ数年直接ハベイシア帝国と接触のなかった影治は、心の中に帝国に対する思いを封じ込めていた。
しかし今回の情報は、その封じていた蓋を僅かにずらされてしまった。
帝国に対して思う所あるのは、何も影治だけではない。
他大陸出身のヨイチ以外、想いの大小関わらず皆が皆帝国に対して強い感情を抱いている。
「帝国……」
中でも帝国兵に村を襲撃され家族を失ったシャウラは、影治とは逆にいつにない険しい表情を浮かべながら掠れるように呟いている。
「まったく忌々しいことこの上ありませんね」
そしてセルマもまた、まだハベイシアが帝国ではなく王国だった古い時代に、家族を殺されて故郷を追われた過去がある。
その時たまたま出会った転生者、サイトゥと出会っていなければ、後にデグレストと出会う事もなく短命な人生を終えていた事だろう。
「それは全くもって同感だが、それは今に始まったことじゃあねえだろ。ラテニアは何百年も帝国と戦ってきた。それこそ俺らがカウワンを旅してる頃から、小競り合いは続いてる。今は当初の予定通り、アドラーバーの街に向かうぞ」
「…………」
「それともシャウラ。お前はひとりだけでも戦場に向かうつもりか?」
帝国との因縁が深いとはいえ、セルマの方は発端となったのはもう1000年以上前の事だ。
この場の影治以外の者で、今一番強い想いを抱いているのはシャウラになる。
「シャウラ……」
心配そうなカレンの声。
出会った当時のシャウラであれば、この場面なら迷いもせず戦場に向かう決断をしていた事だろう。
しかしシャウラもこれまで共に旅をしてきた中で、変化がなかった訳ではない。
今ここでひとりパーティーを飛び出すかと問われれば、即答は出来なかった。
「ガンダルシアとヴォーギルも反ハベイシア同盟に加わった。南の方でも帝国と闘う準備は進められている。戦う機会はいずれ訪れるだろうよ」
「……わかった。その時までとっとく」
「そーしとけ」
どうにか感情を抑え込んだシャウラの頭を、優しく撫でるカレン。
食いしん坊仲間であるピー助も、ぴぃぴぃと鳴きながらシャウラの傍をパタパタと飛んでいる。
「つう訳でこっからはドラゴンベースに乗って、エリーに会いにアドラーバーまで向かう。まあさっきはああ言ったが、場合によっちゃあ戦争に介入することもあるかもしれねえ。そこら辺は臨機応変にいく」
改めて方針を決定した影治たちドラゴンアヴェンジャーは、まずアーカースの冒険者ギルドで牛魔窟攻略の報告を済ませた。
ここ100年以上攻略者がいなかった事もあり、最初は騒ぎになるどころか本当に攻略したのか疑われもしたが、ドロップであるアステリオスの戦斧を見せる事で正式に認められる。
これによって、セルマの冒険者ランクがゴールドから飛び級して一気にダマスカス級に昇格した。
なお実技試験も行われたのだが、的となったかかしに【黒雷】をぶち込んだ所、一発合格となっている。
他のメンバーについては、すでに全員が高ランクになっているので、この場での昇格はなかった。
だがしっかり功績としては記録されたので、複数のギルマスからの推薦が得られれば、随時オリハルコン級までの昇格は行われていくだろう。
「それにしても大分寒くなってきたわね」
「街を出るまでの辛抱ですよ。ドラゴンベース内は快適ですからね」
ギルドでのあれこれを終え、影治達は西の大門を目指して歩いていた。
季節はすっかり冬を迎え、これまで南国で過ごしていたティアやカレンなどは、北国……という程北でもないのだが、とにかく初めての寒さに出で立ちもすっかり冬服に変わっている。
ここアーカースの街からアドラーバーの街までは、大きな街道が伸びているので影治達はその街道を通る予定になっている。
一般的な旅程としては一週間以上かかるのだが、魔導車でかっ飛ばす影治たちであれば1~2日もあれば到着可能だ。
アドラーバーまでは大きな街は存在せず、宿場町や村などが点在しているのみ。
それというのも、途中までは森の中を突っ切る形になっているからだ。
必ずしもそうという訳ではないが、森やら山やらは魔物の棲み処になっている事が多い。
いずれこの街道沿いの宿場町や村が発展することで、大きな街が生まれる可能性もなくはないが、今の所そういった場所はなかった。
「もう、いーわよね? さっさとドラゴンベースに乗りこみましょ!」
「そんな慌てんなって。運転はどうする?」
「そんなら俺にやらせてくれよ。前世ではあんま運転する機会なかったからな」
「じゃあ、お前に任せるわ」
門を出て少し進んだ先で、待ちきれないとばかりにティアが急かす。
運転手をヨイチが名乗り出てくれたので、収納魔導具から取り出すと他の面々はさっさと車内に乗りこんでいった。
そうして周囲の人たちの好奇の視線に晒されながら、影治達はアーカースを発つ。
アドラーバーに続く街道は、南に通じる街道とは違って人通りが少なめだ。
街道を移動中は、時折行商人や旅人などとすれ違う事がある。
そのたびに一旦スピードを落とし、道を横に外れて追い越すのだが、人通りの多い街道だとそれが地味に時間を奪う。
しかし人通りが少ない事もあって、今回は割りと快適に進むことが出来た。
とはいえ街を出たのが午後だったので、流石の魔導車といえどこの日の内に到着することは敵わなかった。
途中でドラゴンベースを街道から少し離れた脇に止め、そこで車中泊することになる。
行程はすでに8割近く超えており、しばらく続いていた森は既に抜けて高地に突入している。
ラテニア連合国の北部は山脈が連なっていたり、標高の高い場所が多い。
ただでさえ冬の時期に北に向かっているというのに、標高まで高くなっているのでかなり気温は冷え込んでいた。
「わっ! 見て、エイジ! 雪よ雪!」
日もすっかり暮れ、魔導車から漏れる光が辺りを照らす中、ティア達は暖かい車内ではなくわざわざ車外に出ていた。
南国育ちのティアにはかなり厳しい寒さなのだが、今は子供のように雪の中を飛び回っている。
「ここに来る途中にも遠くに雪景色は見えましたが、間近で降っているのを見ると綺麗なものですわね」
「そうだな! あたいもパパに連れられてあちこち旅した事あるけど、エイジ達の仲間に入るまで雪は見た事なかったから、未だに新鮮な感じがするぜ!」
「ゆき、ふわふわ。ねえ、エイジ。ゆき、たべていい?」
南国組は初めての地上での雪にみんな興奮が止まらない様子だ。
一応ホープヒルキングダムには雪原エリアがあるので、雪を見るのがこれが初めてという訳ではない。
ただダンジョン外での自然の雪は初めての者が多かった。
だがガンテツなどは北国出身であるし、リュシェルもかつて北の魔術王国に留学していた事があるので、ティア達とは真逆の反応を見せている。
無邪気に雪を喜べない彼らであるが、それでも楽しそうにはしゃいでいるティア達を見て、表情を綻ばせていた。
「ほらほら、そろそろ中に戻れ。夕飯にすんぞ」
雪が珍しいといっても、まだ周辺にそれほど雪が積もってる訳でもないので、雪で遊ぶことはできない。
素直に車内に戻ると、車内のキッチンで作った旅先とは思えない料理を楽しむ。
そうして一日が過ぎていった。




