第780話 エンジェル
最悪の事態を回避したあと、ティアは【大いなる癒しの光】でガンテツを治し、更には【安らぎの光】によって恐怖状態を取り除いた。
それと同時進行でシャウラの下にたどり着いたリュシェルは、まずは魔導具で意識を取り戻させたあとに、惜しげもなくユニーク級のヒールポーションを使用した。
これは欠損した部位がなくとも、失った部位を再生できるほどの効果を持つポーションである。
「態勢を立て直します! 奴の咆哮には気を付けて下さい!」
「き、気を付けるって言っても、あたしが事前に光の慰めを掛けていたのに、セルマ以外は全滅だったのよ? どー気を付ければいいのよ!?」
状況が少し動き、リュシェルとティアによって戦闘不能状態から脱したシャウラとガンテツは、改めて呪符でバフを掛け直すと再び前線へと赴いた。
リュシェル達後衛も元の位置に合流して態勢を立て直す。
なお2時間もの長期戦になっているが、バフやデバフはなるべく常に切らさないように立ち回っている。
精神系の状態異常への抵抗を高める【光の慰め】も、咆哮が発せられた時に全員バフがかかっていた状態だった。
それでも6人中5人に効果が表れてしまっている。
もし全員恐怖状態になってしまっては、自分達の状態異常を治す事すらできなくなっていた。
「……あの咆哮は厄介ですが、私のエントやカレンの精霊達には効果がありませんでした。エント……では自発的に魔導具を使用させるのは難しいですが、チャッピーに治癒魔導具を持たせ、対処させることにしましょう」
「分かったわ! って、カレン……は?」
「最初の攻撃で吹き飛ばされていたはずですが……」
咆哮からのアステリオスの猛攻によって、著しく態勢を崩されたため、状況の把握が完全に出来ていなかった。
改めて辺りを見回すと、セルマの【黒氷】とエントによって足止めしていたアステリオスの下には、治癒を受けたガンテツとシャウラが向かっている。
そしてカレンはといえば、今リュシェル達がいる位置より更に後ろの方に倒れているのが見えた。
近くには同じく倒れて動かないゴロンゴの姿もある。
現在中位精霊となっているゴロンゴは、下位精霊の時のトゲトゲの生えたモーニングスターの先部分のような姿から進化し、小さな手足と顔が出来てマスコットキャラクターのようになっていた。
割とデフォルメされた可愛い感じの見た目をしているのだが、今は無残にもカレンを庇って受けたダメージのせいか、動けないでいる。
そしてその2人の傍には、あたふたとしているチャッピーの姿もあった。
「カレン! ティア、セルマ。この場を一旦お任せしますよ!」
「ちゃっぷちゃっぷ!」
そう言うとリュシェルはカレンの下に駆け寄った。
するとチャッピーがリュシェルの足にしがみついて、必死に何かを訴えてくる。
「チャッピー、落ち着いてください。今カレンの意識を戻しますので」
そう言うとリュシェルは収納魔導具から、【身体異常治癒】の魔導具を取り出すと、カレンに対して使用した。
これは先ほどシャウラの意識を取り戻す為に使用した魔導具である。
しかし魔導具はしっかりと発動したというのに、カレンが意識を取り戻す気配はなかった。
「っ! カレン!?」
まさかと思い、慌てて脈を取るリュシェル。
しかしトクントクンと少し弱いながらも脈は刻まれており、死んでいるのではない事が判明した。
何故この状態で、【身体異常治癒】の魔導具が効果を発揮しないのか?
