第79話 塔の内部
「…………」
白い光が照らす地底空間の中、影治はひとり立っている。
その手に握られているのは、グレイスの魔石だ。
無くさないようにベルトポーチにしまおうとした影治は、ポーチの中から白い光が発せられていることに気付く。
ポーチを開けて光の発生源であるマリアの神聖石を取り出すと、まるで共鳴するかのようにグレイスの魔石と反応して、双方共に明滅を繰り返す。
「まるで会話してるみたいだな」
このような状態になっても、ふたりの魂はまだ微かに残っているのかもしれない。
しばらく様子を眺めていた影治だったが、少しすると明滅は止んだ。
そこで影治は改めてふたりの遺した石を、同じポーチへと収める。
「あとはドロップを適当に見繕って持っていくとしよう」
上位種のドロップする魔石は大きめで、内部の魔力量も多い。
もっとも、ノーマルゾンビや白スケと比較すると上位であるというだけで、今回戦ったアンデッドが全体の中でどの程度の位置なのかは不明だ。
ただこれまで戦った中では最強クラスだったことは間違いない。
その後も影治は休むことなく落ちていためぼしい魔石を拾い集める。
今回は武器などの大物ドロップはないようだった。
「霊廟……か」
グレイスはホープヒル王国の王城地下にあると言っていたが、影治が街で仕入れた僅かながらの情報では、ホープヒル王国という名前の国名は出てこなかった。
国に関する情報は、現在影治がいるハベイシア帝国と、南東にあるというガンダルシア王国の名前のみ。
そもそもかなり昔の話のようなので、今もホープヒル王国が残っている可能性は薄い。
「でもまずはここを脱出しないとな」
「ぴぃ」
グレイスと出会い、そして戦った場所を名残惜しそうに振り返りつつ、影治は先へと進み始める。
目指すはこの先にそびえる巨大な塔だ。
ほどなくして塔のふもとまで到着すると、今度は入口を探すために塔の外壁沿いをぐるりと歩いていく。
道中襲い掛かってくるアンデッドやネズミなどの魔物を倒しつつ、その日は結局成果もなく夜営をすることに。
入口らしきものを発見したのは、その翌日のことだった。
「クソでけえ割には入口は普通だな」
「ぴぃ」
うっかりすると見逃してしまいそうなほど唐突に設けられていたのは、塔の大きさからすると小さすぎる扉だった。
高さ2メートル、横幅は1メートルちょっと。
両開きの石で出来た扉は飾りもほとんどなく、周囲の外壁と似たような見た目をしているので、気付かないまま通り過ぎてしまう可能性すらあった。
「つうか、これほんとに塔なのか? 規模がビッグすぎんだろ。入口はスモールだけどよお」
ぶつくさ言いながらも、影治は扉を開けて中へと入る。
中は石造りのトンネルのような構造になっていて、天井の両端部分に等間隔で光源があるので、照明系の魔術を使わずとも中を見通すことができた。
コツコツと足音を響かせながら、トンネルのような通路を先へ先へと進む影治。
そのまま30分ほども歩き続けたが、何の変化もなく魔物すら姿を見せない。
「おいおい、いつまで続くんだあ?」
最初の扉を開けてすぐの場所で右に曲がっていたので、恐らくは塔の外周部を大根のかつらむきのようにぐるりと回っているんだろう。
影治としては途中で扉なり分岐なりがあるかと思っていたが、ここで嫌な想像をしてしまう。
「まさか、このままぐるぐると中心部まで渦を巻いているんじゃねえだろうなあ」
余りに先が長引くようなら、一旦塔の外に戻って食料を確保しておかないとまずい。
影治はもう少し先まで進んでも何もなかった場合、一旦引き返すことを決意する。
だがその心配は杞憂となった。
更に30分ほど進んだ先に、意匠が刻まれた石の扉を発見したのだ。
「変化があったのはいいんだが、こっからあの落ちてきた距離を上らないといけないんだよな……」
正確な距離などは不明だが、相当な高さから落とされたので階段で上っていくとしたら足腰がパンパンになるだろう。
回復魔術があるとはいえ、目の前にそんなどこまでも上に続く階段があったら気分は一気に下がってしまう。
「ま、行くっきゃないけどな」
「ぴぃ!」
ピー助は基本的に歩くと歩幅が短くて遅いので、影治の肩や頭の上に器用にのっかったままだ。
そんなピー助を少々恨めしそうな目で見ながら影治が扉を開けると、そこには影治の予想だにしていなかった光景が広がっていた。
「……そう来んのかよ」
扉を開けた先に広がっていた光景。
それは陽の光に照らされたどこかの草原であった。
通路にも照明があったので暗くはなかったのだが、地上に出たのかと思う程のこの場所の明るさに比べたら段違いだ。
明るさだけでなく、吹き抜けてくる風も心地いい。
草や土の臭いが混じったような空気。
どこからから聞こえてくる鳥や虫の声。
「……でもこっち側は壁になってんのか」
影治は今入って来た扉の方へと振り返る。
そこには開かれたままの扉があったが、その周辺を振れてみると目には見えない壁が広がっているのが触感として感じられる。
現代的に表現するなら、この扉のある側の壁には映像を投射してそれっぽく見せているだけなのだろう。
それにしても映像の精度が高いので、まるでこの外壁の先まで歩いていけそうな感覚すら抱く。
「ってことは、視覚的にはどこまでも広がっているように見えっけど、中は案外広くないんじゃねえか?」
影治がこの場所についてあれこれ考えている傍では、ピー助が「ぴっぴっ!」と楽しそうに駆けまわっている。
……が、
「ぴいいい!!」
見えない壁に思いっきりぶつかったようで、大きな鳴き声を上げている。
「おいおい、そっちは見えない壁があるから気を付けるんだぞ」
「ぴぃぃ……」
すでに手遅れだったが警告を発する影治。
それに対し、ピー助はテンションが一気に下がったようで、ふわっと飛んで定位置へと戻る。
「でもこんだけ精巧だとそれも仕方ないな。なんせ映像だけじゃなくて、この見えない壁の方から風に乗って臭いまで漂ってくるんだしな。一体どういうアレになってるんだあ?」
どういう仕組みになっているか気になった影治だが、そもそも魔術などというものが存在するような世界だ。
余り深く考えても仕方ないと割り切り、この場所の調査を開始するのだった。