疑問に思っているリュシェルの前で、カレンの体に変化が訪れる。
「これは……まさか!?」
「ちゃっぷちゃぷ!!」
それは普段余り目にすることのない現象。
でありながら、割とドラゴンアヴェンジャーでは何度か起こった事のある慶事。
進化の際に全身から発せられる光であった。
「ん……」
「ごろごろ……」
長い眠りから覚めたように、ぼやけた意識のまま体を起こすカレン。
それと一緒に、倒れていたゴロンゴも立ち上がる。
こちらは別に体が光っていた訳でもなかったが、主人であるカレンが進化をして目覚めたことで、一緒に意識を取り戻すことが出来たのだろう。
「カレン、進化おめでとうございます」
「え、進化……。そ、それより今はどうなって!?」
短く述べられた祝福の言葉に、急速に覚醒していくカレンが脳をフル回転させる。
そして直近の状況について思い出したのか、進化の事よりも先に現況について尋ねた。
「心配いりません。どうにか状況は立て直していまよ。一番重傷だったシャウラも、ほらあの通り」
そう言って視線を向けた先では、シャウラとガンテツがアステリオスと戦っていた。
あれから咆哮は使っていないので、あの時のようにまた態勢を崩されたりはしていない。
敵としてはわざわざ使用をためらう必要はないので、連続使用するのにクールタイムが必要な可能性がある。
「そ、そう……。安心しましたわ」
「それで、カレンの方も進化した直後ですけど、大丈夫そうですか?」
「あ……、そうですわ! 私エンジェルへと進化して、その際に幾つか記憶が蘇ったんです!」
「記憶……と言いますと、もしやこの間の神聖石の?」
「ええ、といっても微かな記憶ですけど……。ですがその中で1つ現状で役立ちそうな魔術の知識がありました。まずはそれを試してみますわ」
そう言って立ち上がると、まずは後衛陣と合流するカレン。
そしてティア達に使用していったのは、クラスⅦの神聖魔術であった。
「この高潔なる心という魔術は、精神に異常を齎す影響を防ぐ効果があります。他にも気持ちが前向きになったり、ネガティブな感情を抑える効果があるらしいですわ!」
自分含め、後衛の全員に【高潔なる心】を掛けていくカレン。
これは光魔術の【光の慰め】とは属性が異なるせいか、効果が重複する。
2種類もかけておけば、あの咆哮にも耐えられる可能性は高い。
「シャウラ達にも掛けてきますわ!」
「エントを1体付けますので、いざという時は盾になさい!」
一度は態勢を立て直していたが、もう1度あの咆哮が使われたらどうなるか分からない。
先ほどは前衛を撃破して進みつつ、後衛を狙うような動きを見せていた。
幾らダメージを与えても回復されたり、デバフをかけ続けられるのが厄介だと感じていたのだろう。
だが1度失敗したとなれば、次に同じ場面が訪れた際には一人一人着実に前衛から息の根を止めにくるかもしれない。
その可能性を少しでもなくす為に、カレンは再び最前線へと戻ってきた。
そして機会を見計らって、シャウラとガンテツの2人にも【高潔なる心】を使用する。
「恐怖で動けなくなるなどまっこと情けない限りじゃが、これでもうあのような無様は見せんぞ!」
「わたしもこの程度ではまけてられない!」
恐怖を植え付けられた後、瀕死の重傷まで負ったシャウラ。
それは冒険者として戦いの場に身を置いている者であっても、トラウマを覚えてもおかしくない体験だった。
しかしそうして心がへし折られそうになる度、シャウラの心にはあの時の情景が蘇る。
故郷の村が帝国軍に襲われた時の事を。
その後息を潜めて友達のミーメの家で匿われ、絶望に打ちひしがれながら過ごした日の事を。
今戦っている相手は帝国とは関係のない相手だが、シャウラに戦いの炎を灯すのはいつもあの時の情景だ。
その想いの強さが、いち村人であったシャウラをここまで連れてきた。
「グモオオオオオオオオォォォッ!!」
再びアステリオスからあの恐怖の咆哮が放たれる。
しかし今回は誰も恐怖に怯える事は無かった。
【光の慰め】と【高潔なる心】の重ね掛けは、十分に効果を発揮したのだ。
「今がちゃんす! むそーらんぶ!」
熟練の戦士をも恐怖させる咆哮は、幾ら災厄級のボスと言えどそうそう便利に使えるものではない。
連続使用はできないし、使用後に隙が生まれてしまうのだ。
恐怖に怯えながらも、1度目の咆哮を受けた際にその隙に気づいていたシャウラは、ここがチャンスだとばかりに四宮流古武術極伝、無双乱舞を使用した。
それも闘装術を発動状態での発動である。
「ガウガウガウガウガウガウガウガウガウッ…………」
それは狼の鳴き声というには余りにプリティすぎたが、気迫だけは可愛い声からも十分伝わってくる。
同じくラッシュ系の技の乱撃よりも、連続で繰り出される1発の重みが無双乱舞の方が上だ。
それもただ力任せに連打するのではない。
力の流れを利用して、1撃目の力を2撃目に流用し、まるで川の水が次々流れてくるように、拳の波を打ち付ける。
乱撃より高度な技術と身体操作が必要なこの技を、シャウラはまだ完全に会得はしていなかったが、それでもアステリオスに大きなダメージを与える事に成功した。
「見事じゃ! だが疲労も激しかろう。一旦シャウラは下がっておれ」
「代わりに私が補助に回りますわ!」
無双乱舞によって、大きなダメージを与えはしたが、まだアステリオスは倒れそうにない。
シャウラの心意気に感銘を受けたガンテツは、自分も消耗の激しい技を繰り出したいという気持ちに駆られたが、そこはどうにか抑えてこれまで通り着実にアステリオスの相手を続ける。
実際そのガンテツの選択は正しく、あれだけダメージを与えたというのに、それからアステリオスを沈めるまでまだまだ時間が必要であった。
ここで先に力を出し尽くしていたら、前衛がカレンのみになって均衡が崩れていたかもしれない。
ともあれ、そうして無理せず更なる長期戦に持ちこんだリュシェル達は、数時間かけてようやっと鬼のようにタフなアステリオスのHPを全て削り取り、守護者討伐に成功するのであった。